「かくし芸大会」

「エントリーナンバー12番、ゴトウさん、よろしくお願いしまッッすッ!!」


 呼び込まれた『ゴトウ』が、舞台の上にやってくる。

 ただ、足音だけがぺたぺたと聞こえ、あ、裸足なんだな、と会場の観客が分かった。

 ……のだが、分かったのはそれだけだ。


 足音だけが響き……、舞台の中心に立ったであろうゴトウさんが「えー」と声を出した。


「今からリフティングをしながらトランペットを吹きます――楽曲は――」


 かくし芸のタイトルを言われても、観客席はざわざわとしたままだ。

 戸惑いが多い……司会の女性も口を出せなかった。


 舞台に出てしまえば、時間内は参加者の独壇場である。司会者が話しかけることはないし、会場のテンションを傾けることもできない。全ては主役にかかっている。


 舞台上で音だけが響いていた……、ボールを蹴り、足の甲で跳ねる音……そしてトランペットの音色だ。リフティングをしながらトランペットを演奏する……、音は乱れることなく曲を奏で、リフティングも落ちる気配がない……見えていないけど。

 テンポよく弾むボールの音を聞いていれば、見えていなくとも想像ができる。


 かくし芸としては及第点だろう。

 元より、世界で評価されるような天才を発掘する場ではない。小さな商店街で、地元民だけが楽しめる小さなイベントである。観客だって二十人もいないのだから……。


 そんな小規模なイベントで、まさか、かくし芸を披露してくれる『透明人間』が現れるとは思っていなかった。

 透明人間だと言い張って、音は全て録音で流しているだけ、というコントなら信じたが、しかしリアルタイムで目の前にいて演奏している……。

 かくし芸どころではなく、透明人間が現れたことに一番びっくりしていた。


 かくし芸より、まず先にお前の正体を明かしてほしかった。


「――以上です、ありがとうございました!」


 そして透明人間は去っていった。

 いつどのタイミングで舞台上から去ったのか、本当のタイミングを知る者はいなかった。



 ―― 完 ――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る