第1章 異世界TS召喚、ですわ~⑥


「こちらが冒険者カードになります」


 簡素で狭い応接間――そうとしか言えない部屋に通された俺たちは、革が傷んだソファに座り、修繕の跡が残る頑丈さだけが売りに見えるテーブルを挟んで受付嬢にそう言われた。


 テーブルに置かれた二枚のカードは、免許証ぐらいのサイズの鈍色のプレートだ。


 そして、続けてインク壺と羽ペン――それと小型のナイフが置かれる。


「このカードに名前を書いて血液を垂らすと自分の冒険者カードとなります。ステータスやスキルが確認できる魔道具となっていて、冒険者ランク昇級の際はギルドの魔道具にてカードの色を変更します。現在は初級の鉄色。実績や実力に応じて等級が上がると銅色、銀色、金色、白銀色、白金色となります。金色で熟練、白銀で一流と憶えておいてください」


「白金級は?」


 説明にでなかったために何の気なしに尋ねると、受付嬢はにっこりと微笑んで、


「いわゆる英雄と呼ばれる冒険者が白金級です。けれど魔王が封印されてからは魔王軍との戦争もありませんし、白金級に至った冒険者はここ何十年かいません」


 実質白銀級が冒険者の頂点ですね、と受付嬢。なるほど。で、その魔王の復活が近いらしいってことで俺と佐倉が召喚されたってわけか……


「あの、わたし文字の読み書きできないんですけど」


「あ、俺も」


 おずおずといい出した佐倉に俺も乗っかる。すると受付嬢は嫌な顔も見せず、


「冒険者にはそういう方もけっこういますよ。登録名は私どもが代筆しますので大丈夫です。クエストも受付で紹介できます……が、クエストボードに張り出される依頼書の確認はできたほうがいいですから、いずれ憶えていきましょうね」


 そうか、識字の問題があったな……今から新しい言語憶えるのか? ハードル高いな……


「では、カードに名前を登録します。お二人の名前を教えていただけますか?」


「あ、はい。椎名です」


「シイナさんですね?」


 俺がそう言うと――


「あ、それでいくんだ?」


 と、小声で佐倉。


「悠一じゃな……今の俺はこんなだろ? 椎名ならこの世界でもギリ女の名前でいけそうだろ」


「じゃあ私は佐倉かな」


「いいんじゃね? 俺らお互いそう呼び合ってるしさ」


 そう言って頷き合っていると、


「シイナさんで大丈夫ですか?」


「あ、はい。お願いします」


「わたしは佐倉でお願いします」


「サクラさんですね。承知しました」


 確認した受付嬢はそれぞれのカードにサラサラと羽ペンで文字を書き、そして俺とサクラの前にそれぞれのカードを置くと、小型のナイフを差し出してきた。


「指先を少し切って、血を一滴落としてください。それで登録は完了です」


 それでスキルが確認できるようになるんだからつくづく魔法って不思議だよな。そう思いながら俺はナイフで親指の腹を浅く裂き、カードに一滴血を落とす。するとカードがぽわっっと輝き、インクで書かれた文字が刻印のようになる。


「わ、マジなんだ」


「みたいな。ほら」


 そう言って俺は佐倉にナイフを差し出すが、佐倉は受け取ろうとしない。


「……俺がやってやろうか?」


 尋ねると、佐倉はこくりと頷いて右手を差し出してきた。ううむ、イケメンの顔で美少女ムーブされてもな……それとも女性ならこれを可愛いと思うのだろうか。見た目美少女中身少年の俺にはわからんな。


 手早く佐倉の右手――その親指をちょこっと切ってやる。


「あざした――ほら。血、落としてみろ」


 ナイフを返し、佐倉を促す。佐倉が顔をしかめながらカードに血を落とすと、俺の時と同じようにカードが淡く輝く。


「はい。これでカードの登録は終わりです。紛失した場合、再発行は登録料と同じく金貨十枚いただきますので失くさないよう気をつけてくださいね?」


「はい」


 指先が痛むのか、浮かない顔で佐倉が頷く。


「それでは使い方ですが、《ステータスオープン》《スキルオープン》の呪文でそれぞれ自分のステータス、スキルが確認できます。それぞれ受注するクエストの難度の目安になりますので、時々確認してみてくださいね」


 何度も新規冒険者に説明しているからだろう、受付嬢がよどみなく説明してくれる。


「ただし、確認する場所には気をつけてください。ステータスやスキルはそのままお二人の強さの目安になりますから、他人に見られるのは避けるべきだと思っておいてください。誰かとパーティを組む時に確認を求められることがありますが、その場合もスキルを秘匿するのは権利ですし、追求しないのがマナーです」


