第14話 はじまる
生徒会室から飛び出してしばらく歩いた後、やっと嬉色は二人の腕を放した。
「さて、どうしよ。どんな手を使ってもいいと言われたけど、この二人の成績を上げるのは至難の業だぞ」
「結局お前も失敬じゃないかよ」
「俺は愛があるからいいんだ。どうする?遊子、このまま諦めるわけにはいかないだろう?」
「勿論だよ!せっかくもらったチャンス、無駄にしない!ということで」
遊子は嬉色と宴を見つめた。
「勉強を教えてください!」
迷いなく頭を下げた遊子が叫ぶと笑い声が廊下に響いた。その声は嬉色でも、楽でも、勿論宴でもなかった。
「やっぱり面白いなぁ。追いかけてきて正解」
笑い声の正体は透子だった。後ろに希望を連れて生徒会室から四人を追いかけてきたようだった。
「あの、俺らに何か御用で?」
嬉色が尋ねると、透子は敵意がないことを表すかのように両手を挙げながら口を開いた。
「いやまぁ、エールをね、送ろうかと思って」
「ありがとうございます!先輩があたし達にチャンスをくださったのでまだ文化祭に挑戦ができます!」
「いいのよ、これも一つの改革だから」
「か、改革、ですか?」
「そう。この高校で繰り返される同じことを誰かが変えないと。いずれ腐るからね。君達みたいな新しい風がないと、いつまで経っても活躍するのは犬なんだよ。そして壊れるのも」
宴の問いかけに答えた透子の言葉は四人にはあまり理解できなかった。それがわかったのか、透子はまた笑い出した。
「まぁ、あとは私が後輩想いってことかな」
そう言って透子は四人に背を向けた。希望も四人に頭を下げて透子の後を追いかけた。
チーム遊嬉宴楽が頼ったのは音楽教師、緩野だった。事の経緯を聞き、これが彼らにとって一大事であることを認識した緩野は真っ先に頼れる友人の元へ駆けこんだ。
「お前はアホか」
一連の流れを聞いた物見は呆れたように駆け込んできた同僚を見た。確かに近づいてみてはどうかと提案したのは物見だ。しかし、まさかこんな短時間でここまでの出来事を持ち帰ってくるとは思わなかったのだ。第三者の視点から見るから愉快で楽しい四人組であったのに、よりによって成績を上げる勉強という苦労しそうな場面で当事者と関わるとなると、先は暗い。物見はできれば関わりたくないという姿勢を崩さないことにした。
「頑張って教えたらいいんじゃないか。教師だし」
「だから、一緒に教えましょう。現代文や古文はあなたの科目じゃない」
「どちらもアイツらはそれなりにできているから問題ない」
「勉強に意欲的なのよ。私達教師は応援するべきだわ」
「まぁ、確かにそれはそうだ」
しかし、物見が建てた城はいとも簡単に取り壊された。
「教師である私達が協力しなきゃ!別に不正して成績を上げてくれとか事前に問題用紙をよこせとか言っているわけじゃないんだから」
「それも、そうだな」
「校長先生だって彼らのことを評価しているに決まっているわ。この学校にはいない一風変わった彼らに。一緒にトマトを育てているんですもの。協力してあげましょうよ」
「確かにあの四人が文化祭に参加したいということを聞いたのは校長先生からだったな」
少しずつ揺らいでいく物見に緩野は畳みかけた。
「それ、なにかあったら協力してあげてっていう意図があったんじゃないかしら」
物見は腕を組んで考え込んだ。色々な思いを天秤にかけてこの件にのるかどうかを思案しているのだろう。眉や口角は何度も上下に動き、首は頭の中の天秤のように左右に傾いている。その様を見た緩野は手を組んで物見がのってくれることを願っていた。
「生徒会から成績下位層に入らなければ参加を認めるって言われたんだったよな。片心が言ったのか?」
「いいえ、一木さんらしいわよ。一木さんと一年生の雲上くんが味方になってくれたって」
「一木と雲上か。なるほど」
物見の百面相は止まった。今度は一点を見つめ、頭の中で何かを繰り広げているようだった。
「よし、やろう。かなり大変だがな」
やる気を示すためなのか、腕まくりを始めた物見に緩野はあっけにとられていた。のってほしかったが、ここまでやる気になる決め手は何だったのか。緩野は思わず物見に尋ねた。返ってきたのはいつもの何かを企むような笑みだった。
「この革命を見届けたくなった」
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