問⑤【この服を着ろと?】
目の前で、愛しい彼女が微笑んでいる。
こんなに幸せなことはない。
ここのところ、お互いに忙しくて、なかなか二人の時間を持てなかったのだ。
やっとできた、二人だけの時間。
キミが満面の笑みでボクを見つめてくれる。
キミのためなら、なんだってしてあげたい。
心から、そう思える。
――と、ついさっきまでは思っていたんだけど――
すまない!
やっぱりムリだよ、コレ。
「似合う! 似合うよ、関川君!!」
キミが絶対に似合うと言いながらボクに着せた服。
鏡の前で、言われるがままにポーズをとってみるボク。
でも……ダメなんだ。
今日だけは、キミの願いをきいてあげることができそうにない。
「これ着て一緒にお出かけしようねっ!」
ああ、彼女の弾ける笑顔がまた可愛い。
この笑顔を曇らせるなんて想像するのも嫌だ。
嫌だけど、この格好だけは……
ああ、ボクはいったい、どうすればいいんだ?
🌱🌱🌱
ボクはセンスがない。それは彼女と出会うずっと前から何度も言われてきたことである。
色のセンス、素材のセンス、小物のセンス。
どれを取ってもダサいらしく、学生の頃は、クラスの女子だけじゃなく、友人にも苦い目で見られていた。
そんなボクの彼女はなんとアパレル会社の社員というからボク自身も驚きだ。まぁ、社会人になってからはスーツという有難い制服のおかげでダサさはバレていなかったし、彼女と出会った時もいつもスーツだったから、そのあたり、ちょっと騙したことになるかもしれない。
付き合い出してからボクのセンスのなさに気付いたのか、服は彼女が選んでくれるようになった。
それまで、私服を周りに見せることなんて皆無だったボクの評価は、彼女が選んでくれた服を着るようになった途端、『お洒落さん』に変わった。
彼女の選ぶ服を着ていれば間違いない、それは明らかだった。
……けれど、今、鏡の自分に戸惑いを隠せない。
かろうじて上下同じ素材のセットアップだが、ミドルともショートとも言えない中途半端な丈のパンツと、サイズのあっていない小さめのジャケット。色がアッシュグレーなのはいいけど、サイドに施されたオレンジと黒のラインはなんだ?
某野球チームのユニフォームみたい。
中に着たシャツは鮮やかなスカイブルーに黄色い星マークが散りばめられている。
あれ? これも某野球チームのユニフォームかな。
「靴はこれがいいかな」
全く心が追い付いていかないボクとは正反対に、彼女は靴を持ってきて、試着室の前にあるボクの靴の横に並べた。
今日履いてきたボクの靴は彼女がプレゼントしてくれた上質な黒の革靴だった。
それなのに隣に並べられた靴はどうだ。
この店のどこから見つけてきたのかと思ってしまうほど強烈な虎柄で、よく見るとインソールには鷲がデザインされている。
虎に鷲……やっぱり野球かな。
……セ・パ交流戦かな。
もしかしたら、このコーディネートは最先端で、ダサいボクが知らないだけかもしれない。
これをダサいと思うボクの方がよっぽどダサいのかもしれない。けれど。
「これは着れないよ……」
「え?」
楽しそうな表情が一瞬で固まる。
「ごめんね。 でもこれは無理だよ」
「どうして?」
固まった表情に悲しさが浮かぶ。
そんな顔させたくなんてないんだけど、でも、ボクはさっき心の中で思った服の感想を彼女にポツポツと伝え始めた。
「――だから、この格好はちょっと……」
彼女の顔から笑顔はすっかり消えていた。
言い切った達成感は少しあるけれど、それ以上に彼女を傷付けたかもしれないという後悔に飲み込まれそうだった。
「……あ、ご、ごめん」
そんな顔をさせてしまうなら、このセ・パ交流戦のような服も着てやろうか!そう覚悟を決めた時だった。
「合格!!!」
彼女が両手を広げて試着室に飛び込んでくる。思わず抱き止めたが、なにが起きた?
「ご、合格?」
「うん!! 関川君、もうダサくないの!」
「ぅえっ?!」
「確かに出会った時はダサかったよ。でも、どんどん吸収してお洒落になってるのに、いつまでも私のおかげだって言うから、気付いて欲しくて」
自信持って! 関川君は素敵なの!
彼女はそう言うと、今日一番の笑顔を見せた。
結局、何も買わず店から出た二人。
彼女は来るときよりも嬉しそうに腕を絡めて笑っている。
「……でもさ、ボクがあの服を『お洒落だ!着ていこう!』って言ったらどうするつもりだったの?」
そんなボクとなんてこうして歩けないか、と呟くと、彼女はもっと強く腕を絡ませてこう言った。
「その時は同じ格好で一緒に歩いてあげる! 私が好きなのは関川君自身なんだから」
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