第11話 前例と現状

「みんなはどんなことがしたいとか、あるの?」

 緩野に尋ねられ、嬉色はメモを見ながら答えた。

「これまで数回にわたって真剣に話し合いをしていたんですけど、具体案はありません。共通意見としては、楽しいことがしたい。けど、勉強をするということです。でも、今日やっていたドラフト会議みたいな勉強遊びだと俺達だけが楽しいだけで発表するには弱いという欠点があります。さらに俺達の勉強したことを聞き手が既に知っていた場合は興味を持ってもらえなくなるのであまりいい案とは言えない。こんな感じです」

「つまり、楽しさと勉強を融合させつつ、聞き手である生徒達の興味を持たせるようなことをしたいということね」

「そういうことです!」

 遊子が強く頷くと緩野は頬に手を当てて考えた。

「そうねぇ。でも、洋楽は盛り上がった記憶があるのよね。彼らも楽しそうにやっていたし」

「楽しそうだけど、同じことをして果たして俺らは盛り上がるのかっていうのが問題だな」

 楽は腕を組んだ。

「洋楽を発音気にして歌う!とか?」

「いや、遊子、それやったとして誰が俺らの歌を聞きたがるんだよ」

「うっ、確かに。嬉色の言う通りかも」

「み、みんなが知らない文を訳せばいいのかな」

 宴が呟いた。

「あ、じゃあ、皆でオリジナルソング作っちゃう!?」

 宴の呟きを聞いた遊子が名案と言わんばかりの輝かしい瞳で口を開いた。

「いやいやいや、オリジナルソングってどうやって作るんだよ、非現実的すぎやしないか?俺らにはそんな技術はねぇぞ」

 楽は顔の前で手を振りながら遊子を見た。

「でも、皆が知らない文を訳すわけだし、注目はされると思うよ!」

「俺達四人じゃ、とてもじゃないけど完成するのは無理だと思うんだけど」

 嬉色は首を振って続けた。

「俺らは作曲も作詞もできない。そこから勉強するってなったら文化祭には間に合わない。下手したら卒業まで間に合わないと思うぞ」

「ダメかぁ、良い案だと思うんだけどなぁ」

 二人の意見に納得するものがあるのか、遊子はあっさりと引いた。しかし、顔はまだ諦めきれない様子だった。黙って聞いていた宴も心なしか残念そうであったが、何も言わなかった。そんな四人の様子を見て緩野は微笑んだ。

「先生?どうしました?あたしらの顔に何かついていますか?」

「いいえ、違うわ。素敵な案だと思ったの。でも同時に尾池くんや堂田くんの非現実的という意見も納得できるわ。でもね、今、とてもいい話し合いをしていたと、私は思うの。良い案をそのまま突っ走るのではなく、きちんと客観的に全体を見て実現させるためには何が足りないのか、どこが厳しいのかをきちんと言い合えて納得できているのは素晴らしいことよ。そうやって話し合っていけばきっといい案が見つかると思うわ」

 そう言うと、緩野は自身の腕時計を見た。

「ごめんなさい、長居してしまったわね。そろそろ時間になってしまうわ」

「いいえ、先生。ありがとうございました。嬉しかったです」

 嬉色は真顔のままだが、柔らかく答えた。この高校に入学して初めて先生に褒められ、しかも内容は勉強に関することではなかったことに嬉色の心は温かくなったのだ。それは他の三人も同じなようで頷いて緩野を見つめていた。

「こちらこそ、ありがとう。私にできることがあればいつでも言ってね。ぜひ、協力したいわ」

 緩野はそう言って再度笑いかけ、教室を出た。

「あら」

 廊下で思わぬ人物が待っていたことに緩野は瞬きをした。

「栄山の声は廊下まで響いていたぞ」

 物見だった。教材と授業資料の入った籠を片手に窓際に寄りかかって本を読んでいた。

「盗み聞きとは趣味が悪いわよ」

「なら、もう一人いたアイツも趣味が悪いな」

「アイツ?」

 含みのある言い方に緩野は物見に尋ねたが、物見はニヤリと笑うだけで何も返さなかった。まさか、教室の中で帰る支度を始めた四人にとってマイナスな方向に事が進むのかと緩野は心配になった。そんな彼女の頭の中を読んだのか、物見は本を閉じた。

「オリジナルソング、実現するかもしれないぞ」

 そう言って物見は歩き出した。

「え、ちょっと、どういうこと?」

 緩野は慌てて追いかけて尋ねたが、またしても物見は笑うだけだった。

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