問④【今日は何の記念日?】

 今日は久しぶりのデートの日だった。


 待ち合わせは駅の中央改札にある時計塔の下。

 いつも人がたくさんだけど、ここなら間違うことはない。


 彼女との約束の時間は午前十一時。今はその十五分前。 

 これから一緒に早めにランチして、近場の水族館に行くデートプランを立ててある。


 ほどなくして彼女がやってきた。

 

 いつもはジーンズ基本のラフな格好がほとんどなのだが、今日は春らしい色のワンピース。

 普段は口紅ぐらいしかつけないのに、今日はメイクもバッチリしている。


 か、かわいい……


 あんまり見つめ過ぎていたのだろう。

 彼女はちょっと赤くなる。


「あ。やっぱり気付いちゃいました?」


 え? 何に? 何も気づかなかったけど?


「……今日は関川サンとの特別な日ですからね、気合い入れちゃった!」


 ……今日ってなんか特別な日だっけ?


 ……なんだろう? さっぱり分からない。


 正直に言うべきだろうか?

 それとも会話しつつ探るべきか?


 僕にゆっくりと考える時間はなかった……


🌱🌱🌱


「と、とりあえず……店行こっか」

「はい!」


予約は11時半、かなり早く着いてしまうが仕方ない。食事をしながら今日が何の日なのか思い出そう。そうじゃないと今日の計画がダメになりそうだ。


僕はジャケットの右ポケットに入れたそれをそっと指で確認した。


彼女と出会ってから約4年。取引先の受付に座る彼女に一目惚れして、3回目の訪問で食事に誘った。

時計塔の下で待ち合わせた初めてのデートで、釣りが趣味だと伝えたら彼女も興味があるとのことで、2度目のデートは釣りになった。3度目は買い物に付き合ってもらい、4度目はそのお礼を口実にスニーカーをプレゼントした。

5度目のデートで気持ちを伝えたら、その場でYESをもらい、6度目のデートから手を繋ぎ始めた。


付き合い始めて3年半、ケンカすることもあったけれど、彼女以上に素敵な人に出会ったことがない。これから先も彼女以上の人に出会うことは無いだろう。


だから、今日この日、何度目になるかはもう把握しきれていないけど、彼女にプロポーズしようと計画を立てた。

丁度いいことに、友人の良辰もつい最近プロポーズを成し遂げたばかりだから、指輪のお店はどこがいいか相談できた。

寝ている彼女の薬指に携帯の充電コードをこっそり巻いてサイズを調べた。後日、コードの赤い印を見た彼女が不思議そうにしていたけれど、きっとバレてない。


初めてのデートを水族館で思い出してもらって、街を歩いて買い物もして、いい時間になったらディナーの店に向かう。

こちらも準備は完璧。たくさん調べた中でも特に彼女が好みそうな夜景の見えるホテルの18階。ワインや料理はもちろんだけど、最後のデザートプレートは、彼女の好きなフルーツタルトと、レアチーズケーキ。苺とブルーベリーをこれでもかというくらい飾ってもらい、プレートの余白にチョコレートで『marry me』と書いてもらうことにした。


僕と結婚してくれますか?


何度も練習した言葉。紙にも書いてみた。

指輪を取り出す練習も、ハンカチを取り出す練習も。


頭の中がそれ一色になるくらい完璧に準備してきたのに、僕は肝心な何かを忘れているようだ。


一体、今日は何の日だ!!!!!?


「美味しい!」と喜ぶ向かいの彼女は、相変わらず超可愛い。


許してくれるだろうか。

特別な日を忘れてプロポーズしようとしていた僕を。

……もし、特別な日を覚えていない僕とは結婚なんか出来ないと、悪い引き金を引いてしまったらどうしよう。


う……うわわああああ!!!!


「関川サン?! どうしたんですか?」


せっかくセットしてきた髪を乱してしまった僕は腹を括った。


「ごめん、今日が何の日か思い出せなくて」


彼女はくりっとした瞳をもっとクリクリさせたあと、ぶわっと大輪の花のように微笑んだ。


「私、関川サンのことをよーく見てるんですよ」

「……う、うん?」

「ふふっ」


彼女は一旦箸を置くと、ぐいっと僕を覗き込みニヤリと笑った。


「今日をどんな特別な日にしてくれるか楽しみにしてますね!」


🌱


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