第2章 初クエスト、ですわ~④


 臭い――気持ち悪い。間近で見て思ったのはそんなことだった。大人並のサイズの顔にアンバランスな小さな体。手足は細く腹がでている。見慣れないからか、それともその性質がそう思わせるのか醜悪な見た目と、腐った生ゴミと堆肥を混ぜたような臭い。


 だからといって逃げ出すわけにはいかない。


「おーほっほっほっほ!」


 一拍で間合いに捉えられる――そこまでゴブリンたちを引き付けたところで、俺は身を翻してゴブリンたちに立ちはだかり、やけくそ気味に叫ぶ。


「――ぶっ殺しますわよ!」


 俺の登場に、ゴブリンたちは驚いたのかビクリと体を竦ませる。その気を逃さず、俺は腰に吊ったロングソードを引き抜く。イメージは回し蹴り――剣の重心を自分の体の延長のつもりで加速させ、向かって左側のゴブリンの首に叩きつける。


 手応えは予想の何倍も軽かった。試割り用の板や瓦よりもまだ軽い――細い棒を断ち斬ったような手応えとともに、ゴブリンの首が飛ぶ。


 これが現代のことでなら『命を奪った感覚か』なんて感傷があったかもしれないが、佐倉に言い聞かせたようにここは異世界で、こいつらはやらなきゃ俺たちを殺しにくる相手だ。頭にあるのはやってやったということと、まだ終わっていないということだ。


「――おら、こっちだ!」


 そのまま呆然とする二匹のゴブリンたちの背後に周り、挑発するつもりで声を張った。ゴブリンたちは振り返り、手にかけた冒険者から奪っものだろう古ぼけた短剣を構える。その頃になって、首を落とした最初のゴブリンが血しぶきを上げながら地面に倒れた。


「キシャアァアアアアッ!」


「ギィヤァアアアアアッ!」


 ゴブリンたちが得物を振り上げ踊りかかってくる。意外と速い――しかし、そのゴブリン二匹の後ろに、緊張気味な表情で――それでも牛舎からでてきた佐倉の姿が見える。


 俺は手前のゴブリンが振り上げた得物を振り下ろすより早く、そいつの腹を蹴たぐって仰向けに転がす。そこに――


「うわぁぁぁぁっ!」


 大上段にバッソを構えた佐倉が、そいつを思い切り振り下ろす。ずがんと地面を抉る破壊音――ゴブリンは断末魔を上げるまもなく圧潰する。


「ギィッ……」


 最後の一匹は俺と佐倉の顔を見比べ、そして背を向けると脱兎のごとく逃げ出した。


 よし! 予定通り――俺も上手くやれたし、佐倉も結果を出した。あとは逃したあいつを見失わないように追跡を――


「椎名! できた!」


 興奮気味に佐倉が言う。ぶるっと体を震わせたのが夜闇でもわかる――ゴブリンを殺したことに高揚してるわけじゃない、自分の力を自覚しての武者震いだ。俺も初めて喧嘩をしたときは――


