第7話 勇者の成長
あれから地獄のような日々を過ごした。睡眠と食事以外はレイベルトさんの宣言通り、本当に休憩をさせてもらえなかった。
時間の感覚がすっかり狂ってしまったと同時に徹底的に扱かれ、私は相当強くなった。
自分でも驚いているけど、十分に力を発揮できればレイベルトさんとだって互角に戦える自信はある。
戦争に参加する以上、強く無ければ危ないという事は段々と身に染みてきていたから、不満ではあるが彼には感謝しているのだ。
最初のうちは訓練についていくのがやっとだったのだが、戦い方が下手だったり、運が少し悪いだけで死に直結する危険性に気付く事が出来たのも、全ては彼のお蔭なのだ。
まだまだ精神的に甘い事は自覚しているけど、訓練でその甘さをかなりそぎ落とせたとは思う。
あと、魔法最高!!
地球に魔法なんて当然存在しない。だがここは異世界。魔法は当たり前のように使われ、広く普及している技術体系の一つ。
空想のものだと思っていた魔法が使えて私は大満足。
それはそうと、彼は間違いなく鬼だった。
鬼だったけど……剣術の教え方は丁寧だし、魔法に関しては理論立てて説明してくれるから私もみるみるうちに上達出来たという事実がある為、あまり悪感情は抱けない。
でも、あの怖いレイベルトさんがメキメキと上達する私に驚愕する顔は本当に面白かったなぁ。
「……良くここまで強くなったな。飯時になれば女の尻を追っかけている男だとは思えん。」
ふんだ。
女の尻を追っかけてるんじゃなくて、同性だから安心するんですぅ。
嫌味でさえもサマになるなんて、本当にイケメンの無駄遣いだよね。怖いから言い返せないけどさ。
「明日はいよいよ実戦だ。今のお前なら大抵の敵はどうにかなるはずだ。」
「ありがとうございます。」
そのうち“お前”じゃなくて“アオイ”って呼ばせてみせるんだから。
初めての実戦は酷いものだった。
「おい! 何やってんだ!」
「す、すみません。」
手に残っている……人を斬った感触が。
この時、本当の意味で戦争に参加してしまった事を後悔した。
「ゔ……。」
ダメだ。戦争なんて経験した事のない私は、魔法に浮かれて人を殺す事など考えてもいなかった。
いや……本当は理解していたのかもしれない。心のどこかでそれを考えないように蓋をしていただけ。
なんて馬鹿だったんだろう。
私は初めて敵を斬った瞬間、完全に動きを止めてしまっていた。レイベルトさんに怒鳴られてからは無我夢中で剣を振り回し、どう戦ったのかも覚えていない。
「初陣にしては良くやった。」
「え?」
そう言って誰かが私の肩を叩いてくる。
やけに聞き覚えのある声に、振り返ってみれば……
「どうした? 装備の手入れをして、今日はもう休め。」
信じられない。鬼だと思っていた彼が褒めてくれた。あんなに怖かったレイベルトさんが……今は不思議と怖くない。
どうしてだろう。
手の震えが止まっている。
私……どこかおかしいのかな。人を斬っておかしくなっちゃったのかな。
それとも、レイベルトさんを見て安心した?
「そんなわけないよね。鬼を見たから人を斬ったのが怖くなくなったんだ。うん、きっとそうだよね。」
「どうした? 休んでも良いぞ。」
ヤバっ。聞こえてないよね?
「大丈夫です!」
「お、おう。」
この反応、多分聞こえてなかったみたい。
良かった。もっと怖い思いをするところだったよ。
その後も何度となく戦い、私は人を斬る経験を積み重ねていく。魔法で相手を吹き飛ばしても何とも思わなくなってきている。
戦場で冷静に周囲を見る余裕の出来た私は、レイベルトさんが強くなっていってるのを誰よりも近くで見ていた。
「凄い……。」
今の私はレイベルトさんに敵わない。周囲の人は「流石勇者様!」と言ってはくれるけれど、自分が一番理解している。
彼に比べて一段実力が下だという事実。
強くなってみて初めて分かる事もある。
彼の強さは未だ発展途上。そして何より生き残ろうとする意志の強さが私を強く惹きつける。
平和な世界でのうのうと生きて来た私にとって彼の生き様は鮮烈に映り、眼球を通して処理された映像が脳裏に焼きついて離れない。
どちらにしろ私はこの戦争を終えなければ帰れない。どうせなら、どこまでもレイベルトさんに食らいついていこう。
私は彼の隣に立ちたい。
ある時、レイベルトさんが鍛え上げた部隊を無能な上官に取り上げられ、碌に訓練を受けていないであろう事が明白な兵を押し付けられた。
これはいくらなんでも文句を言ってやらないと気が済まない。
後から合流した私がそう思っていたところ……陣地の後ろからまさかの奇襲を受けた。
「総員迎撃態勢を取れ!!」
訓練されていない兵が奇襲から立ち直れるわけもない。
レイベルトさんの叫びも虚しく、あたふたしている味方が次々とやられていく。
「レイベルトさん!」
「生き残ったのはお前だけか……。」
このままではマズいと思い、我武者羅に敵兵をなぎ倒しながら彼と合流した時には、既に私達二人以外の味方は全滅していた。
「レイベルト危ない!!」
運良く彼を狙っている魔法を横から叩き落とす事が出来た私は、咄嗟の事とはいえ彼を呼び捨てにしてしまった。
「礼を言う!」
そう言って、私に迫った敵兵を彼が斬り捨てた。
「呼び捨てしちゃって、すみません。」
「……レイベルトで良い。アオイ、生き残るぞ。」
その後は体力が続く限り剣を振り、魔力が続く限り魔法を放っては敵を倒していく。
私達は戦いを通して、文字通り互いの背中を預けられる程の信頼関係を築き上げた。
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