できることをしたとき
地上へ出ると眩いネオンの輝きが視界を突き刺した。欲望の光が周囲を黒い夜空以外のすべてを照らし出す。
歌姫の声が、街中に取り付けられたスピーカーから響いていた。ホログラムの映像が彼女の姿を大通りに映し出している。
裏路地の暗がりは際立つばかりだった。エストは迷いなく光へ背を向け、ゴミ袋の山を踏み進む。シルヴィは必死に走った。人間ではない身体能力があるにもかかわらず黒い背を追うのがやっとだった。
エストはおもむろに擲弾のピンを弾くと前方へ、細い車道へと放り投げる。その手で、シルヴィを強引に手繰り寄せ物でも持つように脇腹に抱え持った。
「ちょ、ッ――なにを」
「お前の分のガスマスクがない。目を閉じろ」
緋色の刃が再び色艶やかに光輝する。すぐ隣で、レーヴェもお揃いのガスマスクで顔を覆った。瞬間、前方に煙が広がる。
そこにいた敵は不幸だったとしか言いようがないだろう。視界を覆う煙のなか、一条の緋色だけが一閃するように靡き、通り過ぎる。それだけ。
「……目を開けていいぞ」
声と共に後方でひりつくような熱を覚えた。
「な、なにがあったの……? わ、私も煙のなかを見れる装備……ほしいかも」
「街を出た後にしてくれ」
狭く臭い路地を縫うように疾駆した。途中、通路を塞ぐように立っていたハートの二人を視認すると同時、対峙するよりも早くエストはナイフを投じた。
刃先が首元を捉え一瞬で仕留めるとその体を躊躇いなく踏み締め突っ切っていく。
再び前方に車道が見えた。狭い路地から垣間見えた光と影を一瞥すると、突っ切るルートを変えワイヤーガンをビルの窓に撃ち込む。そのまま巻き上げ、勢いよく建物の内部へ転がり込んだ。
「だいぶ怒らせたようだが、ハート共と奴らは連携が取れていないようだな」
エストがぼやいた。シルヴィはその言葉の意味がわからず、エストが避けた車道をビルの窓から見下ろす。
車道を走る無数の装甲車。周囲を護衛するように練り歩く白い機兵。すべての兵士、兵器が青く明滅する斥力障壁を銃身に帯びていた。
「あいつらエスコエンドルフィア製薬の兵士じゃない……!?」
「地下にいた機械もね。提携してる他企業じゃないかな。師匠ならあれぐらいなら問題ないかもしれないけど……うん、わたしの所為で遠回りさせてる。ごめん」
レーヴェは説明すると共に俯いた。シルヴィは抱えられたまま苦笑いを浮かべる。――あんなの相手にできるほうがおかしいに決まってる。
「っ、エスト……そもそも私、こんな抱えなくても走れるから降ろし欲しいのだけどぉ? それともちっちゃいこの身体をさわさわしてたいわけ?」
だらりと手足を垂らしながら浮ついたような笑みでエストを見上げる。ガスマスクは一瞥することもなかった。
「まだスモークを使う可能性がある以上抱えていたほうが安全だ。幸いレーヴェより軽いし持つ分には邪魔にならない」
「「それ褒め言葉じゃないからね?」」
少女二人はジトりと睥睨をくべるが、エストは構わず目的地へ向け駆け始めた。階段を降り再び狭い路地を進んでいく。
やがて一つの建物の入り口で足を止めた。エストは忌々しいように看板を見上げ、息をつくと共に脇に抱えていたシルヴィを降ろした。
「ここが……シェイプシフト・デザインドールの店?」
電光掲示板に映される整った相貌の男女が映されていた。軍事用、愛玩用などと文字がめぐり、値段が表記されている。
『いつでも貴方が求める人を。形から中身まで』
嫌な売り文句を見た気がした。シルヴィは顔をしかめながらも、立ち止まるエストより数歩、前に進んで見せる。
「ここまで来てくれてありがと。いまさら後戻りなんてぇ……しないよね? 立ち止まって動けないのはここまで頑張ったご褒美が欲しいから? 私に撫で撫でしてほしい? それともハグとかもーっと……さぁ、過激なコト♡ ……したい?」
淡桃の柔らかな唇を指先で撫でる。煽情的に脚をもじつかせ、ゆらりと瞳の蛍光と共に頬を染める。
エストは数秒、シルヴィの様子を見詰めてから、後押しされるように彼女を置いて店に踏み入れた。
「~♪」
シルヴィは思惑通りに行った喜びをクスクスと噛みしめながら背を追いかけた。自動扉が開くとツンと不快な薬品臭が漂う。
狭いエントランスは薄暗く物々しい。受付のカウンターにはスーツ姿のテレビ頭が一人、棒立ちしていた。
「急ぎ缶人を作ってほしい」
――缶人。機械によって生み出された人造人間のことだ。戦闘用や影武者のためだったり……あとは治験用とか、愛玩用だとか。
シルヴィはくしゃりと服を握り締めた。
『どの用途でお造りしましょうか? 今なら3dスキャナーで衣服の半額サービスも行っています。ワタクシの顔をタップしてください』
無機質な声が響くと共に、受付にいた缶人が頭部の端末画面を点灯させる。
「戦闘用で我々三人をカードの使用制限額まで複製し続けろ。服装、外見は複製し制作後にそのまま開放しろ」
受付がこくこくと頷くと天井から無数のマニュピレーターが伸びた。僅かな機械音。取り付けられたカメラが立体的に三人を撮影していく。視姦されるような不快感にレーヴェは身震いした。
『三体ですね。所有権、管理義務の放棄の際は追加料金をいただくことになっています。記憶の方はどうされますか? 缶人用の記憶メモリを購入する。またはお客様の記憶から抽出複製することができます』
「逃走本能と恐怖の記憶メモリを設定。追加のオプションで寿命を一日に設定しろ」
『失礼ですがお客様。撹乱、陽動用の複製でしたら、お客様の記憶を焼き付けされたほうが効果的です。また、寿命も設定しないほうが長時間の運用に耐えることが――――』
「……二度と同じことを言わせるな。指示した通りのものを作れ」
シルヴィは本能的に肩を竦ませた。牙が軋み、不意に心臓が強く打ち付ける。店員が気づいていないことに首を傾げたくなるほどの殺気。……苛立ち。鞘から零れ出る緋色の揺らめきが悪寒を走らせる。
八つ当たりのように乱暴な手付きでカードをスキャンした。支払いが済む電子音が響くと、店員の頭部画面に笑顔が描かれる。
『以前、他店舗をご利用された際のポイントが残っているようですが――』
「……金を巻き上げたいなら勝手にしろ。だが長生きをしたいなら余計なことを聞くな」
吐き捨てるように言い残し店を出た。ガスマスクのレンズから灯のように緋の蛍光が揺らめき尾を曳いていく。
ふらつくように近くの壁に背をついた。悲鳴にも等しい掠れたうめき声を零しながら俯き、軋ませるような力で頭を抱える。
「嗚呼……。あああ…………」
ずるずると、そのまま力なく薄汚い路地に座り込んだ。
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