第伍ノ章・或ノ日ノ記憶

千「暁…だ、大丈夫…?」


暁「どうしてこうなっちゃったんだろうね…」


千歳、黙る


暁「今まで積み上げて来たものが台無しになっちゃった…」


千「暁…」


暁「でもまぁ、これでよかったのかもね」


千「え?」


暁「紅の言った通り、私は『王様に尽くす優秀な側近』を演じてた。だからずっと苦しかったのは事実なの。…こんな気持ちでいたらきっと長くは続かないだろうし、今解雇になってよかったんだよ」


千「本当に、それでいいの?」


暁「だって、そう思うしかないでしょ。もう、戻れないんだから」


千歳、黙る


暁「さて…これでもう、『側近の暁』は…終わりよ。新しい道を探さなきゃ」

↑暁、〜暁』は、の後に面を外す


暁「ね、千歳ちゃん」


千「えっ…」


暁「千歳ちゃん?」


千「え、え…」


暁「ど、どうしたの?」


千「な、なんで…」


暁へ近づいていき、暁に触れる


千「…ね、姉様」


暁「え?」


千「姉様…姉様だ…!!」


暁「ち、千歳ちゃん?」


千「なんで、暁が、姉様なの?………どうして…」


暁、何も言わない


千「ねぇ、覚えてるよね?あたしのこと…」


暁「……ご、ごめん、なさい」


千「そんな、なんでよ……。暁、貴方の本当の名前は…橘凛、そうでしょ?」


暁「橘、凛…」


千「本当に、思い出せない?」


暁、黙る


千「それなら…思い出せるまで、話すよ。今までの、あたしと姉様の思い出」


暁「え?」


千「あたしがが六歳だった夏。学校の教科書を失くしちゃって、姉様に借りたんだよ。でも汚しちゃって…それでも姉様は許してくれたよね。

十歳の冬は、お父様が買ってきてくださったお饅頭を、姉様があたしの分まで食べちゃった。でも次の日にまた買ってきてくれて嬉しかったよ。

姉様が食べちゃったのはお饅頭一個なのに、エクレアも一緒に買ってきてくれたんだよね。

十二歳の春は、お父様が傷を負って帰ってきて、二人で早く治るように神社にお願いしに行ったよね。その帰りに薔薇を買ったっけ。

それからお母様がご病気になったり…あたしが将来の結婚相手とお見合いさせられたり…。今すぐの結婚なわけないのはわかってたけど、相手を勝手に決められるのが嫌だったあたしは、反発してた。そんなあたしを見て、姉様はいつも悲しそうにしてたね。悲しいのはあたしの方な/


/暁「教科書には万年筆の赤い洋墨を垂らして、お饅頭を買った後はミルクホウルでエクレアを二つ買った。お父様には大通りの生花店で桃色の薔薇を買って、貴方には許嫁との対面があった」


