第8話『王女様コワイ』


『ねぇなんでなの!? どうしてアンタは予想外の事しかしないの!? お願いだから少しは常識人らしく行動してくれない!?』


 俺がお姫様的な少女の前から姿を消してからというもの。

 夜の女神ノクティス様は大層な怒りようだった。


 そんな事を言われても……と口に出して弁明したいがそうもいかない。

 なにせ……。



「ゆ、勇者様が私から逃げた? な、なぜ……」



 俺の目の前。

 そこには未だにお姫様的な少女が居るからね。


 テレポートと口にはしたものの、俺はどこかに転移した訳ではなく単に自分の姿を透明にして少女の前からただ消えただけ。

 なので、この状態で声を出したり物音を立てたりしたら気づかれてしまうだろう。


『いや、そもそもどうして逃げるのよ!? この子、さっき言いかけてたけど王女様よ!? きっとアンタの力になってくれるはずで――』



 などと世迷言を言うノクティス様。

 うん、そうだな。

 王女様だもんな。素直に頼れば異世界召喚されたばかりの俺のフォローとかしてくれるんだろうな。


 でもごめん。

 そんなの超いらない。



『超いらない!?』



 あらあら。また俺の心を読んだんですかノクティス様。

 いやまぁ手間が省けるしプライバシーの侵害とかもういいんですけどね?



『あ、うん。ごめんなさ……じゃなくてっ。どうして王女様のフォローが要らないだなんて言うのよ!?』



 あぁ、それですか?

 いや、だって当然じゃないですか。

 相手は王女様ですよ?



『そうだけど……それが何なのよ?』


 

 異世界モノの物語においてお姫様やら王女様はトラブルを呼んでくる元凶なんですよ。


 そうでなくともほら。

 あの世界的人気を誇る配管工のおじさんとかもピンクなお姫様のせいで散々な目に遭ってるじゃないですか。


 お姫様が敵にさらわれ、それを配管工のおじさんが助けに行くように周りが強要してくるって感じで。


 あれ、お姫様があの世界に存在しなければ配管工のおじさんは冒険に出る事もなく家で弟さんと幸せな時間を過ごしていたはずですよ?


『いや言い方酷くない!? そもそも周りから強要なんてされてないでしょ? あの配管工のおじさんはお姫様が好きだったから毎回助けに行ってただけで――』



 ん? あれ? 知らないんですか?

 あの配管工のおじさん、一番最初にお姫様を助けに行く時は互いに面識すらなかったんですよ?

 お姫様がさらわれたお城の人が配管工のおじさんに助けを求めたって経緯です。


『え? あ、そうなんだ……。あれ、でも助けを求めたってだけなら別に強要はしてないんじゃ……』


 いやいやノクティス様。何を言ってるんですか?

 確かにお城の人は助けを求めただけで強要はしてないですよ?


 でも、お城の人……大臣とか貴族みたいな権力者が助けを求める中、一般人でしかない配管工のおじさんがそれに逆らえるわけないじゃないですか。

 逆らったら最後、配管工のおじさんはきっときのこの国から迫害受けてましたよ。


 それらを加味して配管工のおじさんは断れなかったんでしょうね、間違いない。



『どんだけ穿った目線で配管工のおじさんを語ってるのよアンタは!?』



 ノクティス様がなんと言おうと俺はこのお姫様もとい王女様とは関わりたくありません。

 さっきは目の前で危ない目に遭ってたから助けただけで、できればもう顔もあわせたくないんです。


 そんな風にノクティス様とお姫様について語るなか。

 俺が転移魔法で飛んで行ったと思い込んでいるはずの王女様が小さく呟く。



「……ちっ、何かしくじってしまったかしら。異世界の勇者なんて適当に褒めて酒や女をあてがっておけば操れると思っていたのですが……」



『ちょっ――』


 ほぅ。

 俺はそのまま黙って王女様の呟きに耳を傾ける。



「夢のお告げに出て来た女神ノクティス様……。魔王を打ち倒す事が出来る勇者を駆け出し冒険者の街であるグリーンハートに召喚すると言っていた。礼を尽くしてもてなせば必ずや私たちに手を貸してくれるはずと……確かに彼は四天王を処分してくれましたが、どうして私から逃走を図ったのか……」


