第1章 異世界TS召喚、ですわ~②

 気がつくと、荒野で大の字になっていた。


「……………………」


 体を起こして辺りを見回してみる。見渡す限り荒野、荒野、荒野。俺はがりがりと頭をかいて考える。確か聖典を観るために俺は佐倉を自宅に招いて、駅前のショップで待ち合わせ。いざ出発ってところで地震が――


 ……そうだ。アステラと名乗る自称女神のギャルに――……


「あー、異世界召喚か……まじか。夢じゃなかったか」


 俺は呟いて自分の体を見下ろす。女神の言葉通り生まれたばかりということはなさそうだ。伸び切った手足、自分の腹が見えないほどたわわな双丘――……


「胸ぇ!?」


 !?


 本来ないはずのものがある。反射的に揉んでみるが、やわらかい――そして揉まれている感覚。これはまごうことなきおっぱいだ。いや、本物を触ったことがないので断定はできないがかぎりなくそれっぽいものだ。


 慌てて制服の上から股間を弄ってみる。そこにもあるべきものがない。


「女になってる!」


 まじかまじか。嘘だろおい。なんだこれ……


 ――と、俺が突然TSして異世界に放り出された状況に混乱していると、人のうめき声が聞こえた。


「――!?」


 反射的に立ち上がってファイティングポーズを取る。おおう、中学まで親に無理やり通わされていた空手だが、意外と身についてるもんだな……父さんは俺の異世界TS転移を予知して俺を道場に通わせていたのか。絶対違う。


 うめき声が聞こえた方向に注意を向ける。大自然の景観に慄いて見逃していたが、俺からさほど離れていないところに倒れている人影があった。


 意識がはっきりしていないようだ。恐る恐る近づいてみると、見慣れた衣装――学校制服、それも女子のものを身につけているようだ。状況的に佐倉だろうか? 俺が転移したならあいつが一緒でもおかしくはない。


 更に近づいてみる。その女子の制服を身に付けているのは知らない少年だった。


「……………………」


 思わず頭を抱えてしまう。俺が女になってるし、この見知らぬ女装少年は佐倉なんだろうなぁ……


 ……まあ同じ学校の制服を着ているという時点で無視するわけにもいかないし、危険も少ないだろう。


「おい、起きろ」


 俺は彼の肩を揺さぶる。


「う、うーん……」


 少年はベタなうめき声をあげ――そしてパチリと目を開ける。睫毛長えな、おい。美少年だ。俺もこんな顔に生まれたかった。


「え? 誰? ……うっわ美少女!」


 目を開けるなりそんなことを言う少年。果てしなく佐倉っぽいなぁ。


「お前、佐倉か?」


「え? そうだけど……まじで誰? あなたみたいな可愛い子と知り合ってたら絶対忘れないのになぁ」


 そんなことを言う少年改め、佐倉。やっぱりか、コイツもTSしてんのか……


「え、名前聞いといてそんなあからさまに落ち込む?」


 俺のリアクションに不満げな声をあげる佐倉。俺はいらっとして体を起こした佐倉の胸をつかんだ――というか、胸板に手を置いた。


「いやん、積極的――って、あれ?」


 佐倉も違和感に気づいたらしい。女子っぽい声をあげるがすぐに怪訝な表情に変わる。


「よく見ろ、佐倉。お前TSしてるぞ。そんで俺もだ」


「え――その喋り方、もしかして椎名?」


「おう」


「ええ――!」


 悲鳴を上げた佐倉が半狂乱で自分の胸と股間を触る。さっきの俺もこんなだったんだろうな。間抜けだ。


 ひとしきり自分の体をまさぐった佐倉が、涙目で俺を見上げる。


「あるべきものがなくて、股間にキモいのがある……」


「だろうな。俺もないはずのものが増えてあるべきものがなくなった」


「……あんた、冷静じゃない?」


「他人のうろたえてるところ見るとすごい落ち着くよな」


「……わたしからあんたの名前だしたから都合よく乗っかってるのかと思ったけど、その言い草は椎名だ……」


 落ち込んだ様子の佐倉が肩を落として言う。


「わたし、男の子になっちゃった……」


「おめでとう。お前美少女大好きじゃん。普通に女の子と愛し合えるんじゃね」


「いや、自分が男だと思うと全然無理。こう、女の子と女の子じゃないと」


「そ、そうか……」


 意外と業が深いな、佐倉。


 佐倉に『彼氏』ができない理由がこれだ。彼女はいわゆるガチ百合で――そのお陰で俺は佐倉と親友となる機会を得て、また美少女でありながら俺がどぎまぎせずに付き合える理由でもある。


