第21話 基目島式九相図理論
さて、三年生の掴が加入したことでパワーアップをしたかのように思えた遊子達であったが、実際まだまだ問題が山積みであった。それは昼休みの集まりに掴が参加したある日の、彼の一言から明らかになった。
「作曲は俺やけど、君ら作詞できると?」
掴の純粋な疑問に『誰が一番百人一首をロマンチックに現代語訳できるか選手権』を行っていた四人はそれはもうわかりやすく固まった。
「まさか、オリジナルソングを英語訳して披露するなんて具体的に決めておいて、そこは考えてなかったとか言わんよな?」
「はい!その通りです!」
図星をつかれ、潔く認めた遊子に掴は呆れることしかできなかった。
「なら、これからどうすると?俺は作詞のやり方知らんよ」
掴が困ったように言うと、四人はそれぞれ現代語訳を書いてきたノートと便覧を閉じて腕を組んだ。
「掴先輩みたいに詳しい人がいたら教えてもらうことができるんだけどな」
「それは無理やね」
楽の呟きを掴はばっさりと否定した。不思議そうな顔をする後輩達に掴はまさかと言わんばかりの顔をした。
「君ら、基目島式九相図理論、知らんの?」
「何ですか、それ」
初めて聞いたが、碌なものではなさそうな気がする。嬉色はそう思った。
「九相図は知っているよね?」
ガラッと教室のドアが開き、生徒会の一木透子がいつもと変わらない笑顔で入ってきた。その後ろに警戒するように忠野誠がいる。
「一木先輩!こんにちは!」
頬を紅潮させ、宴は嬉しそうに透子に駆け寄った。あの日以来、透子は宴にとって憧れの先輩なのだ。
「はい、こんにちは。何やら面白い話をしていたからお邪魔させてもらったわ」
「ていうか、先輩方どうしてここに?ここ、あんまり生徒来ないですけど」
「だからこそ来たのだろうが」
誠は得意気に嬉色の質問に答えたが、嬉色は納得のいかない様子で透子を見た。誠より透子の方が圧倒的に嬉色の中で信用度が高いのだ。
「人気のない所は何でもできるからね。この前の新入生テストの弊害があるかもと思って自主的なパトロールをしているの。それよりも、さっきの話、九相図は知っているかな?」
「はい!あたし、わかりません!」
「何ぃ!?お前達、基目島先生の話を聞いていなかったのか!」
「落ち着きな、誠。いい?九相図っていうのは屋外に置かれた死体が朽ちていく経過の様子を九段階にわけて描かれた仏教絵画だよ。めちゃくちゃリアルな様子がわかるから、刺激が強いものよ。あとで調べてもいいけど気を付けるように」
「それで、基目島式というのは?あまり関係ないように感じますけど」
熱心にメモをとる遊子の隣で、既に九相図を知っていた嬉色はいみがわからないと尋ねた。
「基目島式九相図理論では、まず外に置かれた死体を勉強せず娯楽や青春に現を抜かしている高校生としている。そこからダメな人間になっていく経過を九段階に分けて生徒達に話しているんだ。第一に現を抜かし、勉強をせずに周りから置いていかれる。第二、周りと差がつき、勉強に対する意欲と質が下がりはじめ、その差が埋まらなくなる。第三、周りが成功していく中、大学受験に失敗する。第四、周りと比較し学歴コンプレックスを抱え、自信をなくして引きこもりがちになる。第五、周りが就職していく中、自分だけが就職できずさらに引きこもる。第六、社会性が欠落し、コミュニケーション能力の低下により人間関係を築くのが難しくなる。第七、家庭を持ち始めた同年代と自分を比較し、将来への不安を抱えながらも自堕落な生活から抜けられなくなる。第八、支えてくれた親が年老いてしまったり、亡くなってしまったりして頼れなくなり、突如一人になるが生活能力も社会性もなく一人ぼっちになってしまう。第九、誰にも頼れず、気づかれず一生を終える。これが基目島式九相図理論よ」
「馬鹿馬鹿しいけん、俺は信じとらん」
掴は吐き捨てるように言った。
「それに関してはあたしも同感です。誰もがみんなこんな人生を歩んでいるわけじゃない。勿論、熱心に勉強し学歴を重ねて活躍している、夢を叶えている人もいる。でも、学歴に囚われず活躍し、夢を叶えている人だって星の数ほどいる。どちらが多い少ないとかないわ。それに良い大学とか関係なくても勉強なんて色々あるのよ。勿論、大学だって大切であることには変わりはない。どれも同じくらい大切なラインに立っているからこそ、十人十色っっていう言葉があるのよ。だからこそ、これはあまりにも極端で決めつけの理論だわ」
「それについては、僕だって同感だ」
言いづらそうにそう言った誠に遊子達は目を見開いて誠を見た。透子だけは微笑んで誠を見ていた。
「初めて君に対する好感度が上がったわ」
掴の呟きに誠は聞き捨てならないと言わんばかりに反論した。
「僕だっておかしいと思うことはおかしいと思う!これはおかしいと思うから同感したんだ!」
ただ、そう思われる自覚があるのかいつもの誠らしからぬ意味の分からない発言になっていた。
「で、なぜ、この九相図理論が関係あるのかというと、あたしらみたいに馬鹿みたいと思わない生徒もいるってこと。しかも、この高校は超学歴社会。わざわざ、青春の塊みたいな君達に関わるわけないわ。この先輩が貴重なの。普通は怖いのよ、みんなと別のことをするのが」
「当たり前やろ、俺は基目島にはつかん」
掴は嫌悪感丸出しでそう答えた。
《作者コメント》
お久しぶりです。前回から随分時間をあけてしまいましたが、これからは時間があるときに不定期で投稿していこうと思います。よろしくお願いいたします。
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