第1章 異世界TS召喚、ですわ~⑦


 ありがたいことに宿はすぐに見つかった。一階が酒場になっていて、店の造り、客の入りは悪くない――冒険者御用達ということで客の質は様々だろうが、冒険者御用達と言うのなら派手なトラブルはないのだろう。


 個室で銀貨5枚、二人部屋で銀貨7枚ということで、俺は佐倉に個々で部屋を取るかどうか聞いてみたが、『わたしたちで何かあることはないでしょ』と佐倉は二人部屋をとった。ま、たしかに今は俺が身の危険を感じる立場だが――俺と佐倉じゃ何もなかろう。


 部屋は簡素な作りだ。冒険者が寝るための部屋だ、こんなものだろう――ビジネスホテルと考えれば、まあ適正価格……なのか?


 ともかく、異世界召喚されてこっち、初めて安心して息をつける時間だ。俺は片方のベッドに腰を下ろし、剣帯と胸当てを外しながら佐倉に声をかける。


「ようやく一息つけるな」


「そうね、まだスキル確認してないけど」


「問題はそれだよ――俺ら字読めないじゃん。どうやって確認しようか」


「あ、多分大丈夫。私なんか読めそうなんだよね。そういうスキルあるのかな?」


 俺の言葉にあっけからんと頷く佐倉。


「は? マジで?」


「うん。さっきのステータス、最初はイミフだったけど見てたらなんとなくわかるようになったっていうか」


「……鑑定とかその手のスキルで翻訳できるのはあるあるだよな」


「だね。というわけで見てみよっか」


 そう言うと佐倉はポーチから冒険者カードを取り出し、《スキルオープン》と呟く。途端にスキルウィンドが開き、俺には図形以上の意味が読めない文字列が現れる。


「あ、やっぱり。スキルに【鑑定Lv.10】がある。これのお陰で字が読めるんじゃない?」


「まじか。ツイてるな――でも俺にはなさそうだ、さっぱり読めん。佐倉、読み上げてくれよ。そんで後で俺のスキルも確認してくれ」


「わかった。まず【女神の加護】【剣の才覚】――これがチートスキルっぽい」


「……その鑑定スキルでどんなスキルかわからないのか?」


「ちょっと待って」


 佐倉はぐっと眉に力を込め、スキルウィンドを注視する。


「【女神の加護】は『女神に見守られている。女神の加護がある』で、【剣の才覚】は『あらゆる剣をその手にできる。祝福は受け入れ、災禍は拒絶する』だって」


「……つまり聖剣だろうが魔剣だろうが剣ならなんでも装備できるってことか? それもデバフや呪いは無効ってことっぽいな」


「……微妙……」


 俺の解釈に、佐倉は嫌そうな顔をする。


「そうか? なにげに良スキルじゃね? デメリットのある魔剣をノーリスクで使えるならありだと思うけどな……そういう剣を手に入れる機会があれば」


「そこ! わたしたちがそういう剣を手に入れる機会ってあると思う?」


「そういう機会が得られるようにならないと、俺たちのセカンドライフはそこで終了だぜ、って感じなわけだが」


「そうだね……」


 肩を落として佐倉が言う。まあ、気持ちはわかる。正直微妙なスキルだな……その時がくれば輝きそうなスキルだが。


「で、続きは? まだあるんだろ?」


「うん――【鑑定Lv.10】【怪力Lv.1】【剣術Lv.1】【精神耐性Lv.2】【魔法耐性Lv.1】【予感Lv.2】【幸運Lv.3】【健康Lv.1】――だって」


「鑑定だけずば抜けてるな。それもチートかもな、助かる……佐倉のお陰で俺は今更新しい言語の勉強をしなくて済みそうだ」


「字面でなんとなくは理解できるけど……【健康】ってなによ」


「【精神耐性】と【魔法耐性】があるから、【健康】はデバフ耐性みたいなもんじゃね? 病気しにくい、みたいなさ。【怪力】と【剣術】、それに【剣の才覚】はよかったな、バスターソードが無駄にならずに済みそうじゃん」


「というか、【怪力】はTSしたからかもしれないけど……なんで【剣術】なんてあるんだろ? 剣なんて使ったことないのに」


「それは【剣の才覚】についてきたセットスキルなんじゃねえか? たとえ装備できても、使えなきゃ意味ないわけだし」


「そっか……剣なんて買っておいてなんだけど、スキルがこんな構成ってことはわたしに魔法の才能はないのかな」


 肩を落とす佐倉。わかるぞ、ギルドの受付は魔力がどうとか言ってたし、冒険者カードは魔道具と言っていた。魔法がある世界なら一度は魔法をぜひ撃ってみたくなるもんだ。ソースは俺。


