日本雨蛙のにちかちゃん

藤泉都理

日本雨蛙のにちかちゃん




 最近、我が忍蛙である日本雨蛙のにちかちゃんの様子がおかしい。

 にちかちゃんの得意技は霧状の毒を吐いて相手を麻痺させることなのだが、毒を吐きたくないと戦闘を拒むようになった。

 無理強いさせるわけにもいかず、じゃあ、忍蛙から引退するかいと涙を飲んで提案したところ、今、違う技を身に着けるべく特訓を重ねているから待っていてほしいと言われたのだ。

 ならば私も特訓に付き合うと言ったのだ。

 以前のように。

 だが、にちかちゃんはそれすら拒んだのだ。


 もしや。

 との考えが頭から離れない。

 もしや、敵と通じているのではないか。


 付き合いが長かろうが短かろうが、裏切る時は裏切るもの。

 金だったり、名誉だったり、愛する人の為だったり。

 数々の裏切りを目にして来た。

 けれど。

 ああけれど。

 まさか、にちかちゃんが私を裏切るなど。


 私は悪いと心底思いつつ、にちかちゃんの後を追って公園に辿り着けば、そこには忍蛙界のアイドル、にちかちゃんと同じ日本雨蛙のてっかちゃんがいた。

 ばかりか。

 にちかちゃんとてっかちゃんが闘っているではないか。


 なるほど。同じ日本雨蛙の方が特訓しやすいか。

 納得して、宿舎に帰ろうとした時だった。

 声が、聞こえたのだ。

 常人にはゲコゲコゲーコとしか聞こえないだろう。

 だが、忍蛙と契約を結んだ忍びには、何と言っているかわかる。


「あの方の忍蛙の座を譲ってもらうわ」

「いいえ、あの方の忍蛙の座は譲らない。決して」


 がーん。

 にちかちゃん。

 ああ、にちかちゃん。

 私を裏切るのだね。

 私を裏切って、てっかちゃんと契約を結んでいるこちらも忍び界のアイドルである政さんの忍蛙になろうとしているんだね。


 そ、そりゃあ。そうか。

 アイドルだもんな、アイドル。

 きらきら煌びやかなアイドル。

 誰と相棒を組みたいって、そりゃあアイドルがいいよな。

 実力も煌びやかだし、言動も煌びやかだし、姿も煌びやかだし。

 ふ、ふふ。

 しょうがない。

 しょうがないか。

 私は涙を飲んで見送るよ。

 だから頑張るんだよ、にちかちゃん。

 てっかちゃんには悪いけど、私はにちかちゃんを応援するよ。


 ガンバ、にちかちゃん。












「どう?特訓の成果は?」

「にちかちゃん」


 私は茫然と、にちかちゃんを見た。

 にちかちゃんが特訓の成果を見せたいと言うので、先日後を付けた公園に行った。

 そこで、にちかちゃんは新術を見せてくれたのだ。

 雨雲を呼んで降らせた雨を粒に変化させて相手の急所にぶつけて、一時的に相手の動きを止める新術だ。


「最近私自身が毒の耐性が弱くなっちゃって~。でも毒を得意技として使ってたのに、言うの恥ずかしいじゃない。だから、この新術を完成させるまでは黙っていようって。ごめんね、心配かけて」

「う、ううん。いいの。で、でも。私のところに戻ってきてよかったの?」

「どーゆー意味?」

「う。だって。アイドルの政さんの忍蛙になりたいんじゃないの?」

「はあ?何言ってんの?」

「だってこの前。見ちゃったんだもん。政さんの忍蛙のてっかちゃんと話しているところ」

「蛙違いね」

「にちかちゃんを間違えるわけがないよ!」

「何言ってんの。よく間違えてるくせに。恥ずかしいったらないわ。一心同体のはずの私の声も姿も間違えるなんて」

「………ごめんなさい。でもじゃあ、私の忍蛙のままでいいの?」

「ええ」

「引退まで一緒?」

「まあ、予定では」

「に、にちかちゃん」


 涙目になった私はけれど、涙をぐっと押さえて、私も新術を編み出すと宣言した。


「その前に、私を間違えないようにしなさいよ」

「ごめんなさい!」

「まったく。だから下忍のままなのよ。まあいいけど」

「ごめんなさい!でも私も下忍のままでいいです!」

「志低い。失格」

「えええええ!?絶対間違えないから!失格認定取り消してください!」

「今後の働き次第ね」

「はい!」



















「どうして。あんたは実力があるのに、あんな下忍についてるのよ」


 私は知らなかった。

 てっかちゃんに睨まれている事なんて。

 にちかちゃんが、忍蛙界の元アイドルだったなんて。

 早すぎる引退と忍蛙の誰もが今も悲しむほど人気がとてもあるなんて。

 私は知らなかったのだ。













(2023.6.12)


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日本雨蛙のにちかちゃん 藤泉都理 @fujitori

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