第2話 尾池嬉色

 男子生徒の名前は尾池びいけ嬉色きいろといい、遊子の隣のクラスの生徒だった。

「あたし、嬉色に会って、この高校生活に希望が見えた気がしたよ」

 生活指導に怒鳴られた翌日、遊子は嬉色をお昼に誘った。基本この高校では昼食ですら個人活動なので、この行動にクラスが少しざわついた。遊子は嬉色を連れて空き教室へ向かった。鍵が壊れていて閉まらないこの教室は、空っぽで放置されており、机や椅子が適当に置かれていた。校内探検の賜物である。

「俺も、遊子がコーンスープコーラ買った時、やべぇ奴いたわって思った。あのジュース買うやついないだろ。正気とは思えない」

「そんなこと言うけどさ、嬉色もたいがいやばいからね?あれ、わざとだったんでしょ?」

 母親特製のサンドイッチを頬張りながら遊子が尋ねると、エビフライを食べながら嬉色は頷いた。遊子の言う「あれ」とは嬉色がコーンスープコーラを口に含んで生活指導の教師の顔面に浴びせたことである。

「うん。遊子が買うなら実行しようかなって。だって、好奇心で買いました、でもあまりの不味さに驚きましたって言い訳したら周りの先生は仕方ないって思ってくれるだろう?」

「実際そうなったけど、あんまり迷惑かけることはよした方がいいんじゃない?確実に問題児案件だよ」

「今回だけ。俺だっていつもこんなことしているわけじゃないよ」

「そうなの?じゃあ、何であんなことしたのさ」

「だから、前髪馬鹿にされたから、それだけよ。それよりも、この高校生活、俺とお前の二人で彩ると本当に思っているのか?」

 あまりはっきりと答えようとしない嬉色は話を変えた。遊子はそれ以上追求せずに聞き返した。

「と、言いますと?」

「もっとお友達がほしいな。二人は心細いぞ!」

 手を組んで真顔でぶりっ子する嬉色に遊子は噴き出した。

「笑いすぎ」

 腹を抱えて笑い続ける遊子に嬉色は二本目のエビフライを食べ始めた。

「だって真顔でそんなこと言うもんだから、おかしくて。ていうか、なんでずっと真顔なわけ?」

「俺の表情筋がさ、子供の頃に退職願だしてきたんだわ」

「それは大変だ。早期退職だね」

「俺も言ったよ、早すぎる決断だって。それでも、彼は行ってしまった」

 物語を語るように遠くを見つめながら話す嬉色に遊子はまた笑い出した。真顔でこの話をする嬉色がもう遊子のツボなのかもしれない。気が済むまで笑い続けた遊子は嬉色を見て頷いた。

「でも、そうだね。二人だとまだ放課後会はつまらないかな?」

 放課後会とは放課後、先生から携帯が返却される時間までの空き時間である。学校側が考えた授業が全て終わっても勉強ができるようにと設けられた時間だ。つまり、お勉強タイムなのだ。勿論、勉強を強制しているわけではないので自由時間として過ごすことも許容されているのだが、青春よりも勉強を優先する高校のスタイルのせいで殆どの生徒が勉強をしている。例外は遊子や嬉色、仕事がある生徒会くらいだ。それを放課後勉強会というのだが、静かに勉強する気のない遊子は勉強以外でも過ごしたいので放課後会と呼んでいる。

「仲間探しも遊びの一つさ。俺も探しとく」

「よし、探しますか」

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