ソフィーの独り言~第317話もうひとりの子~
あたしはソフィー。
孤児院出身の女の子よ。
あたしは捨て子で、親の顔を知らないわ。
危険な大森林の街道沿いに捨てられていたんですって。
孤児院の養母様は「あなたは強運の持ち主よ!」と、いつも言っていたけれど、イイことなんて何ひとつ起こらないわ。
子どもだと思って、いつも適当なことを言っていたのよ。
神殿で毎日掃除をして神様にお祈りしても、奇跡なんて起きるはずもないの。
ああ、イイことなんて何ひとつ起らないんだわ。
私が十三歳になったころ、ご領主様から農作業員の募集があったわ。
土仕事なんて汚いだけで、私はまったく興味がなかったけれど、ミリーとビリーとノエルが立候補していたのよ。
まぁ、最年長のミリーの気持ちはなんとなく理解できたけど。
ミリーは来年の春には孤児院を追い出されるから、焦っているような感じがしたもの。
ミリーの誕生日が四月だったからよかっただけで、あと数日生まれるのが早ければ、十五になったと同時に放り出されていたのよね。
ミリーは親と死に別れただけで、誕生日もはっきりしていたから運がいいわ。
私なんか拾われたその日が誕生日ですもの。
ミリーたちが働きに出るとき、私と同年のエリックがとてもうらやましがっていたの。
「俺も来年になったら立候補するぞ!」
何をそんなにムキになっているのかしら?
「土と汗にまみれて働くのよ? 汚いじゃない」
そう言った私を、エリックは冷たい目で見つめていた。
「お前わかってねぇな! お前だって再来年の三月には、小銭だけ渡されてここを追い出されるんだぞ? ミリー姉は一年働いて金を貯めようとしているんだよ! 真面目に働けば、来年以降も使ってもらえるかもしれないだろ? ビリーもノエルも、それを考えているのさ! 十三歳のお前が行かないのは馬鹿だぜ!」
エリックは勝手なことを言って、さっさと部屋を出ていった。
「何あいつ!」
私がムシャクシャして乱暴にホウキを扱っていたら、水の入ったバケツを転がしてしまった!
下の子たちが騒ぎ立て、結局養母様に叱られてしまった。
全部の後始末を押しつけられてしまったわ!!
エリックが余計なことを言ったせいよ!
翌年の春には、新たな農作業員募集があった。
エリックが張り切っていたので、一応私も立候補してみた。
すぐ使ってもらえるのかと思ったら、ご領主様の執事様との面談があったの!
引っ込み思案な私はあまり上手に話すことができなかったけれど、同席した養母様がうまく私を紹介してくれたわ。
「子どもの時期は人つき合いが苦手でも仕方がないでしょう。真面目に働いていただければ、問題はありません」
怖そうな顔の執事様は、そう言って私を採用してくれたのよ。
あとから養母様から注意されたわ。
「今はいいけれど、ほかの人と仲良くして、輪の中に馴染むようにしなさい。ミリーも真面目にがんばったからこそ、卒院後に本採用していただけたのよ。あなたもしっかり働くのですよ」
あーあ!
いつも私だけガミガミ叱るの!
「わかってます!」
私は養母様の手を振り切って、走って部屋に戻り自分のベッドにもぐりこんだ。
だれも私のことなんか、わかってくれないんだから!!
四月半ばに、いよいよ農作業が始まった。
本当は行きたくはなかったけれど、エリックに叩き起こされて、しぶしぶ孤児院を出発した。
もたもた歩く私を振り返りもせず、ビリーとノエルは進んでいく。
エリックは気にかけてくれていたけれど、そんな彼をビリーが叱った。
「放っておけ。やる気がないヤツはご迷惑になるだけだ」
ビリーは無口なくせに身体が大きくて大嫌い!
今も偉そうにして私をいじめるんだわ!
農作業が始まると、朝から晩まで働かされた。
お昼ご飯と三時のおやつが出るのはよかったわね!
私が少し手を止めると、ビリーやノエルが「サボるな!」とすぐに怒鳴るのよ。
私は女の子なんだから、もっと労わるべきだわ!
こんな汚い土いじりなんて、か弱い女の子の仕事じゃないと思うの!
爪の中に土が残っていて、洗ってもなかなか取れないのよ!
しょっちゅうミリーにも叱られたわ。
本採用されたからって偉そうにして、一々指図しないでほしい!
イヤだイヤだという気持ちでいっぱいになって、ときどき出勤しないとお給料がもらえないのよ?!
「当たり前じゃない。見習いたちは時給制なのよ? 最初に執事様から説明があったことを、ちゃんと聞いていなかったの? 嫌なら途中で辞めてもいいって条件のこともよ? やる気がないのなら、自分からはっきりと執事様にお断りしなさい!」
ミリーは冷たく言い放ち、その後は一切口出しをしなくなった……。
そんな感じでズルズルと働いて、農作業のない冬になると、お屋敷の作業場で魔除玉を黙々と作った。
単調だけど農作業よりは楽だし、私はこっちのほうが好き。
途中で侍女様からジャム作りを教わった。
そのときの侍女様とミリーの会話で、村にジャム工房ができたことを知った。
魔除玉作りより、そっちのほうがなんだか楽しそう!
