第2章 初クエスト、ですわ~③


「ここが被害のあった家です」


 夕方、日が傾き始める頃――村に着いた俺たちは村長に受注の挨拶をし、そしてそのまま被害に遭ったという家の、牛を放してある牧場に連れて行かれる。


「一昨日の早朝、牛舎が騒がしいというのでこの家の者が様子を見に来たら、ゴブリンが殺した牛を解体していたそうで――あそこです」


 そう言って村長が指した一角には、木造の牛舎があった。


「それで昨日は街へクエストを依頼しに――夜は村の若者が見張りについて、現れたゴブリンは数が少なく、村人総出で騒ぎ立てて追い返したんですが」


 初老の村長がそう説明してくれる。


「数が少ない――具体的には?」


 佐倉が尋ねると、村長はすぐに答えてくれる。


「私は確認していないのですが、若いものが三匹だったと」


「三匹なぁ……」


「ん、三匹だけってことはないよね……」


「実はこの先には農地もあるんですが、最近そちらも作物が荒らされてまして。獣の仕業だと思っていたのですが……」


「このままだと村に来るゴブリンが増えて村人に被害が出かねないな」


「そうなんです。家畜で飢えが満たされれば次は人間――若い娘が狙われますから」


 なるほどね……まあ、ゴブリン討伐クエストとしてはごく一般的な導入だ。ならば、と俺も一般的な対策を村長に述べる。


「獣対策で鳴子を使ってる家があるだろ? 村の反対側の農家に頼んで集めてくれよ。そんでここん家中心に村のこっち側に仕掛けよう」


「こちら側だけ? 反対側はよいのですか?」


「ゴブリンには知恵はあるけど賢くない、ってのが一般的だ。ここを襲って追い返されたなら迂回はするかもしんないけど、反対側に回り込むほど賢くはないよ」


 ――多分、と胸中で続ける。俺だってこの世界のゴブリンと対峙するのは初めてだ。もう一般的な異世界者のゴブリンと同レベルの連中であれと願うしかない。


「――あ、あと直接ゴブリンを見たって方と話ができますか?」


 と佐倉が続ける。ナイスだ、体格だけでも確認できればある程度想像できる。


「わかりました。私は鳴子を集めてこちらに運ばせます。話は、この家の者に聞いてみてください。一昨日家畜が殺されているのを見たのが主人で、昨晩先頭に立って追い払ったのがここの息子です」


「了解――すんませんね、村長。手伝わせちゃって」


「なに、構いません。お二人では鳴子の準備は手が回りませんでしょう。ですが――」


 ちらり、と村長が俺に不安げな目を向ける。まあ、こんな若い娘にゴブリン退治が務まるのだろうか、ってとこだろう。


 や、まあ実際やってみなきゃわからないってとこもあるが、まさかそのままそうと言えない。


 そう思っていると、佐倉が自分の胸を叩いて言う。


「任せてください。これでもギルドから指名されてきたんですよ?」


 佐倉がそう言うと、村長は目を輝かせ――


「おお、それはありがたい――では私は鳴子の方を。お二人は調査をすすめてくださいませ」


 そう言って足早に去っていく村長さん。俺たちはその背中を見送って――


「……ずいぶん安請け合いしたな?」


「しょうがないでしょ? どっちみちやんなきゃわたしたち食ってけないし。あんたこそ鳴子なんて――ちゃんと考えてるんでしょうね?」


 胡乱げな表情で尋ねてくる佐倉。


「ああ。農作物があるっつうなら、その畑の真ん中に縄張ってよ、牛狙いに来た所で鳴子が鳴るようにしたらいい。こっち側に広く設置するのは、ここ以外の家畜が先に目についてそっち狙われた時の対処な」


「はあ……それで?」


「出てきたゴブリンが少数なら一匹残して狩りたいな。そんで残したやつの後を尾けて集落を見つける。依頼完了ってわけだ」


「今日ゴブリンが現れなかったら?」


「そしたら明日からゴブリンの集落探し。その三匹がはぐれゴブリンで集落がないにしても、その三匹はどうにかしないと依頼達成にはならないだろうし……」


「意外と考えてるわね」


「そりゃ生活かかってるしな」


 俺がそう言うと、佐倉は肩を竦める。


「異論なし。ここのご主人さんと息子さんにゴブリンがどんな感じか聞いてみましょ」


「おう。一般的なゴブリンであって欲しいな」


「ここまでの話だと一般的なイメージ通りっぽいけど……確証は欲しいね」


 俺と佐倉はそう言い合って、牛舎の向こうに見える母屋を目指した。




   ◆ ◆ ◆




 鳴子の準備に時間がかかると思っていたが、そんなことはなかった。村の若者たちが率先して設置を手伝ってくれたからである。


 見張り、警戒の準備が整った頃には日も暮れて、すっかり夜の帳がおりていた。俺たちは牛舎の一画を借りてそこから牧場の見張りをしている。


 近隣で家畜を扱っている家は各自で見張りをするように伝えてある。そちらにゴブリンが現れた場合はとにかく大声で騒げ、とも。ここにこなければ俺たちがそこに急行する、という手筈だ。


