第1章 異世界TS召喚、ですわ~④


「街だ……」


「街だね……」


 俺と佐倉は声を揃えていった。


「あとはこのまま街に入ることができれば最高なんだけど」


 俺と同じ懸念を佐倉が口にする。門まであと一キロといったところか――ここからでもその門に、街に入るためなのだろう、並んでいる列が見える。


「街に入る人が並んでるのは、検問があるからだよね」


「多分な」


「わたしたちが無事に入れる気がしない」


「そうな……」


「下手したら不審者として捕まるとかない?」


「あり得るな……けど、俺ら半日近くなんも口にしてないぜ? ここで街に入って水くらいは飲まないと今後に差し障る」


「詰んでるね……」


 げんなりと、佐倉。


「一番有り得そうなのが、通行料払えなくて街に入れないパターンなんだよな」


「あー、ありそう」


「――……行商人が通りかかるのを待ってみるか? 街に入るのに金がかかるパターンならいくらか金を用意しなきゃだろ。そうじゃなくても金がなきゃ飯も食えない」


「あ、制服売るとか? 現代の服は異世界で高価ってのはあるあるだけど、手放したもう手に入らないよ?」


 うむ、さすが佐倉だ。こいつも異世界ものをカバーしてるだけあって話がはやい。


「つっても他に売れそうなものがない。お前、なんかある?」


「ない……」


「ブレザーだけ売ろうぜ。上着が必要になったときは現地調達だ」


「それしかないか……」


 仕方ない、と佐倉が肩を落とす。俺たちは行商人が通りかかるのを待つことにした。




   ◆ ◆ ◆




 して、俺たちはブレザーを生贄にまとまった金を手に入れた。買い叩かれそうになったが、佐倉が機転を利かせ高そうな商品との物々交換を匂わせ、結果結構な額と思われる現金を入手することに成功したのである。


 検問も「冒険者を志し、辺境の村の期待を背負い上京した二人組」という設定で通行料を支払って突破。


 そうして俺たちは異世界生活第一歩となる街に入ることができたわけで――


「どうにかスタートラインには立てそうだな」


 安堵した俺は、異世界もののアニメで見るような街並み、人並みに目を輝かせる佐倉にそう声をかける。


「見てよ椎名、異世界! すごい中世風!」


「そうな。俺らの感覚で言えば千三百年から千八百年の間くらいかな」


 俺がそう言うと、佐倉が目を丸くして俺を見る。


「……なんで?」


「メガネをかけてる人がいる。さっき通った馬車の車輪が木製だった。メガネの発明が千三百年代で、ゴムタイヤの発明は千八百年代だったはずだ」


「なにその知識」


「異世界モノ読んでると時代設定とか文明レベルとか気になるじゃん。調べたことあるんだよ」


 そう言うと、佐倉はなるほどねーと感嘆の息を漏らす。


「千三百年代って思ったより近代だね……もう火薬とかあったよね?」


「あるな。そこは魔法があるからその手の技術が進んでいないってことを祈ろうぜ。冒険者がいる世界観で銃が流通してたら怖すぎる」


 俺は佐倉に向き直って、


「ともかく、市場か飯屋探そうぜ。まずなんか腹に入れたい」


「そうだね。あと、装備も。門兵さんが冒険者ギルドに行く前に装備整えた方がいいって言ってたし」


「冒険者ギルドより寝る所を優先したいけどな……」


 どうやら俺たちが召喚されてきたのは昼過ぎだったらしく、今は日が傾き始めている。まだ夕方ってほどじゃないが、のんびりしてたら日が暮れてしまう。出来たら夜になる前に宿は確保したいところだ。


 そんな話をしながら俺たちは市場を探す。といっても人の流れが多そうな方に向かっていくだけだが。


 通りを二つほど超えたところで、露天が軒を連ねる通りを見つける。


「露天発見! 椎名、ここにしない?」


「……そうだな。買い物して装備が買えそうな場所を聞いてみるか。一般的なものの価値もわかりそうだし」


 そう言って俺たちは並んで露天の通りに踏み入れた。いい匂いが漂う露店街を歩き――


「佐倉、俺これがいいな。お前はどうだ?」


 俺はパンに厚切りのベーコンと野菜らしきものを挟んだ、某ファストフードのBLTサンドもどきを売っている出店に目を留めた。


「ああ、わたしも同じのでいいよ。飲み物も売ってるっぽいし」


「まんま日本のファストフードだな……すみませーん。これと、これ。二つずつください」


 俺は店員と思しき中年女性に、BLTサンドもどきと果汁を水で割ったらしい飲み物を注文する。


「毎度、サンドが銅貨六枚、ジュースが三枚で一八枚だよ」


 愛想のいい店員が言う。ブレザー入手のおりに銅貨十枚で銀貨一枚、銀貨十枚で金貨、金貨が十枚で白金貨というのは聞いた。サンドが銅貨六枚、ジュースが三枚となると、銅貨は百円前後ってとこか? 銀貨が千円、金貨が一万、白金貨が十万円……