「わかんないぞ。受付さんが佐倉のパラメーターは全部二桁っつってたろ。魔法に係わるパラはINTのはずだから、INTの数値が高ければ魔法だって使えるはずだ」


「なるほど――《ステータスオープン》」


 佐倉は早速と言わんばかりにステータスを開き、確認する。


「……うわー、だめそう」


「どんまい。数値教えてくれよ」


「えっと、STR33、AGI33、VIT30、INT11、DEX35、LUK32だって。どうなの、これ。受付嬢さんは高いって言ってたけど」


「俺らはレベル1みたいなもんだろ。上限とかあるのか知らないけど、新人が普通は一桁だっていうなら破格に強いだろ。典型的な物理オールマイティだな。魔法は……まあ、地道に鍛えればそこそこ使えそうじゃね?」


「うーん普通に考えたら長所伸ばすべきだよね? 物理オールマイティってゲームならどんなタイプなの?」


「MMORPGなら大器晩成型だな。ストロングポイントがないから育成は大変だけど全体的に強いから完成したらソロでなんでもできるっつうか」


「ふうん。あんたの方はどうなの?」


「……二桁パラが三つあるとか言っていたけど、どれとは言ってなかったな。ついでに確認してくれよ」


 そう言って俺はステータスウインドを表示させる。佐倉はふんふんとそれを眺め、


「――STR9、AGI42、VIT12、INT4、DEX45、LUK9だって。そっか、これ見たらわたしがオールマイティってよくわかるわね。どんまい」


 意趣返しのつもりか、佐倉がやはりドヤ顔で俺に言う。まあそれは別に構わないが――


「俺はスピード型の前衛ってとこだな。それも極端な。スピード活かして速攻決めたり、敵の攻撃を交わして反撃したり――MMORPGで言えばアサシンとかシーフとか、そっち系だ」


「なにそれ、椎名のくせにかっこよさげじゃん」


「俺のくせにとはなんだ――そうだな、MMORPGなら確かにかっこいいかもしれんが、俺らにとってこれは現実だぞ。俺だってオールマイティの方が良かったわ」


 不満げな声を上げる佐倉に言い返す。多分俺たちのステータスは現実の俺たちのパラメーターが【女神の加護】、あるいは異世界召喚そのもので誇張された結果じゃないだろうか――そんな気がする。


 平均的な女子高生だった佐倉がオールマイティ型で、小中で空手をやっていた俺が特化型……それだとしたらもうちょい俺のSTRやVITを盛ってくれてもいいんじゃないかと思わなくもないが……


