第6話 とまと会議
翌日の昼休み、チーム遊嬉宴楽は空き教室に集まってこれからの活動について詳しく話し合うことにした。
「まず何をしようかねぇ」
遊子は携帯を眺めながら呟いた。昨日嬉色がメモをグループに送ってくれていたのだ。そのメモにはやりたいことが多く書かれていた。
「やりたいことが多いけど、いざ始めるとなると多すぎて決められないよね」
「確かに。物事の始めって難しいよな。しかも、これは前例がないから何を参考にすればいいかわからない」
嬉色はメロンパンに齧り付いた。宴もうんうんと頷きながらサンドイッチを食べている。そんな状況に何を言えばいいか考えている楽は昆布のおにぎりを食べながら窓際に移動し、青空を眺めて昼食を食べようと窓を開けた。
「お、校長先生じゃん」
楽の視界に入った四角四面高校の校長、
「本当だ!なんか面白そうなことかも!」
楽の隣に移動した遊子は身を乗り出して、校長を見た。
「校長先生!何をしているんですか!」
遊子が明るく声をかけると校長は上を見上げた。そして、遊子と楽を見つけると、穏やかに微笑んだ。
「野菜を育てようと思ってね」
「何の野菜ですか?」
「トマトとかどうかな」
「トマト!いいですね!」
「僕もトマトが好きです」
遊子の隣に移動した嬉色がうきうきした様子で校長の傍にあるプランターを見た。
「た、楽しそうですね」
楽の隣に来た宴も控えめに笑った。
「君達もやるかい?」
校長は少し嬉しそうに四人を誘ってみた。すると、四人は顔を見合わせた。そして目を見開いてもう一度校長の方を見ると、頷いてそのまま教室に戻っていった。無言でいなくなってしまった四人を見てやはり誘うべきではなかったのかと校長はため息をついて作業に戻った。しばらくすると、賑やかな男女の声が聞こえてきた。昼休みだというのに静かすぎるこの学校に響く賑やかな声に校長は思わず顔を上げた。
「校長先生!トマト手伝わせてくれるんですか!」
「嬉しすぎて走ってきちゃいました。あ、でも、廊下は走っていません」
「何から、て、手伝えばいいですか?」
「俺、重い物なら運べますよ!」
数十秒前に自分が誘った四人の生徒が楽しそうに走ってきた。一人は無表情だが、それでも嬉しそうに見える。制服の腕をまくり、校長を囲むようにしゃがんだ四人は何をすればいいかと指示を待っていた。それが校長には嬉しかった。
「苗を植え付けるまでは私がやるから、皆には苗を植えてもらおうかな。土に穴を掘って苗を入れてね。根を崩さないように。根鉢の肩の部分が隠れるように土をかぶせてくれるかい?その後、そこにある支柱を立ててほしいな」
校長が必要なものが積まれた場所を指さしながら説明した。その説明を四人は幼い子供のように瞳を輝かせて頷きながら聞いていた。
「よし!やるわよ!」
「遊子、丁寧にやってよね。トマトが育つんだから」
「楽、支柱持ってきて」
「任せろ!」
四人は楽しそうに作業を始めた。その光景を校長は眩しそうに見つめた。
「君達はこの高校ではめずらしい生徒だね。いつもあの教室で一緒に昼食を食べているの?」
「つい最近知り合ったんですけど、気が合ったんです。それで、何をしようかと悩んでいるところです」
作業をしながら遊子が答えた。
「そうなんだ。何がしたいとかはあるのかい?」
「この高校生活をこの学園らしく楽しむことがしたいんですよね。しかも、他の生徒に迷惑をかけないような感じに」
淡々と答える嬉色に校長は目を丸くした。
「や、やりたいことは色々見つけているんですけど、何から始めればいいのかがわからなくて」
「そしたら校長先生が楽しそうなことをやっているからこれはもう参加しかないなって」
話しながらも手を止めない宴と楽に校長は腕を組んで考えた。
「そうだなぁ、何か目標があればいいんじゃないのかな」
四人は首を傾げて校長を見た。校長は微笑みながら続けた。
「目標が明確になると動きやすいんだよ。私がトマトを育てようと思ったのは、ここを通った生徒にトマトをプランターで育てることができることを伝えたいからなんだ。つまり、プランターで育つトマトに興味を持ってもらうという目標のために私はここで作業をしていた。四人にもそのような目標があればどのように活動したいかが決まるんじゃないかな」
四人は真剣にそれぞれ一点を見つめながら考えた。
「やっぱり最高の三年間にしたいっていうのが、あたしの入学からの目標なんだよね。友達作って青春をするっていう」
「俺も思い返した時、高校生の時楽しかったって思えるようなことがしてぇな」
「こ、この高校でしかできない、経験がしたいな。皆と」
「ビックイベントがあれば何か違うかもしれないぞ」
そんな嬉色の言葉に校長は何かを思いついたように口を開いた。
「君達、文化祭に出てはどうかな?」
真剣に考えていた四人は同時に校長を見た。ポカンとする中、最初に口を開いたのは嬉色だった。
「文化祭って勉強発表会ですよね?あの、発表する人だけのためのイベントって聞きましたけど」
嬉色の答えに校長は苦笑した。嬉色の言葉がきついからではない。むしろかなり柔らかく事実を述べている方だった。四角四面高校の文化祭、通称勉強発表会はあまり盛り上がっていない。特定の研究をしている一部の生徒が自分の研究を資料にまとめて発表するのだが、聞き手である生徒達は興味がない発表は持ち込んだ勉強道具で勉強をしてしまう。教師達も黙認しており、勉強発表ですらきちんと聞いてもらえないのだ。
「そうだけど、そこで君達が生徒達の気を引くような発表ができたら、きっと皆は君達を知ってくれるだろうね」
「ちょっといいかも。思い出にもなるし、最高じゃん!」
「文化祭まで時間あるし、何か考えてみようか。郷に入っては郷に従えに則るなら、何か勉強をする必要があるな。じゃないと、ただのアホな四人組っていう認識で発表を聞いてもらえなくなる」
「い、いいかも。私達らしい勉強の発表ができたらいいね」
「じゃ、とりあえずその方向も考えてみるか」
もともと挑戦することが好きなのか、四人の反応は好意的だった。校長は目を丸くしたものの、今までの生徒達とは違う勉強に対する意欲を持った彼らに微笑んだ。
「何か困ったことがあったら、いつでも相談に乗るよ。だから、頑張ってね」
そう言うと、四人はトマトの時のようにキラキラとした笑顔で頷いた。
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