第4話 今日は召喚されなかった

 雨だ。記録的豪雨だという。


 昨日、屋上を出てからどうにも気分が晴れない。

 なんだかとてもモヤモヤする。


「……いない、か……って、俺はなにをしてるんだ」


 なぜか阿久間の姿を探してしまっている自分に気づき頭を振る。


 間違ったことは言っていないと思うが、言い方は他にもあった。


「いや、違う」


 俺は手に持つ二つ弁当を見やった。

 今度は詫びの弁当を作ってきた。だが、今日の天気じゃ屋上は無理だ。

 そもそも、阿久間をどうしても見つけられなかった。


 仕方なく、俺は屋上に続く扉の前で、一人階段に座り二つの弁当箱と格闘していた。


「もう少し上手く作れたと思ったんだがな……」


「こんなところにいたのね。保智」

「……伊集院……」

「まったく、こんなところで一人でお昼ご飯なんて恥ずかしくならないのかしら?」

「うるさい」


 目の前に現れた茶髪の女は伊集院メユ。当然、阿久間ではない。

 こいつは幼稚園から一緒の幼馴染とも呼べないような腐れ縁。

 俺とは違い、人間関係が得意でいつも人の輪の中心にいる人物。

 人に対しては好かれるように性格をよく見せているが、どれも計算。そんなやつ。


 別に仲がいいわけじゃないが、そこそこ長いこと知り合いやってるから俺は知っている。だからこそ、伊集院は俺に対してぶっきらぼうな態度をとってくる。


「俺に何の用だ?」

「阿久間呼幸についての話よ」

「意外だな。お前が自分以外のことを話すなんて」

「そういう時もあるわよ」


 俺としては信じられないが、げんに話そうとしているし、そういう時もあるんだろうな。


「で?」

「忠告よ。あの女はやめときなさい。そのことを言いにきたの」

「なんだよ藪から棒に」

「あんな女と関わってたらアンタまでダメになるわよ。あんなのと遊ぶなら、アタシたちと遊べばいいじゃない。いい加減、見栄を張るのをやめて、ね?」

「俺に派手なものは合わない。知ってるだろ?」

「そ。でも、阿久間呼幸とは縁を切った方がいいわ」

「わからないな。別に阿久間は、はた迷惑なやつだが、悪いヤツじゃないだろ?」

「あの女をかばうのね」

「そうじゃない。そんなことはない」

「なら、安心したわ。考えを改めたら教えて。いつでもアタシは受け入れるつもりでいるから」


 言うことを言ったというように、手をひらひらさせて伊集院は階段を降りていった。


「……なんで俺が考えを改めなきゃいけないんだよ」


 伊集院の考えなんてだいたいのところはわかっている。

 どうせ、俺という知り合いの男が、阿久間という他の女といる事実が許せないだけなのだろう。

 つまらない見栄を張っているのはどっちだという話だ。


「はあ……」


 かばうつもりなんてなかったが、そんなふうに聞こえたのか……。


 それにしても、さっきからずっとスッキリしない。いつもより弁当の味もわからない。

 ミートボールをつつき続けていることに気づき口に放り込む。

 なんだかパサパサしている気がする。


「まずい……」


 俺はそもそも人間関係が得意じゃない。

 伊集院は俺に対してだが、俺は誰に対してもぶっきらぼうだ。

 以前、小さい頃はそうじゃなかったとか言われたが、そこまでは明るかったというのなら、小中の教師が提出物や出席日数でしか人を見ていなかったことが原因だろう。

 俺がインフルでもわざわざ電話で聞いてきたのは、体調じゃなく提出物が滞りなく出せるかどうかの催促だった。

 きっとそんな時に嫌気がさしたんだ。



 俺もそれ以来、表面的で最低限の関係を心がけていた。親とも不仲で一人暮らし。


 それなのに、俺は出過ぎた真似をした。

 やはり、俺は上手いこと人間関係ができない。


 伊集院も同じところだったが、俺より上手くやっていた。大人たちにも同級生たちにも好かれて可愛がられていた。俺にはどうにもそれができなかった。

 きっと、窮屈な生き方をしているように見えるのだろう。


「俺、何してるんだろうな……」


 スマホで時間を確認する。


 弁当の中身はさほど減っていないが、時間ばかりが経過していた。

 外の雨は止みそうもない。

 そのせいでなんだか冷えてきた。


「戻るか」


 今回の落ち度は完全に俺にある。どうして阿久間が学校に来てないのかは知らないが、俺は言いすぎた。


「いいよな。親に頼らなくていいくらいの金持ちはさ」

「阿久間さんな。どんな親なんだろ」

「一人暮らしだろ?」

「サボっても問題なさそうだしなー」


 不意に阿久間の話題が聞こえてきて耳を傾けてしまう。


 阿久間は思っていたより悪いヤツじゃなかった。金持ちも鼻にかけないようなヤツだった。


 俺だってハナから人を信用してないわけじゃない。心のどこかで助けてくれたらと思っていた。

 俺の場合は誰も手を差し伸べてはくれなかった。学校は都合の悪い生徒を無視した。

 それでも、阿久間は眷属という形でも人にヘルプを求めていたんだったら。


 俺は……。


 今日は金曜日。

 土日と確実に会えない。それに、家は知らない。

 月曜に来てたら、今度こそ詫びよう。

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