「さて、それじゃそろそろ椎名のスキルを確認しよっか」


「なんか楽しそうだな、おい……」


 言いながら、俺はスキルウィンドを表示させた。俺だって自分のスキルは確認しておきたい。あとできれば神スキルがあって欲しい。


 佐倉は、俺のスキルウィンドをめにしてはっと口元を手で覆う。


「――どうした?」


「やだ、椎名のスキル、少なすぎ……?」


「ふざけてんのか、おい」


「えっとね、ノーマルスキルが【体術Lv.5】【剣術Lv.1】【威圧】【隠密Lv.2】だって」


「……え? それだけ? お前もっとなかったっけ?」


「これだけ。わたしはノーマルスキル八つだったから、わたしの半分だね。どんまい」


「ぐっ……まあいい、問題はユニークスキルだ。そっちはどんなだ? ちゃんとチートっぽいか?」


 尋ねると、佐倉は不可解そうに――


「【女神の加護】と【優雅たれエレガンス】だって」


「【女神の加護】はお前と同じだな。【優雅たれエレガンス】……? なんだそりゃ」


「ええと――『常に優雅であれ。振る舞いは麗しく、行いは凛々しく、心は清廉に』だってさ」


「意味がわからん……」


 佐倉空帰ってきた言葉に頭を抱える。


「それが女神の加護によって発現した魔王に立ち向かうためのスキルだって? つまり優雅な人でいろってことだろ? それがどうしたってんだ」


「優雅でいろって言うか……お嬢様っぽくいろってことじゃない?」


「はぁ? お嬢様?」


「最後の『心は清廉に』って、優雅とはちょっと違くない? 優雅って上品で雅のあるってことでしょ? 清廉は関係ないじゃん?」


「……そう言われると『振る舞いは麗しく』はともかく、『行いは凛々しく』も優雅とは違うような気がするな」


「これさ、グレイス様っぽくない?」


 グレイス様と言えば、俺のイチオシの金髪縦ロールのお嬢様キャラだが――……


 ……………………


「……本気で言ってる?」


「もちろん。あんたのTSって、グレイス様みたいなお嬢様を目指すためのものなんじゃない?」


「嘘だろ? じゃあお前のTSはなんなんだよ」


「あんた基準で考えたら、グレイス様を守る騎士かなんかの役目とか?」


「だったら普通にお前がグレイス様で俺がそっちの役で良かっただろ~……なんで俺がTSして推しキャラコピんなきゃいけねえんだよ。しかもグレイス様はバトルキャラじゃねえし」


「なんだろう……あんたのグレイス様推しを感じた女神様が気を利かせたとか?」


「だとしたら俺、世界救った後であの女神グーで殴るわ……」


 あのギャル女神が……忌々しい思いでそう呟くと、すかさず佐倉が――


「グレイス様はそんなこと言わない」


「やかましいわ!」


 怒鳴ってやると、佐倉はくつくつと笑いながら言葉を続ける。


「椎名、ちょっとなんかお嬢様っぽいことしてみてよ」


「ああ?」


「スキルの効果、試してみないと」


「……それはそうなんだが」


「ハリィ!」


「お前絶対楽しんでるだろ……」


 そう言って俺は仕方なく立ち上がり、お胸の下で自分の体を抱くように腕を組み、重心を片足に偏らせる――グレイス様がアニメシリーズでよくしていた立ちポーズだ。


「おお……可愛いよ、椎名」


「ぶっ飛ばすぞ、おい」


 笑いを堪えながら言う佐倉に文句を言う。しかし――恥ずかしい思いをしただけでとくにこれといったことはない。


「くそが、恥ずかしい思いしただけじゃねえか」


「いや椎名、ちょっとまってよ。流石に立ちポーズだけじゃお嬢様度が足りないんじゃないかな。ここは一つ高笑いから髪をさばいて悪役令嬢っぽいセリフでも――」


 俺はそんなことを宣う佐倉の顔をむんずと掴む。


「それはグレイス様ムーブじゃなくてお前の趣味だろ? ふざけるんじゃねえ、ですわ~」


 最後を取ってつけたようなですわ語尾で締めつつ、佐倉にお仕置きのアイアンクローを決める。もちろん本気じゃない、ちょっと黙らせるくらいのつもりで――が、


「――痛い痛い! ギブ! ごめんて!」


 予想の十倍くらいの勢いで痛がった佐倉が悲鳴を上げたので、びっくりして手を放す。


「いったぁ……本気だすことないじゃん!」


 涙目で抗議の声を上げる佐倉。イケメンは涙目でもイケメンだなぁ。内股だけど。


「いや、そんなに力入れてないぞ? というか、俺のSTRとお前のVITじゃたとえ本気をだしたところで大したダメージになるわけないんだけど……」


 俺のSTRは9で、佐倉のVITが30。俺の体術スキルで補正が働いたと考えても軽く力をいれただけでこんなに痛がるもんか?


 そう考えていると、俺の思考を先回りしたかのようなことを佐倉が口にする。


「――もしかして、ですわ口調で【優雅たれエレガンス】が発動した?」


「いや、まさかそんなわけ――……」


 そんなクソがば基準でユニークスキルが発動するとかあり得るのか? ……そういやこの世界を管理してるのってあのギャルピースが似合うギャル女神だったな……


「佐倉。お前の鑑定スキルって、俺を直接鑑定してリアルタイムでパラメーター確認ってできないか?」


「ん~~……お、できそう。今はさっき見た数値と変わってないよ」


「よし、ちょっとそのまま見てろな」


 俺はさっきのグレイス様ポーズを取る。


「変化なし」


 うむ、『振る舞いは麗しく』はガン無視ってわけだな?


 俺はそのまま右手で口元を隠し――やけくそで。


「おーほっほっほっほ」


「――これだ、椎名! 数値が上がってく!」


「わたくしはお嬢様でしてよ~」


「すごい! 大体元の数値の五割増し――」


「モンスターなんてわたくしの手にかかればイチコロですわ~」


「元の二倍だ! すごいよ椎名!」


 盛り上がる佐倉だったが、俺は自分のですわ口調と高笑いに心が折れてその場に膝から崩れ落ちた。


 あのギャル女神……TSだけじゃ飽き足らず、俺にお嬢様ロールプレイで魔王と戦って世界を救えってか? ふざけんなよ、おい……



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