第4話『そうだ。農民になろう』
立ち並ぶレンガの家々。
まるで中世ヨーロッパのような街並み。
俺の目の前、石で舗装された道を馬車が通っていく。
「来てしまった………………」
どこを見渡してもスマホを持ち歩いている人はおらず。
それどころか多種多様な髪の色や瞳の色の人達がそこら辺に居る。
黒髪黒目の人が大多数を占める日本ではありえない光景。
いや、これだけの人種が同じ場所に居るなど日本どころか世界のどこを探してもそうそうないかもしれない。
「さっきまでのは悪い夢で、ここは元居た世界のどこか……なんて事はないよなぁ」
肩を落とす俺。
するとどこかからか聞き覚えのある声が響いてきた。
『あったり前でしょ』
「!?」
響く声に俺は驚いて顔を上げる。
しかし、声はすれども姿は見えない。
辺りを見渡しても俺に奇異の視線を向けてくる主婦らしき女性の姿とかがちらほら見えるくらいだ。
『私よ私。夜の女神のノクティスよ。今はお昼だから手が空いてるの。で、今はアンタの頭に直接語りかけてる訳』
響くノクティス様の声。
なるほど。
道理でどこかで聞いたことがあるような声なはずだ。
って――
「おいコラ女神様やってくれたな。俺があんだけ嫌だって言ったのに……」
『まぁまぁ落ち着きなさいよ。住めば都って言葉もあるくらいだし、この世界もそんなに悪いものじゃないわよ? そりゃ魔物や魔族なんて危険な存在も居るけど、アンタの力ならそんなの軽くやっつけられるし――』
「そもそもそんな危険な存在と戦いたくないんだよっ!! 俺は――」
『はいストップ。この件でアンタと言い合うのは無駄だって分かってるしね。それよりも建設的な話をしましょう? 例えばここはどこでこれからアンタがどうすればいいのかとか……ね』
「この――」
無理やり俺を召喚しといてなんだこの態度。
こちとらまだまだ文句を言いたいのだ。
言いたいのだが……しかし女神様の言う事も一理ある。
なにせもう俺は異世界に召喚されてしまっているのだ。
それなのに異世界召喚なんて勝手にしてくれやがってと文句ばかり言っていても事態は何も進まない。
それにこの夜の女神であるノクティス様は確か昼の間しか俺のサポートをしてくれないとか言っていた。
それはおそらく、夜の間は別の仕事が入ってしまうからだろう。
なら、それまでにチュートリアルを受けた方が賢明……か。
『うんうん。分かってくれて嬉しいわ。それじゃあまずは後ろを向きなさい』
さすがは女神様。
俺が話を聞くつもりになったことを心を読んで把握したようだ。
プライバシーの侵害とかそういうのが少し気になったが、俺は言われた通りに後ろを向く。
するとそこには周りのものよりも明らかに大きい建物があって。
『そこは冒険者ギルドってやつよ。アンタは今一文無しでしょ? そこで手ごろなクエストを受けて稼ぎなさい。クエストの最中、自分がどんな力を持っているか確認できるしで一石二鳥よ。あぁ、心配しなくてもそこまで難しいクエストはないはずよ。なにせここは駆け出し冒険者の街であるグリーンハート。辺りに居る魔物は一般人に毛が生えた人でも倒せるレベルで――』
ノクティス様の説明は続く。
なるほど。
今俺が置かれている現状。
それがある程度理解できたぞ。
つまりここは駆け出し冒険者育成所みたいな街であり。
目の前にあるのは異世界モノのラノベで必ずと言っていいくらい登場する冒険者ギルドという訳か。
このギルドに入って冒険者登録をして。
そうしてクエストを色々とこなしていき。
冒険の中で仲間が出来て、様々な経験をして――
王道的な展開だとそうなるんだろう。
「よし、行くか」
『ええ、行きましょう。これがアンタの冒険の始まりよ』
そうして俺は。
冒険者ギルドがあるこの街から脱出するべく、冒険者ギルドに背を向けて第一歩を踏み出した。
『……………………はい?』
脳裏に響くノクティス様の声。
俺はそれに構わず駆け足でこの街から脱出するべく走り出したっ!
『ちょっえっえぇぇぇぇぇ!? ナンデ!? アアアアンタ!? これは一体どういうつもりよ!?』
俺が冒険者ギルドに背を向けた事がお気に召さないらしいノクティス様。
悪いねノクティス様。
だけど、俺は冒険者ギルドにだけは行きたくないんだっ。
冒険者ギルド。
そこに行けば確かに楽して金銭を得ることが出来るだろう。
なにせ俺には女神様が与えてくれたというチート能力があるらしいからな。
だが、俺は知っている。
冒険者ギルドに行って冒険者登録したら確実にトラブルに巻き込まれるという事を。
ここが駆け出し冒険者の街だろうがなんだろうが関係ない。
クエストの最中、いきなり強力な魔物とかが出てきて女神さまも『そ、そんな!? この魔物はこの場所に出ないはずなのに!?』とか予想外の展開が訪れるのだ。
それさえ乗り越えればギルドから賞賛されたりするのだろうが……そんな苦難を俺なんかが乗り越えられるとは思えないし、そもそも危ない目に遭いたくない。
だからこそ俺は冒険者になんかならない。
辺境の村かどこかで農民として余生を過ごすのだっ!!
『の……農民? この私から強力な力を貰っておきながら……農民?』
呆然と呟くノクティス様の声を聞きながら。
俺は駆け出し冒険者の街であるグリーンハートを後にした。
余談だが、滞在時間は10分にも満たなかった――
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