白と緋の対峙



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆




 朝にも拘わらず蛍光を続けるネオンの光がより濃い影を狭い路地に作り出していた。メガハートポリスとスマイルオフィサーの姿を見ると住民達は沈黙したままその場を離れていく。


 間も無くして鋭い銃声が一度響き渡った。窓ガラスが砕け散る。


『こちらアップル。ターゲットを確認できました』


『了解。バター、これより突入します』


 無線から響く無感情な声にルドヴィコは辟易として顔を歪める。違法滞在者向けのボロアパートの周囲で数匹の蜻蛉が巡回を続けていた。【緋色の剣】の持つ非科学的な力に誘われる異界の蟲だ。


 ――師匠は絶対にこの建物にいる。すぐ、そこに。


 ゾクゾクと背筋が震える。ルドヴィコは穏やかに溜息をついた。翡翠の双眸が血走るように見開く。


「あの、彼らは一体……」


 余計な部外者が立ち入らないように周辺で待機していたハート共の一人が怪訝そうに尋ねた。ピンクの防塵グラスに映る人物に納得するように、嗚呼と思わず声を零す。


「彼らはみーんな、異界道具で武装した便利屋さぁ。嗚呼、キミ達はマニュアル通りに動けばいいですよ。キミ達は怪物に対処することはできませんが、師匠が守らなきゃあいけない奴を仕留める力はあるからさぁ……!」


 ――そろそろバター小隊が溶かされるだろうか。バターみたいに。


「ふふ……!」


 ルドヴィコは失笑しながら砕けた窓を見上げる。数瞬の間を置いて爆音が建物を揺らした。ブリーチング弾が部屋の扉を破砕した音だ。


『――ズザザ、突――ます』


 けたたましいノイズと共に無線が響く。爆音を機に無数の銃声が鳴り始めた。タタン、タタンと。軽快なまでに連続して音が重なりあう。


「チョコレートとドーナツは継続して野次馬が来ないようにしてください」


『了解』


「嗚呼……師匠。すぐに会いに行きますよ」


 ルドヴィコはお気に入りの曲を流し始めた。沢山の血が流れるだろう場所に透き通った女性の唄声が溶けて混ざる。


『こちらバター! 標的は壁を斬って移動した模様です。追跡を続行します』


「気を付けるんだ。【緋刃】と呼ばれ恐れられた理由は剣術だけじゃあないからさぁ……」


 わざと具体的な忠告はしなかった。師匠が戦う所が見たい。師匠の格好いい姿が見たい。師匠に持てる技術の全てを曝け出してほしい。


 願った矢先、銃声とは違う激しい炸裂音が無数の何かを打ち付けた。無線に入る一瞬の悲鳴とノイズ。嗚呼……もう罠に掛かったらしい。


 師匠の奏でる音に合わせてスキップを軽やかに踏み、純白の刃をゆったりと握り締めた。


「バター、生存者はいるかい?」


 応答はなかった。




 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆




「ここから出る」


 エストは部屋の壁を何の躊躇いもなく寸断し蹴り倒すと、同じ方法で瞬く間に道を斬り開いていく。フェイクを紛れ込ませながら、手足を動かすように慣れた動きで細いワイヤーを巡らせた。


「それなに……?」


「罠だ。時間稼ぎにはなるだろう。シルヴィ、そろそろ口は閉じろ。舌を噛む」


 警告と同時、すぐ背後で部屋の扉が爆薬のようなもので吹き飛んだ。無数の銃声が部屋を制圧するように轟く。


「……街を出ることも検討すべきか」


 エストがぼやく。シルヴィは咄嗟に謝ろうとしたものの、喋るなと言われていたのを思い出して口を硬く結んだ。


 後方を確認する余裕はない。強く手を引かれながらエストの背を追い続ける。敏感になりつつある五感が無数の足音を捉え続けていた。


 扉を壊した奴らが部屋に踏み入れて……何かが爆ぜた。エストが仕掛けた罠が炸裂と共に風を切って捨て兵の身体やら腕やらを吹き飛ばす。


 見ることができなくとも音と鼻腔に漂う臭いがシルヴィに理解を強いた。ドクドクと鼓動の高まりに合わせて頭が僅かに痛い。


「っ……」


「ここから外に出る」


 エストは物でも持つようにシルヴィの胴を片腕で抱えた。【緋色の剣】がアパートの外壁を切り裂くと生ぬるいような外気が触れる。


「だからなんでこういう持ち方なわけぇ……? 女の子を道具みたいに持つのが好きなのぉ?」


「舌を噛むと言ったはずだ」


 追跡を撒くように狭い裏路地へ飛び降りた。真下にいたメガハートポリスを一閃して棄てられた注射器を踏み潰す。着地と共にシルヴィはエストの腕を離れ立ち上がる。


「嗚呼、師匠!! 師匠ですね!? 会いたかった……。僕はずっと会いたかったですよ……!?」


 色を帯びた声が狭い裏路地に響き渡る。淀んだ陽光を背に浴びて濃い影を纏いながら、ルドヴィコ・アーヴェは純白の刃の切っ先をエストへ向けた。


「……消えない炎をそうやって処理したのか」


 爛々と見開く翠の瞳。赤い義眼。皮膚は鳥肌を立てて戦慄き、義体が戦意に軋めく。


「ええ。また愛し合いたくて死ぬわけにはいかなかったからさぁ……!! 腕を斬って顔を削ぐぐらい、……痛かったし、師匠が綺麗だと言ってくれた顔を傷つけてしまいましたが…………」


「何故こんなことをする必要がある。理解できない」


 エストは【緋色の剣】をルドヴィコに向けた。ガスマスクが顔を覆っていなければ、どんな表情をしていただろうか。思考が巡り、ルドヴィコは照れるように頬を赤くして微笑んだ。


 シルヴィは沈黙したまま、軽蔑するように目の前の敵を嫌悪して睨む。


「嗚呼、この子が例の曰く付き愛玩奴隷ですか?」


「……あんたが例のイカレ弟子?」


 対抗するみたいに言い返したが。ルドヴィコはふんと、憐れむみたいに鼻で笑うだけだった。パチンと指を鳴らすと挟撃するように後方からハートと笑顔が退路を塞ぐ。


「師匠の後ろに立ってるだけじゃ……生きることはできますが、師匠の全てを見ることはできないんですよ? 対峙しないとさぁ……!! ――瞬け。【白影(ハクエイ)】」


「…………っ、理解できないな。――灯せ。【緋色の剣】」


 純白と緋色の刃がそれぞれの言葉に呼応し熱を帯びた。

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