 ――なるほど、それはありがたい。俺たちはチートスキル持ちであることを自然に隠せるわけだな。


 ちらりと佐倉を見ると、熱心に受付嬢の言葉に耳を傾けている。


「今回はお二人に紹介できるクエストの目安を知るため、ステータスの方だけ私に確認させていただければと思います。よろしいですか?」


「――ああ、それで個室に案内してもらったのか」


「そういうことです。お二人はご一緒に見えましたし、一緒でも問題ないでしょうか?」


 俺の言葉に頷く受付嬢。


「はい。じゃあ俺から――《ステータスオープン》」


 答えて、そしてなんとなくカードに手をかざして教わった呪文を口にする。すると、カードの上部――中空にステータスウインドとしか思えない文字列が現れる。ホログラムというか、VR的というか……いや、ARの方か? どっちにしてもすごいじゃないか。異世界の魔法侮れないな……


「――こ、これは!」


 そのウインドを目にした受付嬢が驚嘆の声を上げる。この世界の文字が読めないため、俺には何がどうだかさっぱりだが――見た感じ、名前と各種パラメーターといったところか。女神様も翻訳能力を付与してくれるなら識字能力もサービスしてほしかった。


「シイナさん、これはすごいですよ! 二桁のパラメーターが三つもあります!」


 興奮気味に言う受付嬢。だが――


「すみません、字が読めないんでわかんないです」


「あ、そうでしたね、説明します――」


 受付嬢は落ち着きを取り戻すためかこほんと咳払いをして、


「ステータスは上から名前、STR、AGI、VIT、INT、DEX、LUKになります。パラメーターはそれぞれ筋力、敏捷、体力、魔力、技量、幸運や徳です。大抵新人冒険者のパラメーターは一桁なのですが、シイナさんは二桁のパラメーターが三つもあります。それも、AGIとDEXは中堅冒険者並です!」


 強い語勢で受付嬢。なるほど、パラメーターはMMORPGみたいな感じだな。順番も一般的なものだ。これなら数字さえ憶えれば自分で読めるようになるな。


「え、あんたすごくない?」


「どうなんだろうな」


「すごいですよ、これは! これならゴブリン退治くらいならすぐにでもご紹介できそうです」


 ほう、どうやらドブさらいや薬草集めから始めなくて済みそうだ。


「具体的な数字をあげてもいいのですが、後々確認できなくて困るでしょう。あとで数字の一覧表をお渡ししますので、照らし合わせてゆっくりご確認ください」


 それは助かる。


「……あんたがそんなにすごいなら、わたしのステータス確認するの怖いんだけど」


「どんまい」


「駄目なの前提なの……?」


 気後れした様子で佐倉が言う。


「いいから早く見てもらえよ。今日の宿だって探しに行かなきゃいけないんだし」


 それも安いところをな――胸中でそう付け足す。佐倉は躊躇いながら俺と同じようにカードに手をかざし――


「《ステータスオープン》」


「――!! こんなことが!」


 佐倉のウインドが表示された瞬間、受付嬢は俺のときより大きなリアクションを見せる。


「まさか! パラメーターの全てが二桁なんて! 本当に新人なんですか!?」


 驚愕の声を上げる受付嬢。


「最大値はシイナさんにやや劣りますが、それでもとても新人とは思えない数値ですし、なにより全てのパラメーターが二桁というのは珍しいですよ。新人なのに得物にバスターソードを選んだ理由がわかりますね……」


 そんな彼女の言葉に、ドヤ顔で俺を見る佐倉。お前さっきまで不安げだったじゃんよ、なにドヤってんだ……


「えー、お二人のステータスはわかりました。こちらで紹介するクエストの参考にさせていただきます。早速なにか受注されていきますか?」


 自分を落ち着かせるように胸に手を当てて言う受付嬢。しかし、


「や、俺たち今日この街にきたばかりで、宿もまだ決めてないんですよ。クエストは明日また改めて。佐倉もそれでいいだろ?」


「そう、だね。スキルもまだ確認してないし」


 俺と佐倉の言葉に、受付嬢が頷く。


「わかりました。ではまた明日、お待ちしていますね。宿はこの辺りで探すといいと思います。冒険者向きの宿がいくつかありますから」


「あざます。佐倉、行こうぜ」


「うん――あ、ありがとうございました」


 俺たちは受付嬢に礼を告げ、冒険者ギルドを後にした。


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