問⑦【良い話と悪い話】

 それはいつもの他愛ない会話の中に突然現れた。 


「……良い話と悪い話があるんだけどさ」


 大好きなキミの笑顔から出てきたのはそんなセリフ。


「う、うん」


 もちろんボクはその唐突さにかなり困惑していた。

 それでも表情には出なかったと思う。


 一呼吸置いてから、彼女は静かに続ける。


「……どっちから聞きたい?」


 良い話と悪い話。

 いったいなんだろう?

 ボクには予想がつかない。


 この場合は……どちらから聞くべきなんだ?


🌱🌱🌱


部活がテスト前休みに入った今日、幼馴染の彼女の部屋で二人、頭を突き合わせて勉強をしていた。


小さい頃からよく遊びに来ていたけれど、部屋に入るのは久しぶりで、さらにどちらの親もいないというのは初めてだった。

適当に座って、と言われてから30分。

居心地はかなり悪い。

女っぽくなった部屋もそうだし、何より、ちょっと目線を上げただけで、小さい爪とか、額の産毛とか、ポテっとした口とかが飛び込んでくるから、ちっとも集中出来ない。


僕は何度もグラスの麦茶を飲み干した。


「……良い話と悪い話があるんだけどさ」


そんな時に良い話と悪い話のどっちから聞きたいかなんて、正直どうでもいい……と思ったのはバレバレだったようだ。


「大事な話だよ、どっちも」

「……なに系の話?」

「3組の加野さん系の話」

「かの?……なんで?」

「好きだって言ってたじゃん」


あー。

思い出した。


今の学年に上がった時、同じクラスになれたかどうかが気になって掲示板をじっくり見ていたら、まさかの、真後ろに現れたこいつに『誰か同じクラスになりたい人でもいるの?』と聞かれてしまった。


バレたくなかった僕は咄嗟に学年一人気がある加野の名前を上げたんだ。

好きだというのは嘘なんだから、加野の話となると益々どうでもいいんだけど、この妙な空気は聞くまで続いてしまいそう。


「じゃあ、良い話から聞くよ」

「うん、あのね、実は、加野さんがフタヒロのこと好きだって」

「え!? 俺!?」


こいつの前ではカッコつけて『俺』と言うようにしていたのだけど、今は物凄く自然に出た。


だって、3組の加野さんだぞ!?

親友の黒須だって、剣道部のユウタだって、美術部の伊澄だって、園芸部のミツルだって、一流企業の御曹司ユウキだって、蒼い瞳の交換留学生アンバーくんだって、微笑む度に歯がキラッと星みたいに光る涼介だって、古文のテストは毎度満点のカズホだって、地元の不良をプロレス技で次々に倒した霧野だって、ヒヨコより愛くるしい癒しアイドル系の鳥越だって、無理な企画バンバン通す生徒会長の熊出だって、我が校いや高校生初のプロ俳人、平九郎だって!!


みんな加野さんが好きなんだぞ!!!


「……フタヒロ、声に出てる」

「え?」

「みんな加野さんが好きなんだね」

「あ、全員分バレたか、あはは」


彼女の顔は明らかに沈んでいて、ちっとも笑っていない。そんな悪い空気を打ち消そうと慌てて話をかえた。


「あ、で、悪い話! 悪い話ってのは何だよ」

「……えっと」

「どうせ、全部嘘でーす!とかだろ!参ったな」


いくらふざけて見せても彼女の表情から影は消えない。ただ、覗き込むように少し待っていると何かを伝えようと唇が動きだした。


「加野さんに……関川くんって彼女いるのかな?って聞かれたから」

「……聞かれたから?」

「わたしが……か、彼女だって言っちゃった」

「へ?」

「……これが悪い話。ごめん」


最後のごめんは声が掠れていた。

でも、返事する俺の声はもっと掠れたと思う。


「わ、悪い話が……、良い話よりもかなり良い話なんだけど」


やっと二人の視線が重なる。

ちゃんと聞き取れたのか、彼女は真っ赤な顔で笑っていた。



🌱

Special thanks ハーフ&ハーフに参加されている方のお名前を勝手にお借りしております。お付き合い下さった皆々様♡ありがとうございました✨

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