第1章 異世界TS召喚、ですわ~①
「おう、佐倉」
放課後になり、俺は帰り支度をしていたクラスメイトの佐倉法子に声をかけた。
「おつかれー。どうしたの?」
「おつかれ。ほら、今日はアレの発売日じゃんか」
俺がそう言うと、佐倉は帰り支度の手を止める。
「お前も買うんだろ?」
「もちろん。予約済みよ」
佐倉が頷く。アレとは、俺と佐倉イチオシのラノベ原作アニメ――そのブルーレイ・DVDの一巻のことだ。世間的には――そしてSNSを見る限り原作者的にもちょい微妙な評価だが、俺と佐倉的には大変推せる作品である。
「アニメ本編はサブスクでいつでも見返せるけど、映像特典のオーディオコメンタリーは絶対見逃せないよな――痛ぇ! なにすんだよ!」
言葉の途中でスネを蹴られる。抗議の声を上げると、佐倉は小声で――
「馬鹿! わたしはあんたと違ってオタ活オープンにしてないんだから教室で話題にしないでよ!」
クラスで公認カースト最下層の俺と違い、佐倉はクラス委員で人当たりがよく、クラスメイトの人望も厚い。
そういった立場のためか、佐倉はオタ活をオープンにしていない。まあ、漫画はともかくラノベやアニメは女子ウケ悪そうだもんな。
「わ、悪い――でも蹴らなくてもいいじゃんか」
「鍛えてるくせにわたしに蹴られたぐらいで文句言わない! ――それで、どうしたの?」
「もう鍛えてないから――それはともかくとして、せっかくだし俺んちかお前んちで一緒に観ないか?」
「む」
「待ちに待った円盤の発売だ。配信当時の初見気分を思い返しながら語り合おうぜ」
そう提案すると、佐倉は少し考え込んで――
「……悪くない。いいよ、私駅前のショップで予約してるんだけど」
「俺も。店で待ってればいいか?」
「うん。そんなに待たせないから。遅くなりそうならラインする」
「はいよ。じゃあまた後でな」
そう伝えて俺は教室を出る。俺と違って交流が多い佐倉にはクラスメイトたちとの付き合いがある。それにいくら別け隔てなく接するタイプでも、クラスで明らかに浮いている俺と一緒に帰る、などは流石に外聞が悪かろう。俺にだってそのぐらい理解できる。
だから放課後佐倉と遊ぶときは大抵こうだ。帰り際に声をかけて、あるいはラインをして、学校外で待ち合わせ。
好きな作品を語り合いながらの観る鑑賞会は実に楽しい。昇降口を出て、佐倉の言うショップ――アニメショップに向かう俺の足取りは軽かった。
「椎名、おまたせ」
アニメショップに着いてしばらく――書籍コーナーで今月の新刊ラノベをチェックしていると、背中に憶えのある声がかけられた。佐倉だ。
「お、早かったな」
「ミイたちにスタバ誘われたけど断っちゃった」
そう言って佐倉が笑う。彼女が口にした名前はクラスのカースト上位の女子だ。ちなみに俺は高校に入って一年半、ずっと同じクラスなのに「ミイさん」とは一度も話したことがない。一方的に「キモオタ」と罵倒されたことならある。
……まあ、だからどうしたって話だが。
「それだけ佐倉も楽しみにしてたってことか」
「まあね。椎名に誘われなくても即帰って観ただろうね」
だよな。俺たちにとって今日発売の一巻は聖典も同義――俺はネットショップの特典も欲しくて複数買いしてるぐらいだ。
「で、どっちの家で観る?」
「椎名の家でもいい? こないだあんたが家に来た時、母さんが父さんにあんたのこと話してさ。そしたら父さんが『彼氏なら父さんが休みの時に連れてきなさい』って言っててさ」
彼氏じゃないのにね? と佐倉が言う。
「そうだな、お前に『彼氏』はできないのにな」
「ほんとにね……まあ、逆に父さんがあんたを彼氏だと思ってるならカモフラージュになるかもだけどさ」
浮かない顔で言う佐倉。まあ、気持ちはわかるが……
「そんな顔してないで、早く商品買って行こうぜ」
「椎名は?」
「もう会計済ませたよ」
「そっか、それじゃあ行ってくるね」
佐倉はそう言ってスカートを翻し、レジへ向かって小走りで駆けていく。その姿はまごうことなき美少女で、その上俺みたいなカースト底辺だって対等に付き合ってくれる性格の良さ。
