マーサの独り言2~ペコラちゃんの秘密~

 ある日メエメエさんが、お屋敷で仕事をしていたマーサのもとへやってきた。

「マーサさん、ペコラちゃんたちの羊毛から紡いだ毛糸ができましたので、どうぞご自由にお使いください」

「まぁまぁ、ありがとうございます!」

 マーサはパッと瞳を輝かせて、メエメエさんから毛糸が入った袋を受け取った。

 中を確認してみると、茶色い毛糸玉と真っ白な毛糸玉がたくさん入っていた。

 

「これだけあれば、坊ちゃまのカーディガンが編めますわ。セーターも編めそうかしら?」

「そうですね。足りなければ声をかけてください」

 メエメエさんもうなずいた。

「グリちゃんたちにミトンの手袋も編もうかしら!」

「喜ぶと思いますよ」

 マーサはふと顔を上げてメエメエさんを見た。

「メエメエさんとラビラビさんは……」

「我々精霊獣は不要ですよ? 自前のモフモフがありますから」

 メエメエさんはニコニコ笑って、スーッと飛んでいってしまった。

 その後姿を見送ったマーサも、納得したようにうなずいていた。



 夏が過ぎ秋の風が吹き始めたころから、マーサは仕事の合間を見て編み物を始めた。

「ハク様も少しずつ身長が伸びてきましたから、余裕を持って大き目に編みましょうね」

 毛糸は九割が茶色で、白色は一割だけ。

 白色羊はペコラちゃんだけだから仕方がない。

「基本は茶色で、白いラインを袖口とすそに入れようかしら? そんなに汚すこともないでしょうし、ハク坊ちゃまの浄化魔法は天下一品ですからね」

 マーサはさっそく編み物に取りかかる。

 まずは前身ごろを二枚、お次は後ろ身ごろ、袖は二枚に、襟のパーツを編んでいく。

 マーサはひと編みごとに、坊ちゃんが健やかに育ちますようにと、願いを込めて編んでいた。

 無意識に癒しの魔法を織り込んでいたなんて、気づいていない。

 完成したのは三月になってからだった。

 あくまでも仕事の合間の作業だったので、思ったよりも時間がかかってしまった。

「まぁまぁ、来期までお預けかしら? 大き目に編みましたから、大丈夫でしょう」

 マーサは防虫ポプリと一緒に、引き出しの中にしまうことにした。

 セーターはこれから編めばいいと、先にグリちゃんたちの手袋を編むことにする。

 小さなミトン型の手袋が六双。

 これはすぐに編み終わってしまった。



 マーサが編んでお蔵入りしていたカーディガンは、思いがけず、すぐに着る機会がやってきた。


 ある日、ハクが急に倒れて眠り込んでしまったのだ!

 心配するマーサやリリーに、メエメエさんやアルシェリードは「大丈夫だ」と言った。

 ふたりがそう言うのならばと、マーサも渋々納得していた。

 それでもちょくちょくハクのお部屋をのぞきに行っては、おでこや頬をなでたりしてみる。

「へいきだよー」

「ねんねしてるのー」

 グリちゃんたちがハクの側にくっつきながら、口々にそう言って笑っていた。

「まぁまぁ、あなたたちがそう言うのなら、安心しても良いのでしょうね……」

 マーサはまた癒しの魔法をハクに注いで、それからお部屋を出ていった。



 その翌日に事件は起きた。

 朝の朝食の準備をしていると、バートンがマーサを呼びにやって来た。

「マーサさん、済みません。急ぎ、旦那様のお部屋へお願いいたします。ハク様が目を覚まされたのですが、幼いころのように御髪が急に伸びておられます。さらに少し成長していらっしゃいます」

 バートンの言葉に、マーサはハクの幼少期の髪切り事件を思い出した。

「すぐにハサミを取ってまいります!」

 ハクは魔力が多いせいか、髪を切ってもすぐに伸びてしまうのだ。

 あの時は大変だったと、遠い記憶を思い出した。


 マーサはいったんバートンと別れ、道具部屋に散髪ハサミとクシを取りに向かう。

 その時ふと、「少し成長していらっしゃいます」と言った、バートンの言葉を思い出した。

 マーサは自室に寄って、しまっておいた大き目のカーディガンを抱きかかえると、急いで二階へ向かう。

 途中で衣裳部屋に寄り、バートンにそのカーディガンを手渡した。

「バートンさん! これは坊ちゃまのために編んでいたカーディガンです。大き目に作ってありますので、どうぞご使用ください。レン様とリオル様のおさがり服は、奥の衣装箱にしまってございます!」

「ありがとうございます」

 バートンがうなずいて受け取ると、マーサは旦那様の部屋へと急いだ。


 ハクのお部屋の扉は薄く開かれていた。

 そのお部屋の前を通って奥の旦那様の私室へ向かう。


 そこには以前よりも髪が伸びて、しょんぼり涙目になっているハクがソファに座っていた。

 マーサはレイナードとレンをグイグイ押しのけて、ハクの前にしゃがみこんだ。

「マーサァ……、また髪が伸びちゃったよぅ……」

 頼りなさ気なハクの顔を見れば、少し顔色が悪い。

 確認してみれば熱はなく、頭痛も腹痛もないという。

「ただ、重だるい感じ……」

 いずれにしても、体長が良くないのは間違いない!


