第8話 勇者の想い
あの戦いの後、私とレイベルトは色々な話をした。
この世界の事、私の世界の事、恋バナだって勿論したし、どんな食べ物が好きなのか……互い以上に詳しい奴なんて他にいないのではないかと思う程にたくさんの話をした。
恋の始まりを予感していた私は……彼に婚約者がいるという事実が発覚してあえなく撃沈した。
簡単に想いを捨て去るにしては濃過ぎる時間を共有してしまった私はこの想いをひた隠し、彼の親友ポジションに収まる事で自身を無理矢理納得させる。
男のフリなんてしなければチャンスもあったのかなぁ……。
まぁ、それは無いか。
彼が戦場を生き残ろうとする意志は婚約者を想い戦ってきた故だった。その様子は私が一番近くで見て知っているのだ。
性別を明かして想いを告げた日には……無駄に私なんぞに気を遣い、親友ですらなくなる事だろう。
彼と婚約者が上手くいって欲しいとは全然思っていないが、彼を死なせるわけにはいかない。
道化の様に彼を想い、出来るだけサポートしよう。
結局私って、異世界に来ても自分の思い通りには行動出来ない運命なのかな……。
親にも抗えず望まぬ大学合格に向けて受験勉強を必死で行い、環境が変わったとて自身の恋を優先させる事も出来ずにグズグズと思い悩む。
どこまでいっても中途半端な人間という事か。
私とレイベルトは戦いを重ね、数々の功績を立てては瞬く間に出世し、実力を伸ばしていった。
彼には信じられない程の才能があったのだ。
私にも多少の才能は元々あったんだろうけど、勇者としての能力が上乗せされていた分、ズルをしているようで申し訳なく思う気持ちもあるが、彼の役に立てるのなら自身の罪悪感? プライド? そんな感情なんて些末事。
いつしか英雄と勇者、英勇コンビなんて言われて祭り上げられるようになった頃には、自身の恋心を隠すのが難しいところまで想いが募っていた。
最後の戦いは本当に今でも震えが止まらない。
私が指揮した部隊は味方の半数を失い、ギリギリでの勝利をもぎ取った。彼我の戦力差を考慮すれば、これでも快勝と言えるのが笑えない。
そして信じられない報せが届く。
『英雄レイベルト、戦地にて行方不明』
気が付けば馬を駆り、彼の向かった戦場へと疾走していた。
レイベルトが死ぬわけない! 絶対に死ぬわけない!
「きっとどこかで休憩していて、一時的に行方が分からないだけなんだ。そうじゃなければ戦地から帰っている途中なのに、行き違いになった兵が勘違いして報告しただけだ。絶対そうに決まってる!!」
彼の向かった戦場には夥しい数のかつて人間だったであろう物が散乱していた。
流石に戦慣れしていた私でも、こみ上げてくるものがある。しかし、それに気を取られている場合ではない。
私は一心不乱にとにかく周囲を探した。
一日目は何も考えずにひたすらに動くものがないか走り回って周囲を探索した。
二日目はもしやと思い、付近の村に聞き込みをして回った。
三日目、押し寄せる絶望をなんとか振り払って付近の森を探索する。
怪我をしているにしても隠れているにしても、森の方へは行かないだろうと思い込んでいたが、万が一に敵の増援があった場合の判断ならば間違ってはいない。
私はとうとう彼を見つけ出した。
傷だらけで倒木を背に座り込み、今にも消えてしまいそうな雰囲気のレイベルト。
辛うじて意識があるようで、私の姿を確認するなり軽口を叩いてきた。
「勇者様自ら……迎えに来てくれる……とはな。」
「英雄様を迎えに行くんだから、勇者くらいの肩書は必要だよ。」
急いで彼を背に乗せ、勇者として授かった膨大な魔力でもって、風を発生させ疾走する。
馬なんかでは遅すぎる。彼は明らかに限界なのだ。
自分の体力は計算に入れず、王都まで兎に角ひたすらに走る。私自身限界ではあったが、のんびりなんてしてられない。
三時間程は要したが無事に王都まで辿り着き、手早く軍医に治療を受けさせる。
彼の状態はかなり危ないところだったそうだ。あと一日発見が遅れていたらと思うとゾっとする。
幸い怪我そのものは命に係わるようなものではなかったそうで、目が覚めるのを待ちながら寝ている彼に話しかける日々を過ごす。
しかし、それでも彼が意識を取り戻すには二カ月近くの時間が必要であった。
魔力切れでも無理矢理魔法を使用する、といった命を削るような魔法の使い方を何度もした弊害らしく、なかなか目覚めてくれなかったのだ。
また、この世界での医療は地球に比べ未発達な事もあって、本当に気が気ではなかった。
「レイベルトが死ななくて良かった。僕はこの世界に君しか友達が居ないんだ。」
彼が目を覚ました瞬間、思わず涙を流してしまう。
そのうち目覚めるだろう事は信じていたが、それでも心のどこかで目覚めなかったら……と考えてしまう自分がいたのだ。
「少しは友達作りの努力しろよ。」
彼は相変わらずの軽口をたたき、普段通りの調子を見せる。
「レイベルトがいつまでも寝ているから気が気じゃなかったよ。戦勝祝いのパーティだってあるんだからね? 早く起きてくれないと、ボッチでパーティに出席しなきゃいけないところだったんだから。」
彼が目覚めてくれたのが嬉しくて、私もいつものように軽口で応戦する。
「パーティの為かよ。親友に対してその言い方はないんじゃないか?」
こんな軽口を言い合えるのは彼が生きていてくれたから。別に今まで神なんて存在を信じてはいなかったが、この時ばかりは信じてしまった。
「しかし……見舞いにまでそのむさ苦しい甲冑、付けなきゃダメなのか?」
「まぁ、戦場でずっと付けていたからさ。無いと落ち着かなくて。」
男のフリは未だに続けていた。性別を明かしてしまえば、私はきっと彼への想いを止められないだろう。
「アオイが良いならそれで良いが……。っと、戦勝パーティは少し待ってくれ。連れて来たい人がいるんだ。」
「もしかして、婚約者の事?」
その話は聞きたくない……。
「勿論。俺の晴れ舞台を見せてやりたいしな。」
「はいはい。伝えておくから気兼ねしないで行ってきて。」
本当は行かないで、と叫びたい。
「助かるぜ。」
「ただし、最低でも一週間は安静にして、それから行く事!」
「もう大丈夫だって。」
きっと彼は逸る気持ちを抑えきれないんだろうなぁ。
私は今、上手く笑えているかな?
「たった今起きたばかりで何言ってんの? 何かあったら婚約者だって悲しむよ?」
「……。」
「毎日お見舞いに来るから、大人しくしてるんだよ?」
「勇者様に見舞ってもらえるなんて光栄だな。」
「英雄様の為だからね。」
私達は笑い合い、戦争の終わりを喜んだ。
一方で、私は心の中で涙していた。
自身の恋に、終止符が打たれる時が近づいてきている事を悟って……
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