 本来そのあたりの趣向はアイデンティティにも関わるセンシティブな問題だと思うが、佐倉本人が俺に対してオープンにして『ネタにしろ』というので俺も必要以上に慎重に扱わないようにしている。


「あんたこそよかったじゃん。今のあんた相当美少女だよ。美少女のお胸、触り放題じゃん」


 ――と、佐倉。


「いや、美少女は好きだけど美少女になりたいわけじゃないんだわ。さっき確認のために触ったけどなんだろう、事実やわらかいんだがなんというか妹の胸触ってるみたいな感覚でな……」


「一部の界隈にはご褒美じゃん」


「俺にはご褒美じゃねぇんだよ」


「……そっか。お互い難儀だね」


「そうな」


 相槌を打つ。


「いや『そうな』じゃねえよ!? 周りを見ろ、周りを!」


 俺はばっと腕をふって大自然の景観を示す。


「三百六十度パノラマ展望で荒野だぞ? 人工物も見当たんねえ!」


 そう怒鳴ると、佐倉は指を顎に添えて名探偵風に――


「これが異世界か……女神様、夢じゃなかったんだね」


「なんでそんな飲み込み早いんだよ」


「自分よりうろたえてる人見ると落ち着くよね」


「ああそうだな!」


 俺はそう叫んでやり場のない怒りを大地にぶつける。つまり地団駄を踏む。


「……あの女神、冒険者ギルトなんて言ってたけどさ、ギルドはおろか街なんてどこにもないじゃんね」


 そう言いながら立ち上がった佐倉は、急にうめき声をあげて中腰で固まる。


「どうした」


「立っただけで股間が痛い」


 青い顔で佐倉。


「急にどうした。お前のデリケートゾーンの問題まで面倒みれんぞ」


「いや是非聞いて。あんたもわたしも、見ての通り服はそのままじゃん?」


「おう、そうな」


「下着も普通に女物だからめちゃめちゃ食い込んで股間が痛い」


 ……おう、そうか。お前、親友とは言え赤裸々すぎないか?


「どうだろう、椎名。下着込みで服を交換しない?」


 佐倉がそんな提案をしてくる。


「……正気か? さすがに俺もお前の下着を穿くとかキツいぞ」


「わたしもあんたの下着穿くのはキツイけどこの痛みは耐え難いわ。それにこれはあんたのためでもあるのよ」


「そうか? 俺、別に股間痛くないけど?」


「今のあんたって結構胸あるじゃん?」


「……そうな」


 改めて俺は自分の体を見下ろす。ばいんばいんだ。お腹が見えないレベルのお胸は結構豊かなんじゃないかと思うが――


「ブラ着けないで動いたら乳首擦れてとれるんじゃないかってぐらい痛くなるからね。そのサイズでノーブラなら歩く度に揺れてTKBがえらいことになるよ」


「まじか」


「まじで」


 ……まじかぁ。


「……痛いのはヤだなぁ。ブラ着けたら平気なの?」


「うん。まあ、サイズ合わないかもだけど痛くないだけでも着けないよりマシ。ある程度調整はできるし……あと自分で見てもすね毛生えた足丸出しはキツイけど、あんたこれずっと見ていたい?」


「……できたら見たくはないな」


「でしょ?」


 ぐぬぬ……いや、どうなんだ? 正直女子の下着に尻込みするところはあるが、あまり意識しても佐倉に失礼なきもするし……


「……まあ、仕方ないか」


 俺は苦渋の選択をし――そして、そういうことになった。


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