 マーサはハクを落ち着かせるように宥めてから、ゆっくりと癒しの魔法を注いだ。

 少しするとハクの頬に赤みが差して、体調が良くなってきたようだ。

 マーサはホッと安心して、ハクの頬から髪をなでて、それから優しく抱きしめた。

 ハクは甘えるように抱きついてくる。

 こういうところは、まだまだ成長しきれていないようだ。


「お顔の色が良くなりましたね。まずは身支度を整えて、温かい朝食をいただきましょうね」

「はーい」

 背中をポンポンとたたいてやれば、小さいころのように素直に返事を返した。

 そのようすを黙って見つめていたレイナードとレンも、安心したように穏やかに笑っていた。

 

 そのあとはハクの髪を切りそろえ、着替えをさせる。

 途中でメエメエさんがマーサに蹴飛ばされていたのはご愛嬌。

 切った髪を巡っての精霊さんたちのやり取りに、居合わせた全員が目を見張った。

 ハクには本当に驚かされることばかりだ。

 当のハクが一番驚いていたけれど。


 髪を結んだあとはレンのおさがりに着替えさせ、マーサの手編みのカーディガンを着付けてゆく。

 小柄なハクには少し大きいが、ダブッと来た感じがかわいらしい。

 マーサは前ボタンを閉じて、肩や袖口を確認している。

「少し大きいですから、お袖はひとつ折りましょうね。丈はお尻が隠れますから温かいと思いますよ!」

 自分で編んだカーディガンの出来栄えに、大満足のマーサだった。

 居合わせた全員が、笑顔でうなずいていた。



 このあとマーサは、大急ぎでレンのおさがりの丈詰めをした。

 当面のあいだ着る服を用意しなければならない。

 リリーと手分けして何着かを仕上げると、しっかりプレスしてハクの部屋へ運ぶと、チェストとクローゼットにしまってゆく。

 その時ふと下の方を見れば、使われなくなった小さな扉が目に映った。

 この扉から出入りしていた住人はもういない。

「あなたの扉の前をふさいでしまいますが、許してちょうだいね」

 そう言って、マーサはそっとクローゼットの扉を閉めた。

 

 そのあとは、大急ぎでセーターを編み始めた。

 今度は白い部分を多めにしよう。

「いつかは真っ白なセーターを編みたいわね。きっとハク様にお似合いになると思うわ!」

 茶色の毛糸が余ったら、レン様とリオル様のベストを編んでもいい。

 マーサはウキウキ気分で夜遅くまで編み物に勤しんでいた。

 気づいたバートンが、そっと味変ポーションを差し入れしていたらしい。



 ***


 マーサのカーディガンを着ると、ポカポカ温かなのはもちろん、体調が良くなってくるんだよね。

「マーサさんが心を込めて編んでくれたからでしょうか?」

 メエメエさんも首をかしげて、僕が着ているカーディガンににじり寄ってきた。

 ジーッと見つめるメエメエさん。

 しばらくして驚いたように叫んだ!

「大変です、ハク様!」

 んん?

「何が?」

 のんびりと返事をする僕の眼前にメエメエさんが迫ってきた!

 近いってば!


「カーディガンに回復魔法(弱)が付与されています!」

 えぇ?

 僕もカーディガンの裾を持ち上げて、網目をしっかり見るようにマジマジと見つめた。


『茶羊毛 / 魔力回復効果(微弱) / マナ草を主食で食べさせよう!』


『ペコラちゃんの白羊毛 / 浄化魔法(弱)・回復魔法(弱) / ペコラちゃんの白羊毛で作った衣服には癒しの効果がある。マナ草とヒール草を食べさせよう! 契約者との絆が深まれば、さらにレベルアップする――――かも? なお、ペコラちゃんの子孫にも能力は継承される』


 えぇぇ――――ッ!


「おお! ペコラちゃんはハク様の精霊獣進化スキルの影響を、こんな風に受けていたんですね! つまりペコラちゃん一族はその羊毛に回復魔法を宿す、特殊な白羊に進化したのです!! ラドクリフ家でどんどん増え続けるのですッ!!」

 メエメエさんが大喜びで叫んでいた!


 どうやらペコラちゃん自体は普通の羊さんだけど、真っ白な羊毛に魔力を宿す精霊獣に進化したらしい!


 このあと真っ白羊族はラドクリフ家の守り神として、代々守られてゆくことになる。

 初代のペコラちゃんを始祖とし、『ペコラ族』と改められるのは、まだまだ先の物語。

 ペコラちゃんは、まだまだ若いからね!


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る