『精霊の森商会』一周年記念セール 3

 そんなわけで、夕食後の談話室で、リオル兄には新製品のサンプルを見てもらい、父様にはシュワシュワの水の採取と合わせて、増え過ぎたランマッシュルさんの放逐許可をもらうことにした。

 説明を聞いた父様は、何やら腕を組んで考え込んでしまった。

 問題でもあるのかな?


 横に目をやれば、リオル兄とバートンが商品を検分していた。

 ラビラビさんの商品はともかく、メエメエさんのストールとカーディガンの価格で揉めているようだ。

 ルーク村でパウンドケーキとスコーンを作る件は、すぐに許可が下りたよ。

 村で作った甜菜糖で、品質がバラバラで販売できなかった余剰分があるのだという。

 それを使えばいいと、リオル兄は快諾してくれた。

 各家々にも配ったりしたけれど、在庫はまだまだ残っているので、今回はそれを利用することにしたんだ。

 

「なんならドライフルーツを製造して、販売する工房を立ち上げようか……」

 リオル兄がブツブツとつぶやいていた。

 季節のフルーツはマジックバッグで保管できるから、農閑期に乾燥加工することができるよね。

 秋には山ブドウやサルナシの実も収穫できる!

 ドライフルーツは長期保存できて栄養価も高いから、冒険者さんに売れるかもしれないよ。



 僕がニコニコしてそっちに気を取られていると、父様が顔を上げてこっちを見つめていた。

 ああ、いけない。

 僕は父様とお話し中だったよ。

 父様に身体を向き直ると、ほほ笑みを浮かべてうなずいていた。

「シュワシュワの泉には、私も興味があるんだ。ぜひ一度確認しておきたいから、従士を連れていってみようと思う。転移門をつないでくれるかい?」

「それは大丈夫ですが、ジジ様のお話では危険な魔獣が多いと聞きますよ?」

 心配になって聞くと、父様は声を上げて笑った。


「おそらくシュワシュワの泉がある場所は、カミーユ村から大森林に入って南下し、西へ向かってスウォレム山脈に入るのだろう。ルート的にはかなり厳しいだろうね。だが、今回は転移門を使わせてもらえるのだろう? ハクのマッピングスキル頼りになるが、周辺の調査をしておきたい。――――何より腕が鈍らないように、従士たちに訓練をさせたいからな」


 僕はキョトンとしてしまったよ。

 言われてみれば、この辺の森は危険な魔物が減っていたんだよね。

 奥地に行けばまだまだたくさんいるけれど、それはルーク村から何日も移動した先になってしまう。

 長期の調査でもない限り、従士がそこまで立ち入ることはめったにない。

 彼らの腕が鈍らないように、厳しい鍛錬が必要なのかも。

 実際に今現在、若いキースと双子たちが、ダンジョンに鍛錬(?)に行っているからね。


「それを考えたら、キースたちがダンジョンに行く必要はあったのですか? 大森林の奥に行ったほうがよかったんじゃ……」

 だけど父様は首を振った。

「いや、一度はダンジョンに潜ったほうがいい。あそこは大森林にはいない魔物が出るからね。何より自分の実力で、マジックバッグやレアアイテムを手に入れることができるんだ。それは個人の財産として認められるんだよ。もっとも、初級ダンジョンでは高がしれているけどね……」

 運が良ければ初級ダンジョンでもレアアイテムが出ることもあるのだそうだ。

 父様は若いころを懐かしむように、目を細めて笑っていたよ。


 聞けば従士たちも自分のマジックバッグを手に入れるために、ラグナードのダンジョンに潜っているんだって。

 あのルイスでさえ、上級ダンジョンに潜れる腕があるんだってさ!

「ちょっとルイスを見直したかも」

 僕のつぶやきを聞いて、父様とバートンは声を上げて笑っていたよ。



 その話を聞いていたリオル兄が、顎に手を当てながら思案していた。

「だったら私も近いうちにダンジョンに挑んでみようか……」

 えぇ?

 なんでさ?