中身はけっこうなオタクということを差し引いても、本来彼氏ができそうにない、なんてことはないのだが――……
「――買ってきた!」
いくばくもなく戻ってきた佐倉が嬉しそうな顔で言う。
「じゃあ行くか。コンビニでなんか買って行こうぜ」
「おっけー。ワクワクしてきた」
テンション高めの佐倉。俺と佐倉はそのまま店を出る。そして二人で俺の家へと向かおうとしたその時――
――どんっ、と大きな揺れを感じた。世界全体が軋むような――そんな大きな衝撃だった。恐怖と危機感が同時に訪れ、心臓が大きく跳ねる。
「――地震?」
佐倉が悲鳴をあげる。
「縦揺れか、これ!? 結構大きいぞ!」
今まさに自転車に乗ろうとしていた佐倉が揺れに足を取られ、転びそうになる。俺はその佐倉を咄嗟に支えようとして――
◆ ◆ ◆
「いぇーい。一級管理神・運命の女神ことアステラです☆」
気がつくと、俺は黒とも白ともわからぬ何もないとしか表現できない世界で、佐倉とともに神を自称するギャルっぽい、そして痴女っぽい恰好の女と対峙していた。
「……………………」
状況がわからずに呆然としていると、自称女神が口を開く。
「やー、びっくりしてると思うけど、とりま私の話聞いて? 二人は椎名悠一くんと佐倉法子ちゃんで合ってるよね?」
妙にテンションの高い自称女神のしゃべりに圧倒され、俺と佐倉はその問いかけにただ頷くことしかできない。
「合ってる? おっけー。実はさー、私が管理してる他の世界で魔王が復活しそうで大ピンチ的な? まじぴえんなんだよねー。でも私、いちお女神だから直接干渉するのはちょっとルール違反っていうか? だから不幸にも死んじゃった悠一くんと法子ちゃんを一度だけ生き返らせてあげるからさー、人類の救済者として魔王をなんとかして欲しいんだ」
「異世界転生……」
「異世界召喚……」
俺と佐倉が同時に呟くと、ギャル女神はぽんと手を打つ。
「それ! 生まれ変わるわけじゃないから召喚かなー。ほら、死んじゃう運命のところを別の世界でだけど生きてられるし、それに魔王と戦うために私の加護をあげるから、自分だけのスキルが身につくよ!」
そう言って俺たちに向けてギャルピースをキメるギャル女神。
「チートスキルだ」
「チートスキルだね」
「それそれ! 話わかるぅ! まー選んで身につけることはできないけどさ、とりま役に立つものが発現するはずだよ! というわけで、世界救っちゃって?」
よろ! とギャル女神は顔の横で裏ピース。うざい。うざいけど可愛いな、おい。
「……えー、それ断ったらどうなる……んです?」
恐る恐ると言った様子で佐倉が尋ねる。
「んー、そりゃあ悠一くんと法子ちゃんがやりたくないって言えば私には強制できないよ。でもやってくれないなら私も他の救済者候補を探さなきゃだからこのまま死んでもらうことになるかなー」
ま、しょうがないよね? とギャル女神が言う。
「どする? とりま早めに決めてくれると私的には嬉しいって感じなんだけど?」
「佐倉――」
女神の問いかけ。俺は佐倉に向き直って――
「正直わけわからんがやろうぜ。このまま死ぬなら選択肢はないも同然だろ。それに異世界召喚――俺たち向きじゃないか?」
「……確かにそうかも」
俺の言葉に佐倉が頷く。俺たちは異世界ものの履修は十分だ。今日観るはずだったラノべ原作アニメの円盤だって異世界もの――きっとなんとかなるはずだ。
「やってくれる? ありがと! そしたら向こうの世界から召喚するね! スキルは冒険者ギルドで登録して冒険者カードゲットしたら確認できるから――あ、言葉は通じるから安心してね! あとあと、ガチめに困ったら私を祀ってる教会行ってみるといいかも! 二人には私の加護で神気が宿るはずだから、私のちゃんとした信者なら良くしてくれるはず!」
それじゃあよろ! と言って女神は両手で俺たちに向けてギャルピース。それと同時に俺の意識は遠くなって――
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