第17話 ある日の嬉

 目の前にいる人物を嬉色は黙って見つめていた。放課後会中、トイレで席を立った帰り道だった。たまたま教科書を抱きしめた希望にあった。

「あ、あの何か?」

 黙って真顔で見つめられ続けた希望は困惑した表情で尋ねた。

「どうして味方したの?」

 嬉色は真顔で希望を見つめたまま口を開いた。ずっと聞きたいと思っていたのだ。透子には透子の野望のようなものがあり、それを実現するために自分達に何かを託したのではないかと嬉色は予想していた。あの生徒会長に対して堂々とした口ぶりで話す姿と頭の回転の速さは只者ではない。そう感じるからこそ、透子が普通に校長のように自分達を気に入ってくれたとは考えられないのだ。しかし、希望の考えはわからなかった。まだ一年生、高校にも生徒会にも入ったばかりの彼が自分達に求めることがわからない。純粋に自分達のことを気に入ってくれているのか、それとも生徒会長や基目島に敵対心があるのだろうか。どちらだとしても、一年生でそれをやるのは正しい選択とは思えない。生徒会長はともかく、基目島はまだこの高校にいるのだ。わざわざ敵に回すことを一年生でやるだろうか。それほど最初から味方だった透子は強いのだろうか。嬉色の頭の中では様々な考察が渦巻いていた。

「尾池嬉色くん。君、弟がいますよね?」

 希望がそう問いかけた時、嬉色は目を見開いた。この時、嬉色の顔は初めて真顔以外の物になった。生徒会長に友達を見下された時すら声色は変わったものの決して動かなかった顔が今、決壊したのだ。その様子に希望は申し訳なさそうに口を開いた。

「ごめん、ちょっと前に生徒会で君達のことを調べるように言われていたんです。素行調査みたいなもので、僕は君担当だったんです」

「で、それと俺の質問、何が関係するわけ?」

 土足でプライベートに踏み込まれたからか、嬉色は少し睨むように希望に詰め寄った。余程知られたくなかったのだろう。あの真顔はどこかへ行き、怒りが代わりに嬉色の顔に張り付けられていた。

「僕にも兄弟がいます。彼の夢を全力で応援したいと思っています。でも両親はこの高校に入学することを強く望み、それ以外の選択を許しませんでした。だからこそ、早くこの状況を立て直したいんです」

 希望の意思は固かった。しっかりと嬉色の目を見てそう答えたのだ。兄弟のために環境を変えたいから透子に着いた。それが希望が嬉色達の味方をした理由だった。まだ一年生にも関わらす基目島の敵になるかもしれない道を選んだのは時間が関係していたからだった。その熱意が伝わったのか、嬉色の顔が徐々に真顔になった。

「そういうことだったのか。ようやく合点がいった。ところで、雲上くん、お願いがある」

「何ですか?」

「俺に弟がいること、あの三人には黙っていてほしい」

「いいですけど、隠し通せるものなんですか?」

「いずれバレるとしても、バレるまでは隠していたい。知られたくないんだ。言うとしたら俺から言いたいし」

「なるほどですね。でも、心配しないでください。言いませんよ」

「うん、よろしく。それで土足で俺のプライベートにズカズカ入り込んできたことを許してやらんこともないな」

「うん、ありがとうございます。ごめんなさい。失礼します」

 希望は一度頭を下げて、そのまま去っていった。

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