『精霊の森商会』一周年記念セール 1

 カミーユ村にオープンして、九月で一周年を迎える『精霊の森商会』。

 今ではすっかり顧客を増やし、順調に売り上げを伸ばしている。


 今日はメエメエさんから離れの保管倉庫に呼ばれたんだ。

 扉を開くなりメエメエさんが叫んだので、僕とバートンは面食らった。

「一周年記念セールを開催しましょう!」

 唐突だね。

 まぁ、いつものことだから、いいんだけどさ。


 アル様はダンジョンに行っていて不在だから、今日はラビラビさんと僕とバートンとメエメエさんだけだね。

 にぎやかしのアル様がひとりいないだけでも、ずいぶん静かな感じがするよ。

「リオル兄様を呼んでこようか?」

 商会に並ぶ商品の最終決定権はリオル兄にあるからね。

 メエメエさんに聞いてみれば、「ノォーッ!!」と叫んで、ブンブン首を振っていた。

 必死の形相で拒否しているね?

 なんでかな?

 僕が首をかしげていると、背後に立ったバートンがそっと耳打ちをした。

「九割却下されております」

 ――――ああ、そうだったっけ。

 メエメエさんのあの態度に合点がいった。

 ことごとく却下されてトラウマになっていたりして。


 とりあえず、いつもの席に落ち着く。

「グリちゃんたちは遊んでおいで。夕飯までには戻っておいでよ」

 声をかければみんなは「は~い!」と声をそろえて、温泉に続く扉から植物園に飛んでいった。

 ちゃんとセイちゃんの手を引いていってくれたよ。

 よきよき。


 あらためて、メエメエさんとラビラビさんに向き直れば、テーブルの上に試作品らしき物が並んでいる。

 早速メエメエさんがプレゼンを始めた。

「こちらは私のお勧めの新作です! 九月ということを考えて、おしゃれなストールとカーディガンにしました!」

 ストールはリネンを草木染したものに、縁取りに刺繍が入っている。

 薄手のカーディガンは緩やかな編み目で、シンプルながらも袖や襟が模様編みになっているね。

 案外普通で驚いた僕とバートン。

 というか、メエメエさんにしてはまとも過ぎて、なんか怪しい。

 僕の視線に気づいたメエメエさんがテーブルに飛び乗って、短い足をテシテシしていた。


「なんですか、その目は! 私も九九九回の試作品を却下されて学んだのです! 派手好きなルーク村人と、おしゃれなカミーユ村! 双方の差をつけてこそ、商売は成り立つのだと!!」

 胸を張って言っているけど、九九九も試作品を却下されたんだ…………。

 それでもへこたれないメエメエさんってすごいよね。

 妙に感心してしまったよ。

 チラリとラビラビさんを見れば、ため息をついて肩をすくめていた。


 品物を手に取ったバートンが、メエメエさんに質問をしている。

「ふむ。こちらは大銅貨一枚で販売できますか?」

 その言葉にメエメエさんが固まっていた。

 そこからつまずいていたらどうしようもなくない?

 ちょっとあきれつつも、バートンから手渡されたカーディガンに触れてみる。

 滑らかな手触りで、庶民が着るには品質が良過ぎる気がした。


「この糸は何を使っているの?」

「ルシア様に教えていただいた、大森林に自生している植物の繊維から作っています。ハイエルフたちもこの糸で秋冬の服を織るそうですよ」

 そう言ってメエメエさんが取り出したのは、綿よりも柔らかな糸だった。

「ふ~ん。綿でも絹でも麻でもない、新しい繊維かな?」

「こちらが原料の植物です」

 メエメエさんはあとから原材料の素材を取り出してみせた。

「そっちを先に出してよ」

 気が利かないんだから……。

 メエメエさんは無言で目を細めていたよ。


 早速、植物栽培スキルの鑑定さんがお仕事をしてくれる。


『下がり綿の木 / 大森林の自生樹。極寒冷地で育つ樹木から採取できる。夏にフワフワの花が咲いて結実し、ブ厚い綿の中に種ができ、重く吊り下がる。/ 保温効果が高く空気の層を作る。一個の実から大量の綿が採れる。特に薬効成分はない』

 

 ほうほう。

 マジックポーチから植物図鑑を取り出してみれば、自動で新しいページがめくられて、そこに木の姿が鮮やかに描き出された。

 それはなんというか、スモークツリーのような見た目の木だった。

 あんな感じの花が徐々に綿に変って膨らんで、重さで吊り下がってくるんだね。

 木なので綿花より収量が多く、放っていても毎年収穫できるようだ。

 野鳥や動物たちが巣作りのためにこの繊維を利用するそうで、その過程で種が運ばれるんだね。

 北に住む生きものにとっては、大事な樹木なんだ。



「へぇ、おもしろい植物があったんだね。特に薬草のような効能はないけれど、これは役に立つ植物だよ。それで、これを植物園で増やしたの?」 

 メエメエさんはコクリとうなずいた。

「そうです。アルパカエリアの隣に森を作りました。一本の木から大量の綿が採れましたよ。綿の中にあった種を育てて苗を作り、さらにアッシュシオールの湖の気候に合うように改良して、現在は湖の東側に植えてあります。この秋には収穫できるでしょう」


 メエメエさんの話では、それを教えてくれたハイエルフさんたちに、情報料代わりに自由に採取してよいと伝えてあるそうだ。

 ルシア様も「近くで取れたら助かるわ」と言って、たいそう喜んでいらしたとか。

 それはまったく構わない。

 ルーク村からは遠いけれど、従士ならば採取に行ける場所だから、『大森林で採取できる希少な綿』で通用すると思うよ。


 メエメエさんはさらに言いつのってくる。

「この植物が実在するのは間違いないですから、販売しても問題ないと思います!」

 今回は必死だね。


 僕はバートンを振り返った。

「見た目はシンプルで色味も華美じゃないよ。一周年記念セールなんだから、数量限定で大銅貨三枚というのはどうだろう? 売れても売れなくても、ちょっとした目玉商品にはなるんじゃないかな?」

 僕の言葉に、メエメエさんは瞳を輝かせてコクコクとうなずいていた。

 そんなメエメエさんと僕を見て、バートンが目を細めて同意してくれたんだ。

「さようでございますね。最終的なご判断はリオル様に仰ぐことになりますが、あえて値段を上げて売るというのは、よいお考えかと存じます」

 おお! 

 バートンも好感触だね!


 そこで調子に乗ったメエメエさんが、ド派手な刺繍のバッグを取り出した。

「それではこちら、妖精界から仕入れた生地の図柄を、モチーフにした肩掛け布バッグです! この謎󠄀植物の色彩が最高でしょう!!」

 極彩色の謎󠄀植物に顔がついていて、不気味に笑っているよ!

 メッチャ毒々しいったらありゃしない!!

「この図柄のどこが最高なのよッ! 却下に決まってるでしょ!!」

 僕が叫ぶと同時に、バートンがメエメエさんからスッと奪い取っていたよ。

 バートンは柄のない部分を摘まんでいた。

 なんかわかる~。

 その絵に触ったら呪われそうだもんね!


「ストールとカーディガンはいいけど、こっちはダメだよ!」

 もう一度はっきりキッパリ不採用を伝える。

「ああ、私の渾身の力作がぁぁ~~!?」

 メエメエさんはテーブルに突っ伏して、メソメソと泣き真似をしていた。

 どうやら最初のおしゃれストールとカーディガンは、こっちを出すためのカモフラージュだったようだね。

 メエメエさんはどこまでいってもメエメエさんだったよ。

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