 誰にも聞かれていないと思って一人森の中でぶつぶつと呟く王女様。

 でもごめんなさい。思いっきり聞いてます。



「――――――分かりませんね。しかし、今回は本当に危なかったです。連れて来た護衛団は全滅してしまいましたし。勇者様をお迎えするにあたって見た目が騎士らしい者と容姿基準で護衛を選定したのが仇になりましたね。……いえ、相手が四天王であれば精鋭を連れてきていても同じ結果に終わった? そう考えるならば精鋭を連れてこなかったのは幸いと言えるのですが……」



 おぉ、黒い黒い。

 この王女様、部下である騎士が亡くなった事を悲しんでる様子が全然ない。

 精鋭を連れてきてそれが全滅させられるより、優秀でもなんでもない騎士達が全滅させられた方がマシってか。


 いや、王女様みたいな上の立場に立つ人間としてはこれが正しい姿なのか?



『いや、加藤蓮? この子も別に邪悪な存在とかそんなのじゃないんだからね? 召喚されたばかりのアンタには分からないでしょうけど、この世界って本当に魔王に滅ぼされる寸前みたいな状況に陥ってるのよ。魔王軍との戦は負け続き。その中で優秀な騎士や魔術師達はどんどん死んでしまっている。その中で有能な人達をどれだけ残せるか、どれだけ育てられるかをこの子は真剣に考えて――』


 なるほど。それで黒くなっちゃったわけだ。


『いやその通りなんだけど……もうちょっと他に言いようが――』


 ノクティス様が王女は良い人だよ怖くないよーと訴えてくる。

 だけど……。


「それにしても嬉しい誤算でした……。まさか召喚直後の勇者様があれほどまでの力を持っているなんて……。ふふっ、あの力さえ利用できれば我が国は……。魔王軍だけでなく隣国に対しても強く出れますし……。その為にはどうにかしてあの勇者を手なずけなければ……。なんにしてもあの勇者の情報を得るべき。おそらく冒険者としてその名を連ねているはず。護衛は居ませんが……仕方ありません。お父様に連絡を終えた後、ギルドで彼の事を聞いてみましょうか――」


 いやどう見ても真っ黒なんだよなぁこの王女様。

 今は誰も見ていないし聞こえていないと油断しているからこそのコレなのだろうが。

 でも、それってつまりはこれが王女様の素という訳で。


 少なくとも臆病者の俺はこの王女に付いていきたいとは思いませんね。


 そうして。

 王女様は物騒な事をぶつぶつと呟きながらどこかに去っていった。



「――――――ふぅ」



 王女様が去ったことを確認した俺は透明化を解いて、彼女の去った方をちらりと見る。

 ――――――よし。



「思った通り。あの王女に付いていったら間違いなく面倒ごとに巻き込まれてただろうな。姿を消してて正解だった」



『あぁ……。行っちゃう……こいつに致命的な事を散々聞かせた挙句に王女が行っちゃう……。冒険者ギルドになんか行ってもこいつの情報なんて得られる訳ないのに……。ど、どうすんのよコレ……。こいつは世界を救う気なんか微塵も無さそうだし……このままじゃこの世界が……』


 俺が王女に付いていかなくて良かったーと安堵している中、女神ノクティス様がえらく落ち込まれていた。


 なんだか悪い事をしてしまったような。

 そんな罪悪感が胸にチクチクくる。


 とはいえ、本人の意思確認とかそういうの全部無視して勝手に俺を召喚したのはこの女神様だ。

 だから俺は悪くない。全部ノクティス様が悪い。


『そう……そうね……。アンタは悪くないわ。勝手に召喚しちゃってごめんなさい』


「およ? いきなりなんですか?」


 さっきまで文句ばかりつけてきたノクティス様。

 そんな女神様にいきなり殊勝しゅしょうになられるとその……少し戸惑ってしまう。



『いえね、改めて考えるとアンタには悪い事をしたかなって思ったのよ。悪かったわね。これからはアンタが理想の異世界生活を送れるようにサポートさせてもらうわ。確かそう……農民になりたいんだったかしら?』


「そ、そうですね。できれば辺境の冒険者ギルドとかがない村で農民生活を送りたいです」


『辺境の冒険者ギルドすらない村……ね。分かったわ。これから道順を教えるから覚えなさい。もうそろそろ夜だから私も忙しくなるしね』


 本当にノクティス様ったらどうしたのだろう。

 とはいえ、話が早くて助かるな。


 そうして。


 俺は「分かりました」と言って、ノクティス様が教えてくれる道順を覚えたのだった――

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