三章:壊れてしまったものは美しく

壊れてしまったものばかり

 三章:壊れてしまったものは美しく




 教会は壊れていた。天井は崩落し、大穴の断崖が消し飛んだ壁の向こう側にある。


 流れ落ちる水が作り出す霧と、冷えた空気が入り込むなか、棺のように冷凍睡眠(クライオニクス)装置缶が無数に並んでいる。


 その中心で、テンルは死んでいた。広がり、乾いた血溜まり。落ちた煙草はほとんど減っていない。


 死に顔は穏やかだった。亡骸を前に【錆染】が膝を着くと、血を啜る青い蝶がどこかへと飛び去っていく。


「羨ましい死に様だな」


 呆れるようにぼやいた。【錆染】の言葉に疑問を抱くように、《造(レグル)り物(・)の規定(レプリク)》、同じ顔の少女達が顔を覗き込む。


「死ぬのが羨ましいのですか? ワタシ達は何度も死んだことがありますが、あまり心地よいものではありません。大抵、痛みが痺れに変わって眠くなるんです。おぞましい」


 エルドラ・レソラは眉間に皺を寄せた。透き通った青と白の髪が揺れる。


「死ぬのが羨ましいわけじゃない。死に様だよ死に様。満足に死ぬのが羨ましいんだ。喩え何も成せなかったとしてもな」


「貴方にはそうした感情が全く無いものだと思っていました」


 エルドラは素直な言葉を口にした。


 淡々と諦め慣れた男。色付きの便利屋。


 錆色に相応しいくすんだ外骨格に身を包み、目を合わせることさえない。見せるのはいつも笑みを浮かべたままの口元だけ。


 今も感傷的な言葉を口にしながら、鼓動は何一つ変わらないまま平静そのものだった。


「バカ言え。拘りがなかったらこんなヒーローらしくしないだろ? 何かおかしな欠点があるからこそ優しくなれるのさ。……どう死ぬか、何を成すか。最期までヒーローらしくいられたら格好いいだろう?」


 飄々と、なんとでもないように適当な事をぬかしながら、【錆染】はテンルの亡骸を注視した。


 彼の身体にぽっかりと開いた穴。さながら、その部分だけ消失したような断面。


 ……嗚呼、親友の、ジンの仕業だ。すぐに確信を持てた。よく見れば、煙草もあいつに持たせたものだ。とうとう尊敬していたジン・ジェスターは死んでしまったらしい。


 メリア・イクリビタと一緒にいる理由など知れている。不死を殺すためにわざわざ同じ目的だったはずの便利屋を殺したんだ。


「どうかしましたか? 【錆染】様」


 きょとんと、道具として造られた少女達が不安げに尋ねた。エルドラの双眸に、錆色の頭部装甲が反射して映り込む。


「いや、どうしようもないことが一つ増えたと思ってな。けど安心しろ。どんな敵が相手でもオレが護ってやる。死んでも死なないからとチームメイトを殺させるような真似はしないさ」


 時間装置すら歪める破壊を生み出した生物兵器、ジン・ジェスター。二人を相手にすれば数名は死ぬだろう。だが、どうしようもないものは考えたところで仕方ない。


「何があっても問題はない。無事に仕事を終わらせよう」


 【錆染】は屈託のない笑顔の奥底で割り切ると、威勢よくガッツポーズをしてみせる。だがエルドラはそんな演技には興味関心もなく、幾つもの冷凍装置に供えられていた缶詰に執心していた。


 ガチャガチャと、蓋を柱の角にぶつけて見たり、恐る恐る電動刀で斬るか悩んで、躊躇うように小さく首を振っていた。


「……なにしてるんだ?」


「これ開けられますか? 中身を壊さずに」


 嗚呼? と、【錆染】は缶を受け取り指を突き入れるように蓋を剥がす。エルドラの無表情が、僅かに嬉々を示して緩んだ。


「これ、供え物じゃあないか?」


「供えてどうするんです? ワタシ達のように記憶を引き継いだ次がいるならともかく、誰も彼も、もう食べることはありません。なら僅かにでも話した者の、思い出に残る食べ物をワタシは記憶しておきたい」


 彼女達は来歴はあまり心地よい者ではない。無数にいる自分。次に蘇る肉体。アイデンティティを固辞するように彼女は味を覚えたがる。


 ダメだと言う理由もなかった。【錆染】が深く言及しないのを確認すると、少女はそそくさと小さな口で固形食を頬張っていく。


「味はどうだ? 任務に支障が出なければオレは特に咎めたりはしないさ。けどオレのオススメを食べれる程度に腹は残しておけよ?」


 胃に物が残っていると腹部の傷で助かりにくくなるが、《造り物の規定(レグル・レプリク)》はそんなこと百も承知だろう。


「それなりですね。からいのは少し苦手です」


 エルドラはぼやきながら、青い眼差しで大穴の断崖を見上げた。大気中に歪みが生じており、地上はここからでは目視できない。濃霧に満たされていた。


「メリア・イクリビタが異界道具を使った痕跡があります。力の残滓はここから上へ。急ぎましょう。あまり離れていないようです」


「オーケー。ならすぐに移動しよう。この辺の場所はだいぶ覚えてるからな。……この上は、ちょうどヴィコラのいる場所か」


 【錆染】は一人心地にぼやいた。


 ヴィコラ・ミコトコヤネならジン・ジェスターの暴走とも言える行動を止めることに協力してくれるかもしれない。会うのも手だろうと。


 彼女のだらけ疲れた表情と技術者としての確かな腕を思い出して、【錆染】は頬を緩める。同時、瞬きもできずに足元の冷凍缶を見つめて、どうしようもなくため息をついた。


「【錆染】、平気ですか? 精神的な疲労は造り物でない貴方のほうが受けやすいです」


「嗚呼、大丈夫だ。心配させて悪かったなぁ! ハハハ!! ちょっと、壊れてしまったものを思い出してたんだ。けどいつまでもどうしようもないことに執着するなんてバカのやることだろう? フフ、だから今忘れたよ」


 ヒーロー気取りの強者の笑み。嘘を塗り固めて【錆染】は上を目指した。同じ顔の少女達は、錆色の暗い背を追っていく。

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終末世界の海へ行く 終乃スェーシャ @rioro

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