第1章 異世界TS召喚、ですわ~⑤
「――では、冒険者登録料金として、お一人様金貨十枚頂きます」
「高っ!」
受付嬢の言葉に思わず声が出てしまう。
◆ ◆ ◆
ベーコンサンドで腹を満たした俺たちは、教えられた武具屋で最低限の装備を整えた。
俺は傘立てみたいな容器に雑に立てられた安物のロングソードに、胸当てと革のコルセット、ロングソードをケチった分ちょっとだけ金をかけた拳までカバーする小手と、金属の補強が施されたブーツ。
佐倉の方はいわゆるレザーメイルに、今の佐倉に似ているキャラが主人公の大作RPG――その象徴とも言えるバスターソード。
初心者がバッソとか馬鹿じゃねえかと散々言ったのだが、今の佐倉は筋力値が無駄に高いらしくロングソードじゃ軽すぎると言い、結果駆け出し冒険者が持つにふさわしくないゴツメのバッソを選んだわけで。
……こいつ、ゴブリン退治にこれ担いで行く気なんだろうか。ゴブリンの巣穴なんてダンジョンや洞窟ってのが定番だ。洞窟の中でそれどうやって振り回すつもりなんだ?
ちなみに俺が小手に金をかけたのは、いざって時に空手が活かせるかもしれないと思ったからだ。親父の方針でいやいや通っていたのだが、身についていることは実感した。もしかしたら最初はロンソで戦ってパニクるより、拳を使ったほうがいいかもしれないと思ったわけで。
鍛え抜かれた空手家は全身が凶器である――なんて話を聞くけれど、小中併せて六年通ったとはいえ、いやいや習っただけじゃそこまで望めないからな。拳も足も保護したい。
そんなわけでなるべく金をかけないよう気をつけつつ装備を揃えたのだが、二人で白金貨百六十枚――百六十万かかってしまった。ビギナーだからと、ポーチ類や剣帯をサービスしてもらったことは素直にありがたかったが。
正直これが適性価格なのかわかりかねるところだ。しかし残金が四十万になってしまったことには変わりない。宿の確保や日々食べる食事代などを考えると早めに稼げるようにならないと困ったことになりそうだ。
そして、俺たちは武具屋で冒険者ギルドの場所を聞き、早速訪れたわけだが――……
◆ ◆ ◆
「冒険者カードは身分証であり、また魔道具でもあります。適正価格ですよ?」
デキるお姉さん風の受付嬢がニコリと笑って言う。その表情は言外に「払えないならお帰りください」とも言っていた。
まじか。冒険者ギルド内を見回すと、クエストボードらしきものとちょっとしたサロン――というか酒場というか――があり、そこにいる冒険者たちはとても堅気には見えない。この人たちも全員払ってるのか……いや、十万なら大人なら払える金額か?
俺たちも払える。払えるが――……
「払おう、椎名」
動揺する俺に佐倉が声をかけてくる。
「椎名も言ったように、地道に稼いだらいいよ。どうせわたしたちには他にできる仕事なんてないんだし」
「ん……そうか、そうだな」
俺がそう頷くと、横からにょっと大きな人影が現れた。その人影はアルコールの匂いを漂わせながら俺の肩をぐいと掴む。
「いや? 姉ちゃんなら冒険者稼業なんてしなくてもたんまり金を稼げるぜ? なんなら俺がかわいがってやってもいいしよぉ」
そう言って絡んできたのは軽鎧を身に着けたモヒカン頭の屈強な男だった。あーね、いるよね、異世界ものにはギルドで新人イジメしてるろくでもないやつがよ……
「キモ」
しかし新人イジメがどうとかではなく、こうしてむくつけなき男に寄り添われるだけで気持ち悪い。今の俺は美少女ってことだから相手は楽しいんだろうが、中身は俺のままなので俺の主観じゃ全く嬉しくない。
「――ああ? なんか言ったか? 姉ちゃん」
「耳がついてねえのか? 口が臭えから離れろっつったんだよ」
俺が凄んでくるモヒカンに言い返すと、受付嬢が青い顔で叫ぶ。
「ギルドメンバー同士の諍い、争いは厳禁です!」
「こいつらはまだ登録料払ってねえだろ? ならまだギルドメンバーじゃねえよなぁ。受付さんは座ってろよ」
低い声で受付嬢を睨むモヒカン。
「ちょっと、椎名!」
慌てた声でモヒカンから俺を引き剥がすのは佐倉だ。
「あんたこんなキャラだっけ? やめなよ!」
「や、別にキレてるわけじゃないよ? けどここで下向いたらこの先ここでやってけないだろ」
「だからって……!」
「まあ、俺の容姿でめちゃめちゃナメてるだろうからどうにでもなるでしょ」
そう言って半ば突き飛ばすようにして佐倉を後ろに下がらせると、モヒカンが俺の胸ぐらを掴む。
「いい度胸だな、姉ちゃん。俺の女にしてやるよ」
そう凄むモヒカンに俺は答えず、無言のまま右の拳をモヒカンの脇に突きこんだ。買ったばかりの、硬い革でナックルが補強された小手を着けたまま。
「ぐはっ……!」
モヒカンは呻いてその場から後退りする。あまり知られていないが、脇ってのはけっこう危険な急所だ。多くの神経が通っているため痛打されるとめちゃくちゃ痛い。
「相手の胸ぐらつかんだら自分の腕で急所が死角になるぜ。気をつけろよ、新人」
俺がそう言ってやると、にわかに起こった騒動を見物していた冒険者たちが沸いた。俺は彼ら彼女らを味方につけるためその歓声に笑顔で手を振って応えていると、
「殺すぞ、クソ女が!」
怨嗟の言葉を吐いて俺に敵意を向けるモヒカン。同時に――
「――はい、受付さん! 登録料です! これでわたしたちもギルドメンバーですよね!」
「は、はい! ギルドメンバー同士の諍い、争いは厳禁です 違反者にはギルドより厳罰が課せられます!」
佐倉と受付嬢が叫ぶように言う。そうくるか。やるな、佐倉。
「だってよ。これからはギルドメンバー同士、揉めない程度に仲良くしようぜ」
俺がそうモヒカンに告げると、額に青筋を浮かべたモヒカンは俺に激しい視線を投げ――
「姉ちゃん、憶えとけよ」
そう言い残してサロンのテーブルに戻っていった。あれだけ怒りを露わにして自制が効くのか……ギルドの厳罰ってのはよほどのものなのかな。
「椎名ぁ~……」
モヒカンが去ったところで今度は佐倉が俺の胸ぐらをつかんでくる。
「あんたねぇ……!」
「いや、ギルドで絡まれて撃退、他の冒険者に評価されるってのは鉄板だろ?」
「だからってあんなヤバそうな人と揉めなくても!」
小声で怒鳴る佐倉。器用なことするなぁ。
「逆じゃん? これから冒険者登録しようってニュービーに絡むような奴だぜ? 中堅や上級者なら新人イジメなんてしないだろうさ」
「……だからって!」
「そうです、自ら危険な目に遭いにいくようなことはやめてください。あなたのことも危険人物として憶えておきますからね」
佐倉と受付嬢が声を揃えて俺を睨む。こわ。さっきのモヒカンなんかよりよほど怖い。
「わかった、もう軽率にあんなことはしない」
俺が両手を挙げてそう言うと、受付嬢は大きなため息を吐き――
「……ともかく、お支払いいただいた以上お二人をギルドメンバーとして認め、冒険者カードを発行します。着いてきてください」
そう言うと受付嬢は立ち上がり、俺たちを別室へと案内してくれた。
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