「だって考えてごらんよ。父上や今の従士たちが引退したあとで、ここを守っていくのは私とキースだろう? イザークやルイスの息子がこっちに残ってくれればいいが、ルーク村の守りが手薄になってはいけないよ。そのときまでに私も腕を磨いておかなければね」

 いつまでも甘えてはいられないと、リオル兄は背筋を伸ばしていた。

「ああ、お前も一度潜ってみるといい。ダンジョンはおもしろいぞ」

 父様があっさり許可を出していたよ。

 リオル兄が先々をしっかり見据えていることが、親としてはうれしいのかもしれない。


 ちなみにイザークの息子はまだ子どもで、ルイスの息子は赤ちゃんだよ。

 もしかしたらカミーユ村に行きたいと言うかもしれないね……。

 やだ!

 ルーク村が再び過疎ってしまう未来を想像してしまったよ!

「もっとルーク村の人口を増やさないと!」

 思わず拳を握って叫んだ僕を、みんなが笑って見ていた。



「というわけで、メエメエさんは今年もローテ領に、ランマッシュル&ウォークマッシュルの放逐に行ってきてね!」

 ビシッと指を突きつけて指示を出したら、メエメエさんは寄り目になって指先を凝視していた。

 そのあと口を開けて僕の指に噛みつこうとしたんだよッ!?

 ガチン!

 メエメエさんの歯の音が響いた!

「何してるの! 危ないじゃない!!」

 メエメエさんはスンとした表情で、静かに立ち上がった。


 そして叫んだ。

「私のすてきな布バッグが却下され、ソウコちゃんにも保管を拒否されました!! こうなったら闇市で流してやります! ローテ領の帰りに私は蒸発しまッス!!!」

 そう叫んでポンと消えたよ!

 ポカンとする僕とバートンと、どうでもよさそうな表情のラビラビさん。

「すぐに帰ってきますよ。まぁ、帰ったあとは自主的休暇に突入すると思いますが」

 ラビラビさんがまったりとお茶を飲みながらつぶやいた。


 そういえば、いつだったか海に行ったあとも姿を消していたよね?

 思い返せばメエメエさんは最初から、応答無視とか普通にしていた気がする。

「放っておいても大丈夫だね」

 僕が納得すると、ラビラビさんも深くうなずいていたよ。


「ラグナードに行けば、物好きがあの布バッグを買ってくれるかな?」

「……その前に、メエメエさんはどうやってあれを売りに行くのでしょう? 人の姿に変化できるのですか?」

 バートンが心底不思議そうに首をかしげていたよ。

 えぇ?

 あの真っ黒羊が人型になれるの?

 ハッとしてラビラビさんを見れば、ニヤリと口の端を上げていた。

 なんだかちょっぴりハードボイルドふう。

 えぇッ!?


 黒羊が人に化けたら、悪事を働くことしか想像できない!!

 そもそも、あの羊顔に人間の身体がくっつく姿しか思い浮かばない、自分の想像力の貧弱さが怖い!

 そんなのに出会ったら卒倒してしまう人がいるかもしれないよ!

 恐ろしいよね!!

 バートンもコクコクとうなずいていた。

 えぇ?


 まさか同じ想像をしているの?

 

 しばしの沈黙のあと。

 真剣な顔をしていたラビラビさんが、いきなり飛び上がって叫んだよ!

「うっそぴょ~~ん! 羊は死ぬまで羊のままでッス!」

 ラビラビさんはケケケ~と大笑いしていたよ。


 騙されたッ!!



 その後、メエメエさんが姿を消しても、特に問題は起きなかった。

 けれどローテ領に行ったまま、二週間近く音信不通になったんだよね。

 何かやらかしていないかと心配だったけれど、夜は相変わらずグッスリ眠った。

 やがてメエメエさんがヒョッコリと帰ってきて、大きな声で宣言したんだ。

「用事は済ませてきました! 一週間の休暇をいただきます!!」

 唾を飛ばしながら叫んで、ポンと消えてしまったよ。

 まぁ、想定内だからいいけどね!

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