 ここで牛を――獲物を持ち帰り損ねている以上、標的はここに絞っていると思うのだが。


 俺は牧場に目を向けつつ、主人が厚意で用意してくれたスープを口にしながら――


「鳴子の設置でもっと苦労すると思ったけど、村の人たちが快く手伝ってくれてよかったな」


 そう佐倉に話しかけると、佐倉が「はぁ?」と首を傾げる。


「あんた、わかっててやってたんじゃないの?」


「……なにを?」


「あんたさ、作業の途中から動きづらいっつって胸当て外してたじゃん。村の男衆がやる気になったのはあれがあったからだよ。スカートに生足の上、コルセットで強調したおっぱいばいんばいん揺らして……そりゃ男はやる気出すよ。」


 佐倉が呆れたようにため息を吐く。


「……俺そんな小悪魔ムーブしてたの? まじか」


「気づいてなかった? まあ、そのうち慣れる……つーか嫌になるよ。胸とか足とか見てる視線、わかるからね」


「……おー、その話は聞くよな。ホントなんだ」


「ほんとほんと。胸を先に見るか足を先に見るかまでわかる。大抵の場合は顔、胸、顔かな」


「……知りたくない情報だった」


「あんたは見ないの?」


「俺? 俺の場合相手が二次元だから遠慮なく見るが? 凝視なんだが?」


「……一周回って逆に清々しいわね……」


 呆れ顔の佐倉。と――


 俺は人差し指を口に当て、牧場の方を指差す。そこには小さな人影らしいものが三つ。いや、人影じゃない――小学生くらいの体格の、緑かかった肌の――イメージ通りのゴブリンだ。


「うそ、ホントにきた……?」


「鳴子をかわすぐらいの知恵はあるみたいだな」


 ささやき声で言う佐倉に俺もそう返す。途端、ぶるっと震えがくる。びびってるのか、武者震いか……後者であって欲しいと思う。


「どうしよう、椎名……わたし怖い」


 佐倉が中腰になってバスターソードの柄を握りながらも、震える声でそう言った。


 だよな、俺だってびびってないと言い切れない。


 牧場の方を見る。こちらに向かってくるゴブリンは牛舎に隠れている俺たちに気づいている様子はなさそうだ。


 ――……、よし。


「佐倉、あいつらは犬猫じゃねえし、まして人間でもない。俺たちの敵――それも、やらなきゃやられる類のやつだ。わかるよな? ここでアイツらを殺しても罪じゃない。むしろこの村人たちに感謝される――それが俺たちの仕事だ」


「う、うん」


 声が戸惑っている気がするが、それでも真直ぐ俺を見て頷く佐倉。


「よし。いいか、もっと引き付けたら俺が飛び出して、高笑いキメながら一匹やっつける。受付さんも俺らのステータスならまず大丈夫つってたから、【優雅たれエレガンス】で盛ればいけんだろ」


「う、うん――」


 こくこくと頷く佐倉。さっきと返事が一緒だぞ、ホントに大丈夫か?


「不意打ちで一匹やられて、それが女だとくりゃアイツら俺に釘付けのはず。こっちに背中向けるように誘導すっから、お前が後ろから一匹倒せ」


 そう告げると、佐倉の顔が途端に不安げになる。


「え、無理。椎名がやってよ……」


「馬鹿、俺だってゴブリンと戦うなんて初めてなんだぞ。二対一で戦えるかわかんねーし、一匹やったらひとまず逃げに徹するわ」


 半分は嘘だ――二体一なら機先を制して片割れを攻撃するぐらいはできそうな気がする。しかし、佐倉も初仕事で手を汚せなきゃきっとこの先やっていけない。


「大丈夫、お前のステで――俺の何倍もある筋力値でこの鉄塊みたいなバッソ振りまわすんだ、当たれば一撃だよ。仕留め損なったって致命傷だ。その時は俺がトドメを刺すから」


「最後の一匹は?」


「さっきも言ったように、逃して追う。あいつらの集落見つけなきゃなんねーからな。イメージだけど、あいつらに仲間をかばうような習性があるとは思わない。味方がいるところまで逃げるんじゃねえか?」


「ん、了解――」


 佐倉が頷く。大丈夫か? 大丈夫だよな? 頼むぞ親友。


 牧場の方に目を向ける。ゴブリンたちはだいぶ近い。


「やるぞ、佐倉。落ち着いていこう」


 そう佐倉に告げて、身構えて息をひそめる。さあ、初仕事だ――

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