私は一生懸命侍女様にジャム作りを習い、村のジャム工房で働けないかと相談してみたの。
そしたらなんと、春からそっちで研修扱いにしてくれたわ!
ああ、これで三月に孤児院を追い出されても、なんとかやっていけるじゃない!
ようやく私にも運が向いてきたと、私は浮かれていた。
三月の卒院の時に、執事様から今までの給金がまとめて支払われた。
その時に村での生活費が月いくらかかるとか、そんな話をされていたけど、生まれて初めて自分のお金を手にして舞い上がっていた私は、きちんと聞いていなかった。
ただひとつわかったことは、村内の長屋に部屋を用意してもらえること!
家賃は研修期間の半年間はタダなんですって!
狭いけれど隙間風も入らない、私だけの部屋を手に入れたわ!
ジャム工房長は村のおばさんで、働いているのもおばさんが多かった。
おばさんたちは無口な私にも丁寧に仕事を教えてくれたわ。
お屋敷で侍女様に習っていたから、作り方なら完璧よ!
農作業よりはずっと楽だったけれど、給金がかなり安くてガッカリした。
そんな私を見たおばさんたちは笑った。
「そりゃ、当たり前さ! 重労働が高いに決まってるだろう?」
「それだって土魔法か水魔法が使えたら、作業がグンと楽だろうよ」
「そうだよ! 昼食もおやつも出て、雨の日は休みなんて、うらやましいねぇ」
「家事に休みなんてないしねぇ!」
おばさんたちは大きな声で笑っていた。
ああ、そういえば。
こっちにきてから、お菓子も食べられなくなったなぁ……。
ジャム工房に移って半年したころ、執事様が訪ねてきて、「こちらで正式に働きますか?」と聞かれた。
今更農作業なんて嫌だったから、私は素直にうなずいた。
「それではこちらにサインをお願いします。現在のお住まいは、今度はご自身でお支払いください。こちらの給金でも十分に生活していけますので、無駄遣いをせずに、堅実な人生を歩んで行ってください」
そう言って執事様は帰っていった。
執事様の言ったことは間違いなかった。
家賃を支払って自分で自炊して暮らしていく分には、十分な給金だった。
けれどちょっと無駄遣いをするとすぐに足が出て、中々蓄えるまでにはいかない。
ジャム工房のおばさんたちが食材や料理をお裾分けてくれて、いろいろ目をかけてもらっているから、なんとか暮らしていけている。
「女ひとりで安全に暮らせるだけで、幸せなことだよ」
近所の未亡人のおばさんが、そう言って声をかけてくれたりもした。
「行く当てもなく遠い街に出たところで、場末で身をやつして終わりさ」
おばさんは寂しそうにつぶやいていた。
身内にそういう人がいたのだと、噂話で聞いたわ。
ああ、私はまだマシ!
私は運がよかったの!
そう思って数年が過ぎたころ、村でミリーの結婚式がおこなわれた。
村中の若者が集まって、ミリーと旦那さんをお祝いしていたわ。
どんな男の人だろう?
気になってコッソリのぞきに行ったら、ミリーは素敵なドレスを着て幸せそうに笑っていた。
隣の旦那さんらしき人は、かっこよいとは言えないけれど、優しそうな人だった。
ボーッと人込みの中に立っていたら、遠くで話す声が聞こえた。
「働き者のお嫁さんで良かったわね!」
「まったくだよ! ご領主家の使用人なんて将来安泰で、うらやましいわよね!」
「ご覧よ、あのドレスと花束も、ご領主様からの贈り物だってさ!」
「そうなんだよ。親のない子だからと、侍女様が目をかけてくださって、あんなきれいなドレスを仕立ててくださったんだよ……。ありがたいことだねぇ……」
花婿の母親の声だろうか。
その最後の言葉が耳から離れなかった。
真面目にがんばって、幸せを掴んだミリー。
不真面目に逃げて、日々の暮らしがやっとなだけの私。
ああ、もっと真面目にがんばればよかったの?
そのあとでふらりと孤児院を訪ねてみたことがあった。
養母様も神官様もご健在だった。
ずいぶんと子どもがいないと思ったら、そのあとも農作業員に採用されて、卒院した子はすべて無事に働き場所を見つけたという。
「今いるのは十三歳になったカリンだけよ。今は農作業で研修に行っているわよ。朝はひとりだけだけど、卒院した子たちが夕食を持ち寄って一緒に食べていくのよ。ここは食堂じゃないって、何度言っても聞かないんだから」
養母様は少し丸くなった顔で、朗らかに笑っていた。
そしてそっと私の手を取って言った。
「あなたも真面目にしっかり働きなさい。がんばればきっとよいことが訪れるわよ。神様はいつでも見守っていてくださるわ」
がんばらなかった私でも、神様は見守っていてくれるのかな?
それからしばらくして、同じ長屋に住む少し年の離れた男性と結婚することが決まった。
ジャム工房のおばさんたちは口々に「良かったねぇ」と言って、喜んでくれた。
私の相手もお世辞にもカッコイイとは言えないけれど、真面目な働き者だった。
結婚した翌年には子どもも生まれ、私はささやかな幸せを手に入れたわ。
***
忘れられているかもしれませんが、孤児院出身ソフィーちゃんのお話でした。
四章でやってきて、五章ジャム工房に移った女の子です。
なぜかこの子を書いておきたいなと、思い立って書きました(笑)
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