第29話
一匹目のダンジョントラウトを吊り上げてから三十分、興味を持ったミナモにもう一本釣り竿を作り渡してあげたり、飽きたミナモと竜司パーティーの女子たちが集まってワイワイしていたりといろいろあったが、特にハプニングなどもなく無事に時間は過ぎ去っていった。
「それじゃあ俺たちは帰るわ……竜司たちも気をつけてな!」
「おう!また月曜学校で会おうぜ!」
竜司たちに挨拶を済ませ、ミナモとツナミをアトランティスに帰したら、ゆっくりとダンジョンを逆走していく。
そうして無事に家に帰りつくころには、時刻は十二時半になっていた。
今日母さんはママ友さん達とランチに行き、父さんはいつも休日は惰眠をむさぼっているので、昼ご飯の準備を俺一人分始めることに。
今日の昼を何にしようかとレシピ本と冷蔵庫を見比べていると、突然隣にエアが現れある提案をしてきた。
「坊よ、折角なら母の所で昼食を頂くというのはどうだ?……母は神にしては珍しく食べるのが趣味でな。今から行けばその御馳走にありつけるかもしれんぞ?」
エアの提案とは、母神様と一緒にお昼ご飯を食べたらどうかというものだった。
「いきなり押しかけて迷惑じゃないかな?」
「母の眷属たちなら、坊一人分の食事を用意するくらいあっという間であろう……それにもしかしたら、坊が一番の御馳走になるかもしれんしな?」
悪戯っぽく揶揄ってくるエアをジトっとした目で睨みつけてみるが、彼女はどこ吹く風だ。
……母神様のご飯は眷属の人たちが作っているらしく、エア曰く彼女らはとっても優秀らしいのだ。
「それじゃあ折角だしご一緒させてもらおうかな……それで?母神様の所にはどうやって行くの?」
昼ご飯を作る必要がなくなったので、今すぐ母神様の所に行こうと思たのだが、俺は肝心の行き方を知らないのだ。
「今迎えのものを呼びつけておいたでな……すぐ来るであろう」
「お呼びでしょうかエア様?」
冷蔵庫からエアに視線を一瞬変えたその瞬間に、俺の後ろから誰か知らない女の人の声が聞こえてきたのだ。
「相変わらず速いのぅ、ムンよ」
彼女の名前はムンさんというらしい。
姫カットのサラサラの銀髪をミディアムに切りそろえ、ツナミたち女神さまに共通する金の瞳はうちの女神さまたちよりハイライトがなく、全体的にミステリアスな印象を抱かせる。
現代的な黒い袴には、満月が輝いていて彼女の色っぽさを引き立てている。
「初めまして雄大様、
深くお辞儀をするムンさんに合わせて俺もお辞儀をし返す。
「初めまして河野雄大です。お迎えってことはムンさんが母神様の所に連れて行ってくれるんですよね?よろしくお願いします」
「毎夜見守っておりましたが、やはり豊潤で艶やかな魔力ですね……はい、神界まで転移いたしますので私に触れていてください」
少しぼそぼそとつぶやくように言っていたので聞き取れなかったのだが、母神様の所に向かうためムンさんにつかまっていればいいということが分かったので、袴の裾を少し摘まむ。
「まぁそれでも大丈夫です……では転移いたします」
ムンさんが転移を発動させたのだろう、一瞬目の前がまぶしくなったと思ったら、真っ白な神殿のような場所に到着していた。
「ここが主神様の負わす居城です。主神様は食事場にいらっしゃいますので、今からご案内いたします。お連れ様を増やすのならば今お呼びください雄大様」
ムンさんに言われ、アトランティスに念話で確認したところ、ミナモとサクラがお留守番をすると言っているので、ツナミとファーティを呼び寄せる。
「まだ一週間も経っていませんのになんだか懐かしく感じますね~」
「あぁまったくだ……雄大の魔力が心地よくてすっかりアトランティスに入り浸っていたからな」
呼び出したツナミとファーティの言葉を聞くに、このお城に彼女たちの部屋があるのだろうか。
少し気になってしまったが、今はまず母神様がいるという食事場に向かて、揺れるムンさんの背中を追いかけることにする。
そして長い廊下を歩くこと三分ほど、ムンさんと少しお話をして仲良くなった頃に、とても食欲をそそる良い匂いが漏れる扉の前にたどり着いた。
「私としてはまだ少し話したりませんが、主神様がおわす食事場に到着しました」
「案内ありがとうございますムンさん!」
俺の言葉に軽いお辞儀をした後、ムンさんは扉にノックをして中にいるであろう母神様に声をかける。
「主神様、雄大様御一行をお連れしました。お通ししてもよろしいでしょうか?」
「どうぞいらっしゃい」
扉越しに俺の耳朶を打ったその声は、大人の色香漂うはきはきとしたものだった。
ムンさんが扉を開き、俺の目に飛び込んできたのは大きなダイニングテーブルいっぱいに並べられた煌びやかな食事の数々と、その机のお誕生日席に座っている一人の女性だった。
「いらっしゃい雄くん……お話はあとでゆっくりと出来るから、まずはお食事を一緒に頂きましょう?」
先ほどのはきはきとした声音ではなく、甘くとろける声音で食卓に着くよう促してくれる母神様。
その容姿を一言で表すなら究極の母性だろうか……ウェーブのかかった俺と同じ色の薄い茶髪ロングに、大きな金の垂れ目に少しぷっくらとしたピンクの唇、それと口元の黒子がなんとも艶めかしく、ツナミよりもさらに大きなその双丘に両手を乗せてにこやかに俺が席に着くのを待ってくれている。
服装はツナミたちと同じくトーガのようなもので、隙間から覗くくびれはつい目が行ってしまうほどだった。
「ミーちゃんたちも母と会うのは久しぶりよね?折角だしこれからの事とかゆっくりとお話ししながらお食事しましょう?」
「久しぶりで御座いますお母様……そうで御座いますね、これからの事をゆっくりと……」
少し甘さが控えめになった母神様は、俺の隣にピトリとくっついているツナミに声をかける。
ちょっと挨拶するぐらいだと思ってたんだけど、なんだか大事な話が始まる雰囲気を醸し出す二人に少し困惑してしまった。
そんな雰囲気に少し緊張感を感じつつ、俺たちは母神様の座る食卓に着いたのだった。
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