第1章 異世界TS召喚、ですわ~③
幸い――いや、不幸なことにというべきか。ともかく周囲にまったく人の気配がない。
互いに背を向け、衣服を交換する。
◆ ◆ ◆
「待て待て。パンツってこんなに小さいもんなの? これシュシュじゃん。穿けないじゃん」
「穿ける穿ける。穿いたらいたら伸びるからぐいっといって」
「そら男がこんな小さいもん穿いたら締め付けられて痛かろうよ」
◆ ◆ ◆
「え、待って。ブラってどうやって着けんの? フック留められる気がしないんだが?」
「前で留めて後ろにまわすの。それで肩紐に腕通しちゃえばだいたいの位置は合うから。あとはおっぱいの収まりよくなるように調整して、寄せてしまい込んで調整して」
「……なんだろう。奔放だったお胸に規律が生まれたというか、ノーガードスタイル縛りからファイティングポーズが解禁されたようなというか……そんな安心感があるな」
◆ ◆ ◆
「股ぐら不安過ぎない? スカートのひらひら感が絶望的なんだが? これ防御力的にパンイチと変わらないじゃん」
「でしょ? 女子中高生は年中それで戦ってんだぞ」
「女子すげー……」
◆ ◆ ◆
以上が着替え中の主な会話である。
そんなわけで衣服の交換が終わったわけで。
「どうだ、佐倉」
尋ねる。どうやら今の少年佐倉は、前世? の俺とほぼ体格が同じらしい。傍から見るにサイズに問題はなさそうだが――
「うん、大丈夫そう。椎名は? 胸きつくない?」
俺の方は途中、勝手がわからないブラの調整をしてもらった。お陰で特に苦しいということもなく、奔放さも制御できて動きづらいということはなさそうだ。
だが――
「胸は問題ないけど、スカートから女の素足が出てるのが視界に入ると見慣れなさすぎてぎょっとする」
なんだろう、視覚情報が女の生足って判断するからちょっとドキッとすんだけど、理性が自分の足だと判断してすぐスンッとなるんだわ。普通に疲れる。
「わたしはさっきまで視界に自分のごつい生足目に入るたびに違和感やばかった」
佐倉は自分の体を確かめるように色んな所を触りつつ――
「なんで男子の体ってこんなごつごつしてるの? こわ。もっと女子みたいにたおやかでいいじゃんね」
「文句は神様に言ってどうぞ」
人間のデザインは設計者――神様がミスったとしか思えない部分が多々あるよな。たとえば男の睾丸。冷やさなきゃいけないのはわかるけど、ほぼ内蔵っていう致命的な急所が体表近くにあるってどういうことだよ。
そう言えば、神様と言えば――
「くっそ、あのギャル女神――異世界召喚は聞いたけどTSするとは聞いてねえぞ」
「なんだろ、わたしたちの魂を現地人に宿らせたとか、そういうのなのかな」
「それはそれで大問題だろ。どうして男女揃ってんのにわざわざ逆に魂宿してんだよ。意味分かんねえよ」
俺は自分でそう言いながら頭を抱える。女? 俺が? まじか……まじかー。
「異世界召喚にテンションあがってやる気になってた自分をぶん殴りたい」
「復活しそうな魔王をなんとかしてくれって話だったよね」
「TSは聞いてないんだよなぁ……これ、魔王とやらを放置しといたらどうなるんだろ」
俺が何気なしにそう呟くと、俺と佐倉のすぐ近くに小さな雷が落ちた。ドカンと大きな音が鳴り、俺と佐倉は思わず飛び退く。
「うぉっ!?」
「な、なに!?」
目と鼻の先の、雷が落ちた場所からぶすぶすと煙が上がる
「小さいけど落雷だったな……」
「わたしら立ってたのに、わたしらじゃなくて地面に落ちたのはラッキーだったね……」
二人で慄きつつ、落雷のあった場所を見ているとすぐに煙は収まり地面が露わになった。
――そこには。
『ほっといたら世界が滅ぶよ>< まだ魔王復活まで時間あるみたいだし、とりまキミたちなりにがんばってね☆ よろ!!』
と読める文字らしき焦げ跡があった。
「……ずいぶん斬新な神託だな」
顔文字付きか、おい。
「……TSに触れてないってことは、そこは女神様的に予定通りなのかな」
「そうなんだろうな……」
絶望感に俺は思わずその場にしゃがみ込んでしまう。
「ちょっと。めちゃめちゃ美少女の顔でそんな股開いてしゃがまないでよ」
「やかましいわ……って、俺ってそんなに美少女なの?」
「うん。あれだ、グレイス様に似てる」
俺の問いに佐倉はそう答える。グレイス様とは、俺と佐倉が待望し、そして観ることが叶わなかった聖典に登場する女性キャラクターの一人だ。金髪の縦ロールが特徴的なお嬢様キャラで、エレガントでノブレス・オブリージュの精神を持ち、主人公をはじめ誰にでも優しいが厳しさも併せ持ち、そしてときにはポンコツという、理想のお嬢様をカタチにしたような俺のイチオシのキャラクター。
「俺が縦ロールのゴージャスなお嬢様風美少女だと……?」
「縦ロールではないね。金髪だけどストレートだよ。でも髪巻いたら似てると思う。っていうか巻かないと縦ロールにはならなくない?」
「え、そういうもんなの?」
「うん。グレイス様も多分寝る時カーラー巻いてる。描写ないけど。っていうか縦ロールのまま髪伸びるとか怖すぎでしょ」
「……そうか」
「顔の造形はほんとヤバイね、いい意味で。中身が椎名……っつか男じゃなければ好きになりそう」
「そんなにもか」
ここに鏡がないのが悔やまれる。まあ、あったところで俺がどんなに美少女でも自分だから全然興奮しないのだが。テンションはちょっと上がったかもしれない。
「わたしは? 誰かに似てる?」
「あー、あれだ。もうちょい髪伸ばせばあれに似てる。」
俺はそう言って国民的RPGの、最近リメイクされたタイトルの主人公の名を挙げる。かなりの美形キャラであり、多くの中二病患者を生み出したある意味憧れの存在ではあるが――
「わたしは男になった時点で激萎えなんだけどね」
落ち込んだ様子で佐倉が言う。まあ、お前も俺もTS願望ねえもんな……
「……とりあえず街を探すか。このなんもない荒野で途方に暮れていてもしょうがないし」
「でも、街って? どうやって探すの?」
俺の言葉に佐倉が訪ねてくる。というかこの微妙な女言葉、美形とは言えイケメンの顔で離されるとちょっとアレだな。しかしまあ話し方が佐倉っぽくなくなるとこのイケメンが佐倉と思えなくなって脳がバグりそうだし、このままでいいか。
――ともかく。
「んー、そうだな……俺らぐらいの身長で、この世界が地球基準のサイズと仮定すると地平線まで七キロぐらいだろ? その範囲で街がないのはいいとして、そこらへんのちょっと高い岩盤に登ればもうちょい遠くまで見えるだろうから……」
七キロなら歩いて二時間弱ってとこか。だったらもうちょい遠くても大丈夫だろうが、それにしたって街がどこにあるかわからないと歩くだけ無駄だ。
――と、再び俺たちの近くに再び小さな雷が落ちた。しばらくまって煙が収まるのを待つと、
『とりま→に行けば街あるから。十キロぐらいかな~。がんば☆』
……………………
「……とりあえず向かってみるか」
「そうね……」
そういうことになった。
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