リオル兄の独り言2~カミーユ村にて~

 カミーユ村で過ごす私のもとへ、ラビラビさんから封印紙と結界魔法陣の注文が届いた。

 その対価にと、ひとつの魔道具が送られてきたのだが、それを見た従士のライリーが首をかしげていた。

「注文数に対して、それひとつだけですか?」

 暗に割りが合わないと思っているようだね。

「ほかにも料理とデザートと、そのほかの物資も大量に届いていたよ」

 私は苦笑して手元の手紙を開く。


 ラビラビさん直筆の、簡単な魔道具の説明書が入っていた。

 あの兎の手で器用に字を書くさまを想像すると、なんともほほ笑ましいねぇ。

 内容を読めば、姿隠しの魔道具と書かれていた。

「へぇ、瞳や髪の色を変えられるようだね」

 そのままでも使えるようだが、ラビラビさんの一言メモがあった。


『認識疎外の魔法に、外見を劣化させて見える術式を取り込んでみては?』


 おもしろいことを考える。

 だが、それができれば、私も下手な変装をしないで村内を歩けるだろうか?

 この容姿のせいで、村内を移動するときは外套のフードを目深に被っているのだ。

 冬はいいが、夏は暑苦しい。

「ふむ、改良してみるか……」

 俄然やる気が湧いてきたぞ。


 そのほかにメエメエさんから、大量の地鶏肉とランマッシュルが押しつけられた。

「地鶏肉とランマッシュルは商業ギルドに卸してくれ。それにしても、今回も