戦争から帰ってきたら、俺の婚約者が別の奴と結婚するってよ。
隣のカキ
第一章
第1話 あの日の想い
「帰って来ると……約束したはずだ。」
「……。」
まるで世界が止まってしまったかのような沈黙が辛い。
彼女の瞳は揺れていて、その心を映しているようだと思った。
だが、俺にはもう……彼女の心は分からない。何を考えているのか予想もつかない。
今の彼女は酷く焦っているように見えるが、どうして焦っているのか想像もつかない。
こんな事になるなら、告白なんてしなければ良かった。
「帰って来れたんだね……。」
「あぁ。」
「……ごめんなさい。」
そんな言葉は聞きたくない。
戦場では彼女の事を思い出し、なんとしても約束を果たすのだと奮起し、なんとか生き残って帰って来た俺にこの仕打ち。
「帰って来なければ良かったよ。」
「そんな事言わないで!」
何故否定する?
俺が帰って来ないと思ったからこそ、こんな事になっているんだろうに。
彼女は結婚するのだそうだ。
帰ってきたら結婚しようと約束した俺を差し置いて。
「帰って来なければ……こんな思いをしなくても済んだのにな。」
「それは……。」
「俺はここを出るよ。」
「待って!」
「待ってだと? 君が結婚するのを指をくわえて見ていろとでも言うのか?」
俺にはそんな事出来ない。彼女が他の男と結婚するのに、それを見ながら今まで通りこの街で生活するのは不可能だ。
「結婚しない……。」
「しないでどうするんだ?」
「貴方と結婚する。」
俺達の認識には決定的なズレがあるようだ。
彼女は妊娠していると親から既に聞いている。
つまりは俺が死にそうな目にあっている最中、他の男と体の関係があったのは想像に難くない。
婚約者であった筈の俺でさえ、彼女とはそういう関係に至ってはいないというのに……。
そんな話があるか?
酷い裏切りだ。彼女を殴って、罵って、なんならこの場で犯してしまえば心が晴れるのだろうか?
とてもそんな気にはなれない。
「他の男の子供を宿して俺と結婚しようと言うのか?」
「……貴方が受け入れてくれるなら。」
「それは無理だ。」
即答した俺に対し、彼女は絶望的な表情を浮かべる。
確かに俺は彼女を愛していた。
しかし、裏切られたという憎悪も同時に持ってしまっている。
まともな結婚生活になるはずもないし、俺の精神が持たない。
「じゃあな。」
背中越しに泣いている彼女の声を聞きながら、その場を立ち去った。
もう二度と会う事は無いだろう。永遠にさよならだ。
愛していたよ……エイミー。
今日、俺は告白をする。
長い間幼馴染として確かな関係を築いてきた俺の大事な人、エイミー。
彼女に今まで秘めていた想いを打ち明けるのだ。
俺……レイベルトと近所に住むエイミーはどちらも騎士の家系。
15歳になるまで良好な関係を築いていながらも、俺達二人の仲は幼馴染止まりで男女の仲には進展しなかった。
俺に意気地が無いと言ってしまえばそれまでだが、好きだと伝える事で今まで築き上げてきた関係が壊れてしまうのではないかと恐怖し、なかなか想いを告げる決心が出来なかったのだ。
だがもう……関係が壊れるのではないか、などと悠長な事は言っていられない。
じきに戦争が始まる。
俺は騎士の家系であり、俺自身もまた騎士だ。
戦争が始まってしまえば駆り出されるのは当然の事で、既に前線への配属が決まってしまっている。
最悪な事に今回は確実な負け戦と言われていて、生きて帰れる可能性の方が低い。
二度と会えないかもしれない。そんな場面になって初めて告白する決心がつくなど、なんとも皮肉な事だ。
今日、俺はエイミーに想いを告げる。
いつも二人で訪れた、俺達が住む街を見渡せる小高い丘。幼い頃から何度も通った二人の思い出の場所で……。
彼女にあの場所へ行こうと誘いをかけ、二人で出掛ける。何度も通ったその丘は、あの場所……で通じる程俺達にとっては特別な所だ。
エイミーも俺が戦争に行く事を当然知っていて、快く誘いに応じてくれた。
彼女にとって、俺は仲の良い幼馴染。最後に別れの言葉を告げられると思っているのかもしれない。
実際、無事に帰って来られる可能性はかなり少ない……と戦争に行く自分自身が思っている。
街が一望できる丘……その景色は相変わらずいつ見ても美しかった。
俺が告白しようと思っているなど、彼女はきっと予想もしていないのだろうな。
「エイミー。」
今、俺達は二人並んで丘の上に腰かけ、街を見下ろしている。
声を掛けられ振り向く彼女は、少しだけいつもの元気がないようだ。
「どうしたの? レイベルト。今日はやけに口数が少ないのね。」
そういう彼女の方こそ普段よりも口数が少ない。
俺の雰囲気から何かを感じ取っているのか、はたまた俺が帰って来ない可能性に思い至り悲しさを覚えているのか……。
「戦争から帰ってきたら、結婚しよう。」
一世一代の告白に、俺が出す声は少しかすれてしまうが、それでも彼女の耳にはしっかり届いていたようだ。
エイミーの目には驚き、困惑、嬉しさ、そして……涙が浮かんでいる。
「絶対に帰ってきてね。死んだら許さない。それまで待ってるから……絶対に。」
そう言って彼女は……涙交じりのキスで返事をしてくれた。
こうなる事をどれ程待ち望んでいただろうか。
幼馴染から恋人へと関係が進む事を考えなかった日はない。
今まで何度も想いを伝えようとしては結局言い出せず終いであったが、とうとう告げる事が出来た。
戦争なんかが切っ掛けで関係が進むのというのは甚だ不本意だが、今はこの瞬間を素直に喜ぼう。
そして、帰って来る可能性は少ないだろうと半分諦めの気持ちが混じっていた俺だが、絶対に帰って来るのだと硬く心に誓った。
もしかすると死ぬかもしれない。
二度と彼女に会えないかもしれない。
そう思うと居ても立っても居られず、告白しようと決心したのだ。
俺の告白は見事に成功し、以前は出来なかった恋人らしいデートを重ね、愛しい彼女と何度もキスをした。
この国では戦争前に恋人になった人間は、婚約を結んで相手の無事を祈るという風習がある。
俺達もそれに習って両家公認での婚約を果たし、旅立ちまでの少ない日数を穏やかに過ごす。
両家は内々で祝わってくれ、俺は戦争へ向かう他の騎士や兵士達と共に戦場へと送り出された。
絶対に死ねない……生きて帰ってみせる。
エイミー、待っててくれよ? 今までに培った剣技と魔法で華々しく活躍し、お前を必ず迎えに行くから。
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