第7話 崩壊センス

 さて、文化祭まで時間がある。放課後、何をすべきか話し合いも兼ねて四人はクロッキーをすることにした。ポーズは攻めていく姿勢で、そのポーズに一番合った英単語でその絵のタイトルをつけるというルールだ。

「文化祭、どーするよ?」

 イナバウアーのような体勢になっている楽が口を開いた。長い髪を一つにくくり、完璧な姿勢で止まっている。

「ここの文化祭は勉強を発表するからね。俺らで何かしら勉強しないといけない」

「じ、実験とか観察とか、研究になるのかな?」

「何か作るとか?めっちゃ面白そうじゃん!」

 楽の問いに三人は鉛筆を動かしながら口々に案を出した。

「実験も楽しそうだけど、理科室を使う許可がいるから無理だと思う」

 嬉色が楽を見つめて影をつけながら言うと、宴は不思議そうに嬉色を見た。

「な、何で?許可は貰えるんでしょ?」

「理系科目は基目島先生のテリトリーだからな。あの人、俺らのことを完全なるトラブルメーカー扱いしているだろう?」

「あ、た、確かにそれじゃダメだね」

 宴は残念そうに呟いた。威圧的な基目島が苦手なのだろう。顔が凄く嫌そうな顔をしている。

「よし、三分経ったよ。皆、スケッチを見せながらタイトルを付けていこう」

 携帯のアラームを止めた遊子の呼びかけに従って四人は円になって座った。そして、順番にスケッチを発表し始めた。

「まずは、あたしから!」

 リアルではないが、楽の特徴はきちんとあるイラストのようなスケッチを遊子は三人に見せた。

「タイトルは【Classroom Lecture】!」

「何となく意味もそのタイトルにした意味もわかったよ」

 嬉色は若干冷めた目で自信満々の遊子を見た。

「そう!このスケッチの感じがザ・楽って感じでしょ?だから、座学を英語にしてみたの!今、調べた!」

「・・・・Her sense is crushing.」

 嬉色はこっそりそう呟いた。唯一聞き取れた宴は苦笑した。

「へぇ!面白いじゃん!」

 楽だけは気に入ったようだった。そんな楽を嬉色は目を丸くして見つめた。気は確かかと目で訴えているが、楽が気づくことはなかった。

「つ、次は私ね。タイトルは【leeway】。あのポーズをしても、とても余裕そうだったから」

 特徴も掴んでおり、且つまるで本人のような完成度に三人は感嘆の声を漏らした。

「めっちゃうまい!」

「あ、ありがとう」

 遊子が褒めると、宴は照れたように微笑んだ。次に嬉色が自信満々の様子でスケッチを見せた。

「最後は俺だな。俺のタイトルは【game face】だ」

「ゲームフェイス?ゲームしているってこと?」

「違う、真剣な顔って意味」

「俺、そんなに真剣だったか?」

 きつい姿勢のまま文化祭で何をやるか話し合いに参加していた楽はあまり真剣な顔をしている自覚がなかったようで不思議そうに嬉色に尋ねた。そんな楽を見つめて嬉色は首を振った。

「違うよ、俺が真剣な顔なの」

「いや、お前かい!」

 楽に突っ込まれ、嬉色は真顔のままピースした。

「ち、ちなみに真顔は【straight face】だって」

 宴が辞書をひきながら言うと、遊子は笑い出した。

「絶対そっちの方があっているじゃん!」

「うるさいな。さぁ、楽、誰が優勝?」

 嬉色に尋ねられ、楽は腕を組んで考えた後に宴のスケッチを指さした。 

「や、やった」

 嬉しそうな宴の隣で嬉色は不満そうに楽を見た。

「俺の絵、凄いでしょうが」

「あぁ、色んな意味でな」

 嬉色のスケッチは特徴どころか人間かどうかもわからないほど個性的だった。迷いのない線とまるで意味をなしていない影、そしてどこに生えていたのか、花や草木まで描かれており、空には太陽まであった。

「お前のセンスも壊滅的!」

 嬉色の呟きは楽にも聞こえていたようで、嬉色は頬を膨らませた。

「さ、次は遊子だな」

「今度こそ良いのを描いてやる」

 嬉色は既にやる気満々で鉛筆を握っていた。そんな嬉色を見て俄然やる気をだした遊子は片足を上げて、バレリーナのようなポーズを取り始めた。

「おいおい、大丈夫かよ。三分だぞ」

「余裕っしょ!」

「じゃ、じゃあ、三分、いくよ」

 三分後、余裕なんてなかった遊子の優勝スケッチは嬉色のタイトル【Collapse】だった。嬉色の個性的かつ迷いのないスケッチが壊れていく遊子の体勢と絶妙にマッチしていたのだ。

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