問②【料理の腕前】

 今日は週に一度、彼女が家に遊びに来る日だ。

 ボクはわくわくしながら彼女を待っている。


 呼び鈴が鳴ってドアを開けると、そこには愛しの彼女が立っていた。

 両腕にはいっぱい食材が入ったレジ袋を提げている。


「お待たせ! 今日は関川君に美味しいものをいっぱい食べさせてあげるからね!」


 満面の笑みでそう言いながら部屋に入って来る。


 しかし、ボクの笑顔はひきつっていた。

 何故なら、彼女は絶望的に料理が下手だったからだ。


 部屋に上がるなり早々に台所へ向かう彼女。

 このままではきっと絶望的な料理の数々が出来上がってしまう。


「腕によりをかけて作るからね! 期待して待っててね!」


 台所から聞こえてくる彼女の張り切った声。

 こんなにもボクを思ってくれる彼女の手料理。


 それは分かっている。頭では分かっているのだ。

 だが体が、味覚が、ついてこないのだ!


 彼女に料理を作らせるべきか否か。

 突き付けられた難しい二択。


 ボクは彼女を阻止すべきなんだろうか?

 ここは男らしくガッツリ食べるべきだろうか?


 自問自答しながら台所へと向かう僕の足取りは重かった……


🌱🌱🌱


「おまたせ!」


ボクは今日もかなり驚いた。

これまで、彼女の料理に何度も驚かされてきた。


外側は泥だんごのように黒くてボソボソだが、中は熟したトマトより赤いハンバーグ。

微かに醤油色をした、ジャガイモと人参だったであろう、溶け溶けの肉じゃが。

ケチャップの海で炊いたのかと思えるベチャベチャのチキンライスには、全て炭と化した具材が散りばめられ、炒り卵の欠片が追いケチャップに沈んだオムライス。


挙げればキリがないが、彼女の料理はこれまで見たことのない『あちらの世界』を感じさせてくれるほどのものばかりだった。


彼女と付き合い始めてからまだほんの数ヶ月で、こうして手料理を振る舞われた回数もまだ両手に収まる位だが、世の中に出回っている胃腸薬にはかなり詳しくなったと思う。


今日もこっそり右ポケットによく効く錠剤を隠し持って挑もうとしている。


「どうしたの? 関川君」


けれど、もしかしたら、今日が一番驚いているかもしれない。


「……ど、どうしたの、これ」


あまりの衝撃に思わず声に出してしまう。


「どうしたのって、なにが?」


彼女は首を傾げながらも、ニコッと微笑んだ。


「だって……これ……食べれ……」


言葉を無くすほどの衝撃。

これまで何度も耐えてきた。

どんなに凄いものを出されても彼女のことが好きだったから。

大好きだったから。


でも、これ……。


「驚いた?」


彼女は僕の目を覗き込む。


「……驚いた」


僕は本当に驚いた。


つやつやしたホタテの炊き込みご飯。

出汁の香りが鼻先をくすぐるお麩と三つ葉のお吸い物。

プリンのように鮮やかな黄色の茶碗蒸し。

彩り添える胡瓜とカブの浅漬け。

綺麗な衣化粧のタラの芽の天ぷら。


まるで料亭のような、見た目だけで絶対旨いと思える料理の数々に、言葉の通り、開いた口が塞がらなかった。


「今まで、酷いものばかり出してごめんね。 ……実は、離婚した理由がね、お前は料理以外なんにも魅力がないって言われたからだったの」


彼女がバツイチなのは、もちろん知っていたけれど、別れた理由を聞いたのは初めてだった。


「……関川君、いつも言ってくれたでしょ。少しずつ上手になってるよって。それに料理が苦手でも、他に素敵なところがいっぱいあるよ!って、私が寝るまで延々と褒めてくれたでしょ?」


「うん」


「嬉しかった。本当に嬉しかったの。……でも、騙すような真似して……、私のこと嫌いになっちゃった……?」


スカートを掴んだ彼女の指は微かに震えていて、ボクを覗き込む瞳の奥も不安げに揺れていた。


「……わざと酷い料理を出されてたことには、少し怒ってる」

「そうだよね。 ごめ……」

「でも!」



「ただ、好きなところが一つ増えただけだよ」



震える両手を強く握ってボクは伝えた。

彼女は泣いて、泣いて、そして笑った。


🌱

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