第9話 物見玩水と緩野舞佳

 四角四面高校では教師ですら肩身の狭い思いをしている。それは技術科目の教師陣だ。特に音楽教師の緩野かんの舞佳まいかは学生時代から生徒と歌を歌い、楽しく音楽の勉強をすることを夢見ていただけあってこの状況は何度見てもショックを受ける音楽鑑賞という殆ど自習時間になっている音楽の時間は肩を落とすものだった。最低限の音楽の授業を行い、生徒の学問最優先という暗黙の了解のもと、生徒達の所謂内職と呼ばれる行為も見過ごさなければならない。生徒達の意欲的な学力向上は教師としては非常に嬉しく応援するべきものではあるのだが、こんなにも静かで交流がないと寂しさと、これでいいのだろうかと思ってしまうのだ。

「私達の高校時代はこんなものだったかしら?」

 放課後、本日受け持った音楽の授業を思い出して緩野は頬杖をついて呟いた。

「先生と仲良くっていうのはなかったとしても、生徒同士の交流はあっていいはずだと思うの。そう思わない?」

 緩野は目の前で本を読んでいる男性教師、物見ものみ玩水がんすいに問いかけた。白衣を着ている物見は面倒そうな目で緩野を見た。

「そういうのは、ご自分の教室である音楽室でやっていただきたいものだな」

 二人がいるのは物見が使っている図書準備室だ。国語教師であり、図書委員会も担当している物見は職員室ではなく図書準備室にいる時間の方が長かった。

「同期じゃないの。愚痴くらい聞いてほしいものだわ」

 この高校に赴任してきてすぐ躓きそうになった時、同い年で自分と同じ雰囲気を持つ物見を見つけた緩野はすぐに物見と仲良くなった。物見はそう思っているかどうか不明だが、少なくとも緩野にとってはこの高校で唯一の話し相手である。

「だから、何度も言っているだろう。この高校にそれを言うだけ無駄だ。諦めるんだな」

 そう吐き捨てて、物見はまた本を読みだした。

「貴方だって本当は私同じことを思っているくせに」

「基目島先生が苦手って言うことか?」

「それもそうだけど」

 緩野は苦笑した。物見と最初に意気投合した話が基目島に対する不満だった。音楽教師として生徒と楽しい音楽の勉強を夢見ており、それを実行しようとしていた緩野に余計なことをするなと基目島は怒鳴り、それ以降何かと敵対視されており緩野は基目島が苦手だった。対する物見も趣味を否定されて以来、基目島が苦手であった。

「バトル類の小説は娯楽で無駄なものとはよく言えたもんだ」

 アニメや冒険ものが好きな物見が読んでいた本を基目島は生徒達にそのようなくだらないものは勧めないようにと注意されたことを物見は根に持っており、必要最低限の用事以外職員室に寄りつかなかった。

「そうだ、あの子達は君の言う生徒の交流をしているんじゃないのか?」

 物見は思い出したように本を閉じた。

「あの子達?」

「基目島先生にコーンスープコーラをぶっかけた新入生だよ」

「あぁ、あの子達ね!真剣に音楽鑑賞をしている子達だわ。確か今は四人で一緒に放課後を過ごしているんじゃなかったかしら?」

「校長先生とトマトを育てているらしい」

「あら、素敵」

「しかし、あのコーンスープコーラ事件は気が晴れたな」

 嬉色にコーンスープコーラをかけられた時の基目島の顔を思い出した物見は悪い笑みを浮かべた。

「笑うのを我慢するのが大変だった」

「確かにちょっとすっきりしたけど、基目島先生が流石にかわいそうにも思えたわよ。匂いがつきそうだし、何よりベタベタして。まだ昼休みで授業もあったのに」

「だからスカッとするんじゃないか。尾池のやつ、面白いことをやってくれる」

「私達教師は、褒めるんじゃなくて注意しないといけないのに」

「とにかく、この高校の生徒達に疑問を持ってそれを延々と俺に言うくらいなら、尾池達と交流してみればいいだろう。文化祭に参加したいらしい。校長先生が仰っていた」

 物見はそう言ってまた読書に戻った。

「そうねぇ」

 緩野はそう呟いて音楽鑑賞を楽しんでいた四人を思い浮かべた。

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