第3話 裏切り
やっとエイミーに会えるのだと思い、大急ぎで帰郷した俺に待っていたのは……残酷な仕打ちだった。
一刻も早く家に帰り、彼女を安心させなければと街中を疾走する俺の目に飛び込んできたのはあり得ない光景。
エイミーが……知らない男と腕を組んで歩いていたのだ。
見間違いかと思い確認するが、俺が何度も目にした笑顔……それを知らない男に向けているのは間違いなく俺の幼馴染であり、恋人であり、婚約者のエイミーだった。
何故だ。どうして俺以外の男と腕を組んでいる?
俺と……俺と結婚するんじゃ、なかったのか?
他人の空似と思いたかったが、目の前の光景がその可能性を否定する。
気が付けば、俺はいつの間にか家に帰り着いていた。
両親にエイミーが知らない男と腕を組んでいた事を話さずにはいられず、どういう事なのかと問えば信じられない答えが返ってきた。
エイミーはその男と結婚するそうだ。
今回の戦争ははっきりと言えば負け戦が決定的だった上に、俺の派遣された戦場が生き残れないような場所であった事も相まって、両家は俺が旅立った後、早々に俺達の婚約を解消したのだそうだ。
何を勝手な事を……と思う気持ちが湧いてくる一方で、騎士家に生まれた者の宿命というべきか、家の利益を考えた場合の言い分としては理解出来なくもない。
だが、俺は毎月手紙を送っていた。
戦争終結前の二ヵ月間は手紙を送れる状況ではなかった為仕方ないかもしれないが、それ以前は欠かさず手紙を送っていたはずだ。
しかし、俺の訴えに対し帰って来た答えは残酷だった。
エイミーにも確かに手紙は届いていたそうだ。
聞けば、彼女は一年前から他の男と会うようになっていたらしく、俺からの手紙は読んでいたらしい。
両家は俺が生きて帰るなど夢にも思っておらず、エイミーを咎める事をしないどころか、その男との結婚を薦めたのだ。
エイミーは一体どんな気持ちで他の男と会いながら俺の手紙を読んでいたのだろう。
どうせ俺が死ぬと思っていたのだろうか?
それとも、会わない間に気持ちなんて冷めてしまったのだろうか?
彼女は俺からの手紙が届かなくなったのを機に、一ヵ月前に婚約をしたそうだ。
既に妊娠四ヶ月で、結婚間近だと告げられた。
あまりの衝撃に俺は呆然と立ち尽くしていると……
「貴方は英雄なのよ? 幼馴染と結婚出来ないからと言って呆けるんじゃありません。」
「今のお前なら間違いなく、大貴族の令嬢から婚姻の打診があるはずだ。我が家だって相当な爵位を賜るのだから、シャンとしないとダメだろう。」
こいつらは……何を言ってるんだ?
「ほらほら、我が家は英雄を輩出した家になるんだから、いつまでもそうしてないで出発の準備をなさい。」
「王宮でパーティがあるのだろう? 我らも英雄の親として他の貴族達と顔つなぎしなくてはなら……」
「うおおおおおっ!!!」
ズドオォォン!!!
俺はあらん限りの力で壁を殴りつけた。
鍛え抜かれた腕で壁に大穴を開け、ふざけた事ばかり言い放つ両親を強引に黙らせる。
正直なところ、英雄としての力を、技を、魔法を、遺憾なくこいつらに向けて発揮してやりたいと思った。
一方で、俺が戦場で培った冷静さが無駄に邪魔をする。
たかが騎士の家系である俺の家とエイミーの家、それらを圧倒的な力で滅ぼしたところで何になる?
一時的な鬱憤は晴れるかもしれないが、そうなった後は俺がお尋ね者になるだけだ。
「俺はもうここには戻らん。家を捨てる。」
「な、なにを言う!?」
「考え直しなさい!」
両親が引き止めに入るが、既に決めた事だ。
今更何を言おうが俺の意見は覆らない。
「これ以上俺の邪魔をするな。次は本当に当てるぞ。」
黙り込む両親を尻目に、俺はエイミーの家へと向かう。
余程英雄としての箔が欲しかったんだろうが、絶対にお前らの得になる事なんぞしてやるものかよ。
エイミーの家を尋ねると本人が出て来た。
彼女の顔を見るのは辛い……が、彼女の両親が一緒に出て来ないのは幸いだった。
この婚約をぶち壊した人間の顔をこれ以上見ずに済むのだから。
「……レイベルト?」
「あぁ。」
「生きてた……。」
エイミーは信じられないといった様子で、口を手で覆っている。
「結婚するんだってな。」
「……。」
「帰って来ると……約束したはずだ。」
「……。」
まるで世界が止まってしまったかのような沈黙が辛い。
彼女の瞳は揺れていて、その心を映しているようだと思った。
だが、俺にはもう……彼女の心は分からない。
こんな事になるなら、告白なんてしなければ良かった。
「帰って来れたんだね……。」
「あぁ。」
「……ごめんなさい。」
そんな言葉は聞きたくない。
戦場では彼女の事を思い出し、何としても約束を果たすのだと奮起し、なんとか生き残って帰って来た俺にこの仕打ち。
「帰って来なければ良かったよ。」
「そんな事言わないで!」
何を怒る事がある?
俺が帰って来ないと思ったからこそ、こんな事になっているんだろうに。
「帰って来なければ……こんな思いをしなくても済んだのにな。」
「それは……。」
「俺はここを出るよ。」
「待って!」
「待って? 君が結婚するのを指をくわえて見ていろとでも言うのか?」
俺にはそんな事出来ない。彼女が他の男と結婚するのに、それを見ながら今まで通りこの街で生活するのは不可能だ。
「結婚しない……。」
「しないでどうするんだ?」
「貴方と結婚する。」
エイミーは腹に別の男の子供を宿し、俺に結婚を迫って来た。
確かに彼女を愛してはいたが、いくらなんでもこのような形で裏切った女とは結婚出来ないししたくない。
そもそも手紙を送っていた間にも、エイミーは他の男と会っていたのだ。
しかも、俺からの手紙が途絶える以前から妊娠するような事までしていた。
俺が立ち去る際には彼女が泣いている声が聞こえて来たが……理解出来ない。それ程好きだと言うならもう少し待ってはくれなかったのだろうか?
待てなくとも、せめて俺が手紙を送っていた間だけでも待っててくれても良いはずだ。
それがどうだ。一年前からその男と会っていたと言うではないか。俺を馬鹿にするにも程がある。
所詮、エイミーの気持ちはそんなものだったと言う事か。
ずっと待っているなどと嘘をついて、俺を嘲笑ってでもいたのか?
今まで俺が信じていたエイミーは実際のエイミーとは違ったのだ。
彼女はそんな奴じゃないと思うが、現実はこれだ。エイミーがそんな奴だと誰かが言えば、俺はその言葉を素直に信じるだろう。
復讐したいとまでは思わない。さりとて、黙って祝福出来る程俺は人間が出来てはいない。
最後に、あの丘からの景色を眺めたら街を去ろう。
俺がこの街に戻って来る事はもう、二度とないのだから……
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