第2章 初クエスト、ですわ~⑤


 いる――姿は見えないがいる。囲まれている。そう思えて仕方ない。


 自然と佐倉と背中を合わせる形になり――


「……こりゃあこのまま素直に帰してくれそうにねえな?」


「そんなにあっさり異世界転生でしたら一度は言ってみたいランキング上位のセリフを言わないでよ……」


 震える声で佐倉が言う。


「……言うほどかっこいいセリフだったか? こういう時に言いたいセリフってここは俺に任せて先にいけ、みたいなやつじゃねえの?」


「それは言われたい方……とくに今」


 ロングソードを抜いて構える――が、切っ先の向けどころがわからない。背中を冷たいものが伝う。


「これ、やられたらどうなるのかな」


「お前は殺されて餌ってとこじゃね……俺は良くてお前と一緒に殺される、かな」


「悪ければ?」


「ゴブリンだぜ……ゴブリンと言えばオークと並んで異世界女好きモンスターのトップだろ。死なない程度にボコられて薄い本コースじゃねえか?」


 俺がげんなりとそう言うと、佐倉は――


「せめて元気な子を産んでね」


「ふざけんなよ、おい! ちっくしょう、望んでもいねえTS召喚でゴブリンなんぞに犯られてたまるか!」


 剣柄を握る手に力を込める。ただ、それを振るう先は――


 俺たちを取り囲むようにぞろぞろと現れるゴブリンたち。十や二十じゃきかない。その光景、そして立ち込める臭気に思わず体が竦んでしまう。なんだこれ、俺が生理的にゴブリンに恐怖を覚えているような、そんな感覚だ。もしかしたら女の体が本能的に恐怖しているのかもしれない。


「臭っ、怖っ……」


 思わず呟くと、それがスタートの合図だとでも思ったのかゴブリンたちが次々と襲いかかってくる。キモいし臭い。あと怖い。


「うぉおおおっ!」


 俺はそんなゴブリンたちに近寄られてはたまらないと、ロングソードを振り回し――


「佐倉ぁ! 怖い! 助けてくれ!」


「馬鹿! わたしだって普通に怖いよ!」


 佐倉がやたらかっこいいバスターソードを腰が引けたすこぶるかっこ悪いポーズで振り回しながら叫び返してくる。


「もう出し惜しみしないで使ってよ、チート! このままじゃわたしたち死んじゃうよ!」


「それはそれで俺の心が死ぬんだ!」


「そこは割り切って死んでもろて! 少なくともわたしは生きる。それとも椎名はゴブリンのママになりたいの?」


「お前、憶えとけよ……!」


 俺はそんな佐倉に呪詛を吐き――


「おーほっほっほっほ!(やけくそ)」


 高笑いを上げる。その瞬間、俺のチートスキル【優雅たれエレガンス】が発動し、襲いかかってきていたゴブリンたちがびくりと震え、動きを止める。


「わたくしはお嬢様ですわよ~!」


 その隙を逃さない――一番近くにいたゴブリンにロングソードを思い切り突き込む。スキルで強化された身体能力はたやすくゴブリンの頭蓋を砕いた。きっしょ。手応えもキモいし絵面もキモい。なまなましくてなかなかにキツイが、自分の命とは代えられない。


「やった! 椎名偉い! よっ、お嬢様!」


「やかましいわ!」


 同じく動きが止まったゴブリンにバスターソードを降りおろして歓声を上げる佐倉に、俺は万感の思いを込めて怒鳴り返す。途端、【威圧】に気圧されて固まっていたゴブリンたちが動き出す。


「うわぁ!?」


「馬鹿! 椎名、油断しないで!」


「ちっくしょー……おーほっほっほっほ!」


 再び威嚇、スキルが発動してゴブリンたちの動きを阻害する。


「――どうしてわたくしがこんな目に遭わなければならないのかしら~?」


 そして、動きが鈍ったゴブリンを袈裟斬りに――返す刀でまた一匹。肩越しに佐倉に目を向けると、横薙ぎの一撃で数匹のゴブリンをぶっ飛ばしているところだった。


 バフがかかった今の俺ならワンチャンおんなじことができそうだが、できたところでロンソが保たなそうだし、そもそも俺は佐倉のような【怪力】スキルをもった大器晩成のオールマイティタイプじゃない。速度と技量に特化したタイプだ。ここまでの行軍でスタミナに不安はあるが、身を翻して一匹ずつ仕留めていく。


「――くっそ、適当にお嬢様口調で叫びながら斬りかかるのは必殺技の掛け声的な感じでかえって扱いやすいかと思っておりましたけれど、何時バフが切れるかわからないから常に話していないとならないのは地味にキツイですわー!」


「ずっと高笑いでいいじゃない!」


 バフのために無理やりぼやくと、律儀な佐倉が返事をくれる。周囲の臭気がどんどん濃くなる――佐倉も安定してゴブリンを狩れているようだ。


「それだとバフの倍率があがらないのですわ!」


「それでもたまにいれてくれるとわたしが助かるんだけど?」


 ――たしかに、戦闘中に不意に【威圧】で相手にデバフをかけるのは、俺としても流れをコントロールしやすい。


「――おーほっほっほっほ!」


 早速、体勢を整えるために【威圧】を発動。ついでに佐倉の様子も覗うが――


「――わぁ!?」


 カウンターを狙っていたのか、迎え撃とうとしたゴブリンの動きが急に鈍り、そのせいで攻撃を空振りしてしまう佐倉。


「ちょっと、タンマタンマ――もう! 椎名、勝手に【威圧】使うの禁止!」


「どうしろと言うのですわ……」


 理不尽な佐倉の声。しかし実際の所、【威圧】は必要なくなりつつあった。最初の【威圧】がきっかけで落ち着きを取り戻した俺たちは、汚い得物を振り回し襲いかかってくるゴブリンどもを圧倒し、次々と撃破――


 あっという間に仲間の数を減らされたゴブリンどもは俺たちに怯え始めていた。そして更に動きを鈍らせ、俺と佐倉に討たれていく。


 ゴブリンたちが俺たちを取り囲むだけで攻めてこなくなった頃、佐倉がバッソの切っ先を地面について、一息つこうと言わんばかりの間延びした声で言った。


「あー、無双系ってこんな感じ? ちょっと慣れてきたかも」


「完全にフラグですわ、それ……慣れた頃に殺しにくるのがゴブリンですわよ。TSしてなかったら薄い本でママコースまっしぐらですわね」


 油断する佐倉と違い、バフで余裕があるせいか……俺はさっきから疑問に思っていたことがあった。


 最初は仲間二人を瞬殺されて逃げ出したゴブリン。今は俺たちがゴブリンの巣に誘い込まれた形だが、それでもこうまで仲間をぽんぽん殺されて……怯えはしても逃げないのはなぜか。


 それはきっと俺たちと同等、あるいはそれ以上に怖い存在がいるからではないのか?


 俺のその疑問に答えるように、俺たちを囲むゴブリン――その後ろに一際大きな影が現れた。フラグ建築から回収までが早いな、おい。



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