 ――っと、そんなことはどうでもいい。


「ああ、お互いよくできたな! あとはアイツを尾けて集落を見つければお仕事完了だ。追うぞ――走れるか?」


「う、うん、大丈夫」


 頷いて佐倉がバッソを担ぐ……すごい膂力だなぁ。俺と筋力値がダンチだもんなぁ……


 ま、そこは仕方ないだろう。俺はロンソを納剣し、佐倉と頷きあってゴブリンを追いかけた。




「あいつ、くそ……ゴブリンのくせに……体力あるなぁ……」


 スピードこそそれほど早くないものの、ゴブリンは休まず道なき野山を進んでいく。時折振り返り、振り切れない俺と佐倉の顔に怯え、また進む。


 帰りに迷わないよう、目立ちそうな木の枝を折るのを忘れないよう追跡する、が――


「スタミナは負けるかもねぇ」


 あえぐように言う俺に、まだまだ余裕そうな佐倉。というか、俺はもうかなりきつくてロンソを外して佐倉に持ってもらっているぐらいだ。


「どうしてこんなに基礎体力違うんだろうね? 現代じゃわたしの方が体力ないだろうに」


 ぜいはあと言う俺に、あっけからんと佐倉。そりゃお前――


「そりゃ、お前……俺とお前じゃ、だいぶ、V……VITに、差が……」


「あー、そういうことかー」


「そう……だ……」


 俺はしゃべるのをやめて息を整えることに専念する。もう追跡は佐倉任せで、俺は佐倉の背を追うので精一杯だ。


「だったらお嬢様言葉でしゃべってればバフかかって楽になるんじゃない?」


 閃いた! とばかりに佐倉が言う。


「……そんな、単純なことじゃねえだろ……ですわ」


 やけくそで語尾にですわをつける。するとふっと体が軽くなった。


「単純だった、ですわ……おいこのお嬢様判定マジでどうなってんだ、ですわ。語尾にですわでOKとかザル判定にも程があるだろ、ですわ」


 どうやら最低限のバフがかかったらしく、疲れはかなりあるが多少回復した――というより地力が上がって楽になった実感がある。


「昨日の検証だと倍率でバフかかるみたいだけど、『ですわ』だと最低限レベルだから……もっと楽したいならお嬢様度上げないと」


「お嬢様度て」


 そう返した途端、どっと疲れを感じる。


「ぐっ……がば判定のくせにアウト判定はしっかりしてやがる、ですわ」


「でも、それだけでもないっぽいんだよね。さっきのゴブリンたちの反応見ると、高笑いには【威圧】の効果がついてたっぽいよ」


「マ? ですわ」


 佐倉と会話するのにですわ口調は辛い。が、背に腹は変えられない。尋ね返すと俺の語尾を笑いながら佐倉が答える。


「うん、驚いてたってより竦んでいた、怯えてたって感じだったし、椎名のスキルリストに【威圧】あったし、間違いないんじゃない? もしかしたら他にも特定ワードで特殊効果あるかもね」


「マニュアルなんてねーし、手探りで探せってことですわよね。やってられませんわー……」


「それを確認するためにもお嬢様口調を極めないとね。把握しなくても常にバフをかけられるわけだし。これがノーリスクノーコストで使えるんだから、【優雅たれエレガンス】はとんでもないチートよね」


 鬱葱とした野山を駆け足で進んでいるとは思えないほど軽やかな口調で佐倉が言う


「いや、俺が――……わたくしがお嬢様口調で話すというだけでとんでもないコストを支払っていると思いますわー……」


 バフがかかって楽になったとはいえ、それ以前に倒れる寸前まで疲労した精神的な摩耗が回復したわけじゃない――俺は陰鬱な気持ちで、今後の異世界生活でお嬢様口調がデフォになってしまわないか心底不安になりながらそう答えた。




 それからしばらく。


 ようやくゴブリンが肩で息をし、足を引きずるようになり――そして、地面に空いていた穴に入っていく。


「……洞窟?」


「だな。地面に穴があって、明らかにわかってて入っていったよな。斜めに下っていって中が広くなってるのかな」


 俺は辺りの様子を覗う。知らずにこの場所に来たとしたら洞窟があるとは気づかないかもしれない――洞窟の入り口はそんなわかり辛い、自然の迷宮といった感じだ。


「ガチダンジョンだね……」


「そうな」


「入ってみる?」


「まさか。場所は確認したぜ。これで依頼達成だ。討伐ボーナスは二匹だから期待できないかもしれないけど、お互い無傷で初クエ達成なら万々歳だろ」


 俺がそう言うと、佐倉はどこかホッとしたように、


「そう――だね。じゃあ戻ろうか」


 佐倉がそう言ったとき、不意に周囲に悪臭が漂った。憶えがある――ゴブリンと対峙した時に嗅いだあの臭いだ。


「……椎名」


 佐倉がごくりと息を呑んで言う。


「わたし、嫌な予感がするんだけど」


 そう言いながら佐倉が預けていたロングソードを差し出してくる。


「【予感】スキル持ちが言うと笑えないな……」


 俺はそう返して、佐倉が差し出すロングソードを受け取った。


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