千歳、黙る


暁「そして…私自身にも、見合いがきた。私は長女として、婿を取って、家を…橘家を守る気でいた。…ふふ、なのに私ったら、逃げ出しちゃったものね」


千「え、え…ね、姉様」


暁「なぁに、千歳」


千「姉様、姉様!!」


二人、抱き合う


千「思い出してくれたんだね、姉様…!!」


暁「千歳のおかげじゃない。私の中でも、まだ思い出は消えてなかったみたい」


千「よかった…会いたかったよぉ…」


暁「ごめんね、千歳。心配かけて。ずっと探しててくれたの?」


千「そうだよ。姉様に会いたくて…」


暁「うん、ありがとう」


千「ねぇ、あの日、何があったの?なんで何も言わないままいなくなっちゃったの?」


暁「…ごめん」


千「なんで言ってくれないの?あたしには、教えられないことなの?」


暁「ごめんね」


千「じゃあ、本当に、駆け落ちなの」


暁「え?」


千「噂が、立ってるんだよ。想い人がいて、駆け落ちしたんじゃないかって」


暁「…そう」


千「そうって…!じゃあやっぱり駆け落ちなんだ」


暁、黙る


千「それでもいいよ…!だから帰ろう、一緒に。約束したじゃん。破らないでよ」


暁「約、束?」


千「夏祭りで、一緒に花火を見ようって。姉様が言ったんだよ」


暁「…そうだったね」


千「あたし、初めての花火を姉様と見れることになって、ほんとに嬉しかったんだから」


暁「ごめん」


千「なんで謝るの。帰ろうよ」


暁「ごめん。私は帰れない」


千「なんで…どうして帰れないの?あの王様のせい?でももう姉様には関係ないことだよね!?」


暁「千歳、違うの」


千「じゃあなんで」


暁「私は…もう、現し世の人間じゃないから」


千「え…?」


暁「私は、もうこの町の住人だから。現し世に行っても、実態がない」


千「何、それ。姉様、死んじゃったってこと?」


暁、黙る


千「嘘…」


暁「ここに長居すれば、いずれ記憶がなくなる。そうなったら最後、もうこの町の住人になっちゃうの。だから、千歳も危ない」


千「じゃああたし、ずっとここにいるよ。姉様が帰って来れないなら、あたしがこっちにいる!!」


暁「だめだよ、千歳は帰らなきゃ」


千「やっと会えたのに、また離れるなんていやだよ!!」


暁「お友達にも、お母様にも、お父様にも会えなくなるんだよ!?家の後継ぎだっていないし、また子供がいなくなったら大きな騒ぎになる!」


千「そんなことどうだっていいよ!!あたしは姉様と一緒にいるんだから!!」


暁「だめよ!!あんたは帰って、自由に生きてよ!好きな人と自由に恋愛して、好きなときに結婚して!それをずっと願ってたでしょ!?」


千「だから何!?そんな願い、姉様の存在には負けるもん!」


暁「あんたの望み通り、見合いは破談になったんじゃないの?願いが叶ったんなら、生きて行きなさいよ!」


千「なんでそんなこと言うの、あたしは姉様と一緒にいちゃいけないの!?」


暁「私が叶えてあげた望み、無駄にしないでよ」


千「え、何、どういう意味?」


暁「あのとき…二人同時にお見合い話が来ていたでしょう?それで、どうしたらあんたの話しが破断になるだろうってずっと考えていたの。私が結婚してもあんたのお見合い話がなくなるわけじゃないし。…だったら私が、この家からいなくなればいいんじゃないかって思ったのよ」


千「う、うそ」


暁「『橘の長女は、お見合いが嫌で駆け落ちしたらしいよ』って」


千「え?」


暁「駆け落ちの噂を流したのは、私なの。そうすれば橘の名が落ちて、あんたのお見合い話はなくなるでしょ」


千「そんな、じゃあ全部あたしのためだったの?」


暁「落ち着いたらあんた宛に手紙でも書くつもりだったんだけどね。月が不気味な夜にあんたのこと考えてたら、いつの間にかここにいた」


千「『この街に来られるのは強い願いを持った者だけ』っていうのは…」


暁「私も、例外じゃなかったみたい」


千「姉様…。ごめん、なさい」


暁「謝るくらいなら、ちゃんと帰ってよ」


千「……。うん、わかった。あたし、帰るよ」


暁「ありがとう」


千「姉様…」


暁「私はいつでも貴方のそばにいるわ。もう、忘れない」


暁、自分の髪を結んでいた紐に付けていた鈴二つのうち、一つを渡す

この時チリンという音を入れる


暁「最後にこれ、あげる」


千「え、これって…」


暁「その鈴は私が今までずっと持っている物よ」


千「あたし、覚えてる…この鈴を付けた姉様の結い紐…」


暁「二つあるから、片方は千歳が持っててちょうだい」


千「うん…!ありがとう、大事にする。ずっとずっと、大事にするよ」


暁「そうしてちょうだい。……それじゃあ、そろそろ」


千「そう、だね… 。ね、姉様は…あたしが帰ったら、どうするの?」


暁「適当に町を周って、仕事でも探すわ」


千「そ、そっか」


暁「私のことは心配ないわよ。元城仕えだもの。拾ってくれるところは多いわ」


千「それなら、安心だな」


照明変わる


暁「…千歳、良く聞いてね」


千「何?」


暁「いい?まず始めに、栄養のある食事をとってね。それから…」


徐々に雑踏の音が大きくなっていき、暁の声は小さくなる


暁、はける


舞台は千歳一人

また人が出てきてガヤガヤしてる感じになるといい

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