 ちなみに交渉の甲斐あって、ブレザーは一着白金貨百枚で売れた。つまり二人併せて二百万。そう聞くと小金持ちって感じだが、こいつが俺たちの当面の生命線だ。無駄遣いはできない。


「――じゃあ、これで」


 ともかく――商人が気を利かせてくれて一部は金貨、銀貨でもらっている。金の管理を任されてくれた佐倉が革袋から銀貨を取り出し支払いをし、釣りの銅貨を用意する店員に尋ねる。


「あの、このあと冒険者ギルドに行くつもりなんですけど、その前に装備を買いたいんです。武器や防具を買える店はどの辺りにありますか?」


「あんたたち、冒険者志望かい?」


「はい」


「一番近い武具屋ならあの角を左に折れた通りにあるよ」


 釣りを佐倉に渡した店員は、商品を用意しながら教えてくれる。


「ありがとうございます」


 丁寧に礼を言う佐倉。佐倉のこういう優等生っぽいところは助かるなぁ。


「――はい、おまち」


 そう言って店員さんがむき出しのサンドと木のコップに入ったジュースを差し出してくる。あ、そうか、紙コップやプラカップなんてあるわけないか。包み紙だってこの文明レベルじゃ製紙技術は知れてるし……


「あざます――佐倉、そのへんのベンチで食べようぜ」


「そだね、コップ返さなきゃいけないし」


「ごゆっくりー」


 俺と佐倉はそれぞれ店員さんからサンドとコップを受け取り、道端のベンチへ。空いている所に腰掛け、俺は早速ベーコンが香るサンドにかぶりつく。


「――うま。パンはちょい硬いけどベーコン分厚いしよくわからんサラダもうまい」


「あんたよく躊躇なく食べれるわね……」


 感嘆の声を上げる俺を、隣に座った佐倉が呆れ顔で言う。


「……お前、俺と同じでいいって毒見させようって魂胆だったか」


「そこまでじゃないけど、異世界だよ? 怖いじゃん」


 あっけからんと佐倉。


「いいけどさ……」


「ジュースも早く飲んでよ」


「完全に毒見じゃん……」


 俺はコップをあおり、ジュースを飲む。


 ……ふむ。


「炭酸がなくて甘くないレスカだな」


「レモンスカッシュの要素ないじゃん……」


 文句を言いながらも佐倉はジュースを口にし、


「あ、でも美味しい。思ったよりすっぱくないし、むしろさっぱりしてて美味しい」


「ベーコンサンドも美味いぞ。当たり引いたな」


 佐倉もサンドを頬張り――


「――良かったぁ、これだけのものが食べられるなら、異世界で飢えて死ぬことはなさそう」


「定期的に金が稼げればな……これの値段から逆算すりゃあ俺らの手持ちの金は二百万円ってとこだけど、金が稼げなきゃあっという間に詰むぞ」


「そうだよね、装備も買わなきゃいけないし……」


「まあ、普通に考えたら冒険者ギルドの低ランククエなら俺たちでもなんとかなるだろ。魔王なんつって言われても生活できなきゃどうしようもないし、コツコツやってくしかねえな」


「低ランククエ……って、ゴブリン退治とか?」


 佐倉がベタなところを例に挙げて尋ねてくる。


「や、最近のゴブリン退治はハードル高めな部類じゃないか? 最低ランクだとドブさらいとか、薬草集めとか」


「……地味だね」


「あのギャル女神が俺たちにどんなチートスキルくれたかにもよると思うけど。魔王と戦うための力だろ? さっきはああ言ったけど、今の俺たちでもゴブリン退治くらいできるぐらいのスキルじゃないと魔王とか無理ゲーだぞ」


「わたしさー、それで気になってることがあるんだよねー」


 サンドを食べ終えた佐倉が、指をぺろりと舐めて言う。


「気になってること?」


「うん。女神様はさ、『魔王と戦うために私の加護をあげるから、自分だけのスキルが身につくよ!』って言ってたんだよね」


「そうな」


「それって加護によって発現するってことだよね。女神様がくれるわけじゃないから、もしかしたら……」


「……外れスキルが発現するってこともあるのか」


「そういうこと」


「TSにランダムスキル――あのギャル女神、俺たちに世界救わせる気がほんとにあるのか、おい」


 俺もサンドを食べ終え、コップのジュースを飲み干す。そうか、そういう可能性もゼロじゃないのか。


 ……異世界召喚も甘くないな。


「……まあ、スキルに関しちゃ今心配しても仕方ないな。コップ返して、最低限の装備整えてギルド行ってみよう。ギャル女神に文句言うのはスキルを確認してからだ」


 佐倉がジュースを飲み終えるのを待ってベンチから立ち上がる。頼むぜアステラ様、運命の女神だって言うなら、その運命力でせめて魔王に立ち向かえそうなスキルをくれよ。



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