パパンとジジ様の内緒話~第292話~

 ハクが談話室を出て部屋に戻ったあと、レイナードは義父であるジルに話を切り出した。

「実はお義父上様に、折り入ってご相談したいことがございます」

「うむ、話してみよ」

 レイナードの改まった態度に、ジルも聞く姿勢になった。


 去年の晩秋に、ローテ領へポーションと食料を援助したときの詳細を、レイナードはジルに語って聞かせた。

 その時に単騎で乗り込んできた、向こう見ずなご令嬢のことも。


「褒められた行動ではありませんでしたが、あのご令嬢の行動がなければ、ローテ領の窮状を知ることはなかったでしょう。同じくラグナード辺境伯家の寄り子として、わずかばかりですが手を差し伸べさせていただきました」

 レイナードはそう言って軽く頭を下げ、ビクターが補足を加える。

「この件に関しましては、ラグナード辺境伯様へご報告書を提出しております。特にお咎めはございませんでした」


 それを聞いてジルも鷹揚にうなずいた。

「うむ、構わぬであろう。小さな村ひとつのローテ領が、流行病で全滅するようなことがあれば、援助を差し伸べなかったラグナード家がいわれのないそしりを受ける可能性もあっただろう。その辺はレオンもわかっておろう」

 カルロも背後で同意していた。


 それにしてもと、ジルはため息を吐いた。

「ローテ卿も我慢強いのはいいが、倒れてしまっては元も子もない。流行病に罹患した領民が難民化して流出するような事態になれば、周辺に迷惑がかかることもわかっておろうに……」


 手厳しい発言だったが、その可能性もあったのは確かで、そうなった場合は後々大きな問題になっていたかもしれない。

「今のラドクリフ領は大丈夫であろうが、困ったことがあれば、取り返しがつかぬ事態になる前に報告を上げよ」

「御意」

 レイナードは礼節を持って頭を垂れた。


 さて、ここからが本題だ。

「実はそのローテ領のソレイユご令嬢のことなのですが、レンの妻に迎えたいと考えています」

 レイナードの言葉に、ジルとカルロは目をしばたたかせた。

「ほう、こう言ってはなんだが、ローテ領はうま味のない貧乏領だぞ?」

 ジルは肘掛けに腕を乗せ、おもしろいものを見るように、レイナードに視線を向けてきた。

 レオナードも小さく笑う。


「王都で何度かお見合いをさせていただいたようですが、残念ながら縁を結ぶことはかないませんでした。ラドクリフ家が街道整備に多額の借金を負ったことが、噂で広がっているようでございます」

 レイナードが神妙に伝えれば、そのからくりを知っているジルは豪快に笑った。


「その噂を広げたのは、ラドクリフ卿自身であろう? 税務の報告書に多額の借金が記載されただけで、噂はすぐに広がる。王城の雀どもは人の不幸をよくさえずるぞ!」

 背後に立ったカルロも、口元に薄い笑みを浮かべていた。

 レイナードとビクターは、彼らのようすをほほ笑みながら伺っていた。


 ジルの笑いが収まったころ、改めて切り出す。

「そのような困窮するラドクリフ家に、嫁入りしてくださるご令嬢は皆無かと困っていたところに、件のソレイユ嬢が現れました。ラドクリフ家とローテ家、ともに最下級の男爵家です。縁づいたところで、どなたの脅威にもなりますまい」

「ふむ」と、ジルは考えを巡らせる。


 地理的に考えれば、ラドクリフはラグナードの北東に位置し、ローテ家は南西の端に位置する。

 ふたつの領の外は森と山しかない。

 ローテ家の隣領はオーウェン伯爵領で、レオンの妻セシリアの生家だ。

 すべてがラグナード家の親類として結ばれることは悪いことではない。


 一方王城から見れば、ラドクリフ家とローテ家が縁づいたところで、貧乏男爵領同士の馴れ合いとしか思わないだろう。

 地理的なつながりを懸念する声が上がる可能性はあるが、所詮はド田舎の村ひとつふたつしかない領だ。

 なんとでもできようか?


「うむ、悪くはないな」

 ジルは納得したようにうなずいた。

「不利益があるとすれば、ラドクリフ家がローテ家に、そこそこの支援をしてやる必要が出てくるぞ?」

 ジルがからかうように言った。

「それはもう、細々と食糧支援をおこなうくらいは、我が貧乏領でもなんとかできるでしょう」

 レイナードが笑顔で告げれば、ジルはまたしても大笑いした。


 そしてジルは自分の膝を大きく打つ。

 その破裂音とともに叫んだ。

「よかろう! レオンに話をつけてやろうぞ!」

「ありがとうございます」

 レイナードとビクターは深々と頭を下げた。


「つきましてはもうひとつご相談がございます」

「言ってみろ」

 ジルはご機嫌なようすでテーブルのグラスを手に取った。

 琥珀色の液体と、グラスの中の氷がカラリと揺れた。


「はい。ソレイユ嬢に関してですが、王都学園に入園できておりませんので、男爵家夫人となるにはいささか教養が不足しております。つきましては一年ないし二年ほど、信頼のおけるご夫人の元で花嫁修業をお願いしたいと考えております」

「そうだな。貴族の魑魅魍魎どもに標的にされる姿が目に浮かぶな……」

 ジルは苦々しい顔で美酒をあおる。


「それでしたら、大奥様にお願いしてはいかがでしょうか? 行儀作法から一般教養並びに、薬学の知識も授けてくださるでしょう。厳しさのあまり逃げ出すようであれば、そもそもラドクリフ家では務まりません」

 カルロが提案すると、ジルは笑顔になった。

「ああ、それがいい! ばあ様に押しつけてやれ! あれに任せておけば、天下に恥じぬ淑女に育てようぞ!!」

 室内にジルの豪快な笑い声が響き渡った。


 なんとかうまく行ったぞと、レイナードとビクターは内心でホッとしていた。

 あとは現ラグナード辺境伯のお口添えをいただいて、正式に結婚の打診をすればいい。

 レイナードの懸案が解決しそうで、ひとつ肩の荷が下りた。


 

 数年後にはカミーユ村に領主館を移動し、レンに領主の座を受け渡したい。

 それには新しい侍女を雇い、従士たちも育てなければならない。

 やるべきことはまだまだたくさんある。

 いずれはルーク村の屋敷をリオルに譲り渡し、レンとリオルを助け、そして私はハクを守りたいと考えている。


 侍女のマーサはハクにかわいいお嫁さんを迎え、かわいい孫を腕に抱くまでは元気に生きると言っていた。

 バートンも同じように、ハクの側に生涯仕えるとほほ笑んでいた。

 あの小さくてのんびり屋のハクを守りたいと願う心はみな同じだろう。


 私たちは、あの子のために生きていくのだ。

 命が尽きるその日まで、側でハクを見守っていく。

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