第2話 英雄と勇者

 負け戦と言われた戦争だが、終戦までには二年を要した。


 どの戦場も激しい戦いの連続で、一つとして楽な戦いはなかった。


 数々の戦闘を経験した今の俺は、異世界より召喚されし勇者と肩を並べる程度には強いと自負している。


 伝説に謳われた強さは紛れもなく本物であり、その勇者と同等までに至った俺は今や英雄と呼ばれていた。


 そんな俺でも、死を覚悟する場面は何度もあったのだ。


 五体満足で生き残れた事を神に感謝した。


 戦場は一言で表すなら地獄……その一言に尽きる。いつ、誰が、どこで死んでもおかしくなかった。


 当然、英雄と呼ばれる俺や伝説の勇者でさえもだ。


 元々敗戦濃厚で戦端が開かれた事もあり、兵達の士気は最悪。特に俺が配属された前線では尚更だった。


 この国では騎士の位を持つ者が100人からなる部隊の指揮官であり、戦争の要。


 一部隊を任された俺は、全力で敵兵を薙ぎ払っては味方を鼓舞すると同時に、足りない戦力を埋め合わせる為に出来る範囲で自分の部隊をひたすら鍛え上げる日々。


 だが唯一の救いがあるとすれば、地獄の中で親友と呼べる友と出会えた事。



 彼は異世界より召喚されし人間。勇者アオイ。



 アオイは戦のない平和な世界から来たようで、初めは碌に戦えもしないようなへっぴり腰の雑魚だった。


 こんな奴が役に立つのか? 伝説とは当てにならないものだと思ったのが間違い。


 年が近く優秀という理由だけで俺は勇者の教育係を命じられ、自分の兵を鍛える傍ら奴も鍛えてやったのだが……勇者は恐ろしい程の速度で戦い方を身につけ、やがては当時の俺と並ぶ程の実力を手に入れていった。


 実力の近い俺達は一緒に戦場へ駆り出される事が多くなっていき、ある事が切っ掛けで仲良くなる。


 最初はやけに軽薄そうな男だと思った。


 戦争の真っ最中だというのに、女と見れば声を掛けるし戦いが始まればすぐに泣きそうになる。


 とてもじゃないが勇者だとは思えない。だが、その実力だけは本物だった。


 こんな奴とは仲良くなれそうもない。


 そう思っていたが……



 ある時、俺とアオイは敵に追い詰められた。


 悲しい事に、俺自らが鍛えた上げた部隊は無能な上官に取り上げられ、弱兵を押し付けられた直後のタイミングで敵兵の奇襲に合い味方は全滅。


 俺と勇者は囲まれてしまったが、互いの背中を預け合い、なんとしても生き残ろうと共に必死に戦って地獄の中で生き残ったのだ。


 どちらか片方でも欠けていたら絶対に死んでいただろう。


 その日を境に俺と勇者アオイは急速に仲良くなった。


 異世界の話を聞くのは楽しかったし、反対にアオイにとっては俺達の世界の話が面白かったらしい。


 俺達は運が良かったのに加え、才能もあったと思う。


 元々剣も魔法も達者であった俺は、戦場で実戦経験と功績を積み重ねては瞬く間に出世していったし、それまで以上に強くなった。


 アオイは初めこそ戦闘経験が足りていなかったが、戦場での経験がそのまま反映されていくかのようにメキメキと実力を上げていった。


 俺達は英雄と勇者、英勇コンビとして持て囃され、戦争を勝利へと導いた戦神のような扱いを受ける事となったのだ。


 ちなみに、俺の部隊を取り上げた上官にはいつか礼をしてやろうと思っていたが、俺の副官だった男に殺されたらしい。


 上官殺しはマズいだろうと副官には言ったのだが……そいつが無能過ぎて味方を引っ掻き回したせいで、上層部からのお咎めがないどころか出世したそうだ。


 俺もその上官にはムカついていたので、お咎め無しの一言を聞くやいなや良くやったと手の平を返して褒めてやった。



 最後の戦いは本当に酷いものだった。


 自軍は全滅。それでもなんとか敵を殲滅した俺は深手を負い、森に身を潜めては行動出来るようになるまで耐え忍んだ。


 その時は正直、死を覚悟した。


 しばらくまともに動けない状態となってしまった俺は、行方不明扱いとなっていたらしい。


 アオイは別の戦場で勝利し、俺が行方不明と聞いて疲れているだろうその足で、三日三晩森を探索して見つけ出してくれた。


 怪我が完治するまでに二ヵ月を要した俺は、意識を取り戻したのもつい一週間前だ。



「レイベルトが死ななくて良かった。僕はこの世界に君しか友達が居ないんだ。」



 俺が目を覚ますと、横には泣いている勇者が居た。


 すぐに泣く癖は相も変わらず治らないなんて、締まらない奴だ。



「少しは友達作りの努力しろよ。」



 俺は照れ隠しに憎まれ口をたたく。



「レイベルトがいつまでも寝ているから気が気じゃなかったよ。戦勝祝いのパーティだってあるんだからね? 早く起きてくれないと、ボッチでパーティに出席しなきゃいけないところだったんだから。」



 どうやら、パーティは俺が起きてから開く予定になっていたそうだ。



「パーティの為かよ。親友に対してその言い方はないんじゃないか?」



 こんな軽口を言えるのも俺達が戦場で親友と言えるまでの関係になったからこそだ。



「しかし……見舞いにまでそのむさ苦しい甲冑、付けなきゃダメなのか?」


「まぁ、戦場でずっと付けていたからさ。無いと落ち着かなくて。」



 アオイは常に甲冑を付けて行動していた。


 どんな時も頑なに外そうとしない姿勢は一体どこからきているのやら。



「アオイが良いならそれで良いが……。っと、戦勝パーティは少し待ってくれ。連れて来たい人がいるんだ。」


「もしかして、婚約者の事?」


「勿論。俺の晴れ舞台を見せてやりたいしな。」


「はいはい。伝えておくから気兼ねしないで行ってきて。」



 呆れた勇者の視線が突き刺さる。



「助かるぜ。」


「ただし、最低でも一週間は安静にして、それから行く事!」


「もう大丈夫だって。」



 俺は逸る気持ちを抑えきれず、すぐに出かけようとする。



「たった今起きたばかりで何言ってんの? 何かあったら婚約者だって悲しむよ?」


「……。」



 全く言い返せなかった。


 実を言うと、体の動きが鈍いのは自覚していたのだ。



「毎日お見舞いに来るから、大人しくしてるんだよ?」


「勇者様に見舞ってもらえるなんて光栄だな。」


「英雄様の為だからね。」



 俺達は笑い合い、戦争の終わりを喜んだ。


 仕方ない。ほんの少しの我慢だ。


 逸る気持ちを抑えながら一週間を安静に過ごした俺は、故郷の街へと出発した。


 帰ろう……エイミーが待っている。


 もう戦争なんかに邪魔をされず、彼女と結婚出来るのだ。

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