第2章 初クエスト、ですわ~①
翌日、宿の食堂で飯を食い、そのままギルドに向かった俺たちを迎えたのは、昨日俺たちの冒険者カードの登録を行ってくれた受付嬢だった。
「シイナさん、サクラさん! おはようございます!」
ギルドに入った途端にカウンターから身を乗り出した受付嬢が笑顔で手を振ってくる。
「おはざす」
「おはようございます」
「お待ちしてましたよ! 二人におすすめのクエストがあるんです!」
笑顔で依頼書らしきものを俺たちに突き出す受付嬢。圧がすごい。クエスト受注にきたんだからありがたいけど……
「あざす。どんなのっすか?」
「はい! 街から半日ほど北にいったところにある農村でゴブリンの目撃情報がありまして。被害確認とゴブリンの追跡調査で集落の確認――可能であれば駆除・討伐を」
「待って待って。ちょっと待って」
俺はノリノリで依頼書を読み上げる受付嬢に待ったをかける。
「? どうかしましたか?」
「いやいや、普通冒険者の初仕事って薬草集めとか、街の掃除とか、そういうのでしょ? そんで『そんな仕事してられねえ! ゴブリンなんて雑魚モンスターぐらい余裕で討伐してやるよ!』って息巻いて、ギルド職人が冒険者稼業を舐めないでくださいって諭すもんでしょ? どんな偉大な冒険者も下積みの薬草集めから冒険者の第一歩を踏み出すんですよって!」
俺がまくし立てると、受付嬢は目を丸くして――
「一息でよくそんなにしゃべれますね」
「やかましいわ!」
「まあ、通常ならそういったお話をさせてもらうこともありますけど。しかし、新人でも実力のある方はそれに限りません」
にっこりと笑って受付嬢が続ける。周りに聞こえないよう声量を抑え、
「お二人のステータスは、達成クエストさえ足りていれば銅級にランクアップしていてもおかしくない数値です。実績次第じゃ銀級も……ゴブリンぐらいなんてことないですよ」
「そこはランクアップを望む冒険者に、ギルド職員が冒険者の心構えがとか、経験がとか言って言い聞かせるところでは……?」
と、佐倉。しかし――
「銅級冒険者はゴブリン退治なんてと言ってなかなか引き受けてくれないのです。それに昨日見せていただいたシイナさんの立ち回り――心配はないでしょう」
「や、あれは人間が相手だからであって、モンスター相手に同じことができるとは――」
「またまた。彼と立ち会えてゴブリンが無理ということはないでしょう。彼は銅級の冒険者ですよ?」
モヒカンが中級冒険者――? いやいや、そんなことは今どうでもいい。
「だからっていきなりゴブリン退治は――野犬退治みたいなそういうソフトなのは」
「野犬は猟師の領分ですね。魔狼や魔熊なら冒険者の対象ですが、そもそもそちらの依頼は今ありませんし、なにより魔狼、魔熊はゴブリン――下手なモンスターよりハードル高いですよ?」
まじか……
「それに、薬草集めと比べ報酬が段違いです」
まじか……!
「え、具体的にはいくらぐらい?」
「ちょっと椎名!」
金に釣られた俺のシャツを佐倉が引く。
「お金で命は買えないよ?」
「わかってる。だけど昨日の宿と夕飯、今日の朝飯で金貨一枚――俺らが暮らすのに一日一万使ってたら、二十日後には野宿で飯も食べられなくなるんだぞ? クエストに行くのだって手ぶらってわけにはいかねえし、キャンプ道具やポーションだって欲しいだろ。こんだけ大丈夫だって言ってるんだし、稼げる時に稼ぐべきじゃね?」
「今思えば装備にお金使いすぎたね……」
「それな。ほんとそれ」
小声でひそひそやっていると、受付嬢さんが金額を口にする。
「基本報酬が金貨三十枚ですね。夕方までに村長さんに受注の挨拶していただいて、夜中に農作物の見張り――ゴブリンが現れたら追跡調査をしていただき、集落を確認していただきます。現れなければ翌日、周辺を調査・探索していただき、集落の捜索。集落を発見できた場合はギルドから追加報酬がでます。さらに討伐できれば、討伐数によってさらに追加の報酬が。ギルドでは二日から三日かかる依頼とみています。場合によってはゴブリンとの交戦はないとも考えられます」
「――三十枚! ほら佐倉、二、三日で全財産より稼げるんだぞ? 交戦しない場合もあるっていうし、受けるべきじゃね?」
「ノセられてる気がするけどなぁ……」
ぼやくように言う佐倉。そこに受付嬢が言葉を重ねる。
「ちなみにこちら、緊急クエストとなっておりまして。お二人にお受けしていただけない場合、別の冒険者に紹介しなければならないので即決していただく必要があります」
「……だってよ。どうする佐倉、お前が嫌なら俺は無理やりやらせるつもりはないよ。お互い一人じゃこの世界でやってけねえだろ。力合わせていかねえといけないし、最初っから揉めたくない」
そう尋ねると佐倉は逡巡し――
「……やってみようか。加護もあるし、なんとかなるでしょ」
「ありがとうございます。昼頃には街を出て、夕方までに村に行って下さいね?」
