弟子じゃなくていい。居候のメスガキとか

「なにも……しないのと。何もできないのは違う。このままじゃ自由になんかなれない。我が儘なのは、わかってる。でも、ねぇ、お願い。私を自由にして欲しいなぁ?」


 無自覚に舌を垣間見せる妖艶な笑み。ジッと見上げ妖しく煌めく瞳。渡された拳銃を手に取った。優しく、愛撫するように指で撫でる。


「殺せと言いたいのか?」


「ち、違う!! 銃の使い方とか、色々教えて欲しいの。手取りぃ……足取り♡」


 本能レベルで染み付いた扇情的な言動を必死で押し殺しながら、シルヴィは真剣な眼差しを向ける。


「俺は二度と弟子を取るつもりはない。懲り懲りなんだ。戦い方を教えたところでいいことは無かった」


 エストは素っ気なく答えたが。思い出すように刀の柄を強く握り締めた。呼応するように鞘の隙間から緋の灯が零れ出る。


「じゃあ! 弟子じゃなくていい。そんな大層な立場じゃなくていい。連れの女とか、居候のメスガキとか。そういうのでいい。だから、教えて」


 シルヴィはジッと、緋色の光を凝視した。自分を助けてくれた何よりも鋭利で、熱を帯びた煌めき。白煙の中薙いでいた一閃を思い出すだけで心臓が強く脈打つ。


「…………メスガキとはなんだ? 聞いたこともない」


「へぇ。そんなことも知らなかったのぉ? 笑っちゃえそう。でも、武器の使い方を私に教えてくれるならぁ、知らないこと、教えてあげてもいいけどぉ?」


 蠱惑的に囁いて、短いスカートの裾を摘まみ持ち上げてしまった。この人に色仕掛けなんて意味がないって分かってるのに。けどもう止まれない。踏み込んだメスガキのアクセルが暴走を続ける。


 ――ギリギリ、下着は見えてない。というより見せてない。見せるのは恥ずかしいから。太ももは恥ずかしくない。


「……分かった。最低限は教える。だからそういう事はするな。困る」


 純粋に対応に困ったあげく、押し負けてしまった。メスガキがどうとかは知ったことではないが。…………同情といえばそれまでだ。自分は便利屋にとって最適の考え方はできないらしい。


「本当!? へへへ。私を住まわせちゃうのぉ? そしたら、そ・し・た・らぁ……ふふん。約束通り教えてあげないとねぇ……。そんなに知りたかったぁ? アハ♡」


 嬉しくなって変な笑い声が出た。吊り上がる頬。勢いのまま思い通りにならない言葉が勝手に零れていく。


「嫌なら――」


「嫌じゃない!! 嫌じゃないですぅ……。その、ええと。バカにしてるわけじゃないの。ただ、……ありがとう。って、言わせたかったわけぇ? 上目遣いで、屈服する感じで♡」


 感謝の言葉すら屈折した。シルヴィは引き攣った頬をそのままヒクつかせる。嫌な汗が流れ落ちていく。


「よくわからんが……難儀だな。疲れているなら寝たらどうだ。早朝の仕事だった。俺は昼まで寝る」


「アハ。私と一緒に寝たかったぁ? スキンシップしたかったぁ? ざんねーん! 私は寝る必要がないの。朝も、昼も、夜も。睡眠はいらないんですぅ。雑魚雑魚な人間と違って愛玩用の缶人デザイナーベイビーだからぁ、寝れませーん」


 ニヘラぁと、笑みが退廃的に蕩ける。蠱惑的な嘲り声を発しながらも、疲れ切ったような脱力感が滲んだ。数瞬、大きな赤い双眸の幾重ものクマが刻まれる。


「そうか。辛いな。だが俺は眠い。起こすな」


 不審な行動がないかを確かめるために、寝たふりをするつもりでソファに横になった。刀を隣に掛ける。


「待って。一つだけ聞きたいの。……名前。知りたい。そしたら私、耳元で囁いて起こしてあげれるよぉ?」


「エスト・ロッソ・カーディル。長いからエストでいい」


 馬鹿正直に答えてしまうと、エストの逡巡に反してシルヴィはえらく嬉しそうに手を掴んだ。


「私もあの綺麗な刀、あの緋色の軌跡を振れるようになる?」


「質問が二つじゃないか。…………あの刀は特別な物だ。使う人を選ぶ。武器の使い方は教えるが、それ以外はお前次第だ」


 シルヴィの行動におかしな点がないかを見定めようと、目を瞑ったフリをして耳を澄ました。彼女はしばらく大人びたような、舐め腐ったような視線でこちらを見下ろしていたが。


 不意に震えるような呼気で深くため息をつくと、音を出さずに悶え暴れると頭を抱えだした。長い髪が乱れ揺れる。


「なんで……! 私はあんな口調になっちゃうの!? もう普通にしてていいのに。ご機嫌取りもいらなくて、普通にありがとうって、名前知りたいって言うだけなのにぃいいいい……! ――あれ、起きてる?」


 気配に勘づくように、シルヴィはエストの顔を覗き込む。小さな指がガスマスクをゆらりと撫でた。


「……はぁ。手を出されずに寝られるのも暇ね」


 荒んだ顔色。くっきりと見える目元のクマ。少女はソファに背を掛け、床に座り込む。


「…………別に私、逃げたり物盗んだりなんかしないよ? やっぱりお世話して欲しぃ? どこかぁ触りたい? ……アハ♡ ……はぁ」


 蠱惑的な囁きがぼそりと吐き捨てられる。起きていることを感じ取っているのか。それとも、戯れのような独り言なのか判断できなかった。

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