一章:造られたメスガキ

少女は妖艶な笑みが剥がれない

 一章:造られたメスガキ



 たとえば自分が愛玩用として造られた生き物で。弱っちくて、背も小さくて。何も優れたことがないだとして。精々見た目だけは購入者の趣味に合わせられた存在だとすると。


 そんな生き物に対して皆、赤ん坊でも見るみたいに笑顔を浮かべる。哀れみですらない。絶対に対等には見られない可愛い何かになる。



 ――私はそれが嫌いだった。



「ヴィヴィ……綺麗だ。ヴィヴィ…………」


 私はヴィヴィなんて名前じゃない。シルヴィ・ラヴィソンって名前がある。けど皆、愛嬌を込めてヴィヴィって呼んでくる。


 お偉い重役が私の頬を愛おしそうに撫でた。普段、私にだけは嘘みたいにニコニコ笑って見下ろす彼が。赤ちゃんみたいに必死に私を求める。


 この瞬間だけは真剣で。私は、私より体格も知識も上の人間と対等以上になる。


「アハ……。本当にザッコぉ……。……フー。こんなスキンシップばっかりの、変態♡」


 私は私の役割に準じた。今となっては猫撫で声の嘲りは冗談じゃない。本心だ。なんてことのないことをして。ソレが終わったら。果てる息を横に体の不快感を掻き出す。汗を拭う。


「ヴィヴィ……凄くよかったよ」


 求めてもいない感想。鼻で笑って聞き流した。


 色の混じった蛍光色の髪を、キラキラした髪留めで纏める。短いスカート。肩の出る服。ピンクのタイツ。パパに与えられた服を着直して、さっきまで滑稽な二人を映していた姿見を一瞥した。


 小さな体。意図して止められた成長。ほんの僅かに膨らんで終わった哀れな胸を撫でた。深紅の瞳がどうしてか潤む。


「その体は不満かね。ヴィヴィ」


 私の購入者パパは息を整えると、上から目線にそんなことを聞いた。……満足なわけがない。けど、文句を言ってもどうにもならない。


「アハ♪ こんな身体で満足するのはパパぐらいじゃないのぉ? こんなちっちゃい子に甘えたかったのぉって思うと笑えちゃう」


 本当に笑えてくる。どれだけ牙を見せて嘲笑したって。無様で、泣きたくなってくるから。逃げるみたいに窓の外を眺めた。


 遥か眼下に映る煌々とした街並み。遠くで霞む廃墟群。黒い海。赤い荒野。不意に、電灯が点滅した。慌てて振り返ると、遅れて重々しい警報が響く。


「……馬鹿な。早すぎる。データの改ざんは……いや、…………しかし」


 愛玩動物を愛でるパパはすぐに消えた。一転して険しい表情を浮かべると私のほうへ駆け寄った。振り解くこともできない強い力が手を握る。


「問題が起きた。大事にはならないはずだがヴィヴィ、これを持って隠れるんだ。一つは絶対に持っているんだ。もう一つはいつもの薬だ」


 そう言って、パパは私に二種類の小瓶を首に掛けた。無理矢理手を引っ張られて、隠し扉の奥へ押し込まれる。


「この仕掛けを知っているのはわたしだけだ。何も無ければ呼びに行く。そうでなければ絶対に扉を開けるんじゃない」


「か、監禁? パパの変態」


 違う。そんなことが言いたいんじゃないのに言葉が出てこなかった。


「少し上と揉めているだけだよ。大丈夫だ」


 ガチャリと、隠し扉が閉められた。向こう側からは白い壁だったが、内側からは部屋の全てが見渡せた。


 パパは急いで端末を消去ボックスに接続しながら誰かに連絡を繋げる。


『た、助けて欲しい。【緋刃】にしか頼めない。もう前払いは済ませた。研究所が襲われる。薬品サンプルを奪われたらお終いなんだ。間に合わなければ可能な限りデータを破棄してほしい。場所はエスコエンドルフィア製薬の第一支部幸福薬品研究科だ』


 電話を切ると、部屋を出入りする研究者や警備の人間に声を荒らげて何かを命じていく。それだけならいつも見る光景だったけど、何かがおかしい。


 パパはいつも以上に苛立って、緊張している。外部に助けを求めるとこなんて見たことなかった。拭いきれない胸騒ぎが渦巻いている。


 けど、私は何も知らないし、知らされることもない。


「……ハハ。でも、なんも変わんないな」


 毎日、毎日。そうだった。見ているだけか、愛嬌を振りまいてあざとく笑みを浮かべるだけ。今もそうらしい。出るなと言われたからには従わないといけない。見てるだけだった。


『B区画で侵入者多数! 何故製薬管轄の警備組織が我々を襲――所長! 増援を要求します。これでは――』


 スピーカーから響く怒号と銃声。少しもしないうちに、銃声は直接耳に響くようになっていた。


「所長! どうして本社が襲撃を――! 助けて!」


 研究者の女性が縋るように部屋に駆け込んで、同時、勢いよく吹き飛んだ。空中で捻じ切れる腕。床をバウンドして足がばらける。血飛沫が窓を染めた。

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