いい笑顔で受付嬢が言う。
かくして、俺たちの初クエストはゴブリン調査となった。
ギルドを出て、商店通りの道具屋へ向かった俺たちは、そこでクエストに必要なものを揃えた。ポーションに、火付けに使う火打金と石、今回は取り合えずということで三日分の携行食と水を入れる革袋、寝袋――……
しめて金貨十枚。今日はこれで済んだが、いずれはクッカーやテントも必要になるだろう。
「意外と金使っちまったな……」
「ちゃんとクエスト完了してお金貰わないと、暮らしていけなくなる……」
「ポーションが意外と高かったな」
「でもそこケチって死んでもしょうがないし」
「だな」
店を出て分担した荷物をそれぞれ担ぎ、街の北門へと向かっていると――
「おう」
不意に背中に声がかかる。振り返ってみると――
「……何の用だよ」
背後に、昨日のモヒカンと見覚えのあるごつめの男がいた。モヒカンと違ってそう人相の悪くないそいつは、昨日ギルドのサロンでモヒカンと一緒にいたやつだ。
「面貸せよ、姉ちゃん」
「ギルドメンバー同士の揉め事は禁止じゃなかったっけ?」
俺がそう言うと、モヒカンの相棒の方が――
「だから場所を変えようぜって話だよ。裏通りに行こうや。ここで揉めたんじゃお互いいいことはねえだろう?」
着いてこい、と二人は踵を返す。しょうがねえな……
「――ちょっと、絶対危ないよ!」
ついて行こうとする俺に小声でそう告げてくるのは佐倉だ。いかにも元優等生らしい言葉だが、
「ま、そうでもないしすぐに終わるよ。佐倉はここで待っててもいいぞ」
「そんなわけにもいかないでしょ!」
二人に着いていく俺に、佐倉も後からついてくる。そして小声で――
「ねぇ、二人ともわたしたちより平均ステータス高いよ! 逃げたほうがいいって!」
「鑑定使ったのか? そんな気がしてたけど、大丈夫」
「大丈夫ってなにが?」
「あいつ喧嘩すげー下手くそだから。モンスター相手には俺たちより強いだろうけど、モヒカンと俺が喧嘩してもまず負けないよ」
俺は佐倉にそう言って、先を行く背中に向けて声をかける。勝つための布石だ。
「あんたらは銅級冒険者って聞いたぜ。それが新人を追い回してリベンジなんて――銅級冒険者って意外と暇なのな?」
「そうでもねえし、姉ちゃんは只者じゃなさそうだからやめとけっつったんだけどな? 相棒がどうしても姉ちゃんにやり込まれたのが納得行かねえってよ」
モヒカンの方に話しかけたつもりが、相棒の方が答えてくる。ま、それならそれでいい。
「格上が新人相手に人数集めて暇じゃないとは言わせないよ?」
「ああ、誤解させたんなら悪いな。別に仲間のところにつれてくわけじゃないし、俺は見届人のつもり。ほら、ギルドメンバー同士ガチで揉めるのはナシだから――でも喧嘩ぐれえは暗黙の了解ってやつでよ。俺はどっちが勝っても刃傷沙汰にならねえように、どっちかが熱くなったら止めに入る役目ってわけよ」
肩越しに振り返り、相棒の方が言う。話している間に角を曲がった俺たちは人通りの少ない路地で――……二、三歩離れた距離で二人と俺が向かい合う。佐倉は少し離れて俺の後ろ。
さて。
俺は剣帯からロングソードを外すと担いでいた荷物を佐倉に預け、言葉を重ねる。
「あっそ。そんじゃああんたの仕事はないな。俺はアツくならないし」
「そんなことはないさ。俺の相棒があんたをやりすぎても止めなきゃだろ?」
「大丈夫さ、俺がやられることはない」
「……随分自信があるじゃないか」
「まぁね。ところで――」
そこで言葉を区切り、初めてモヒカンと目を合わせて尋ねる。
「わかりやすく目線反らしてだらだらしゃべってやってるのにさー、なんで黙って突っ立ってんの? 何時になったら仕掛けてくるんだ? まさか昨日のあのザマでそっちが『かかってこい』なんて言うつもりはないよな?」
俺がそう言うと、モヒカンはわかりやすく顔を真っ赤にして――
「――なめてんじゃねえぞ!」
怒声を発し、拳を振り上げ殴りかかってくる。ハイ終わり。俺はモヒカンが勢いよく踏み出した足が地面に着いたその瞬間、くるぶしあたりを狙ってローキック。痛めつけるためのものじゃなく、軸足を刈るためのものだ。
これでもかと重心が乗った軸足を刈られたモヒカンは殴りかかってきた勢いそのまま、盛大にその場で転がる。
何が起こったかわからないといった様子のモヒカン。そしてあちゃーと言わんばかりに額を押さえる相棒の方に、とんとんとこめかみあたりを指して――
「モンスター相手の戦闘ならあんたらの方が強いと思うけど、人間相手の喧嘩ならここ使わないとって教えてあげなよ」
「……あー、そうな。時間取らせて悪かったな」
もう行っていいぞとばかりに相棒の方がしっしと手を降る。それを見届けて俺と佐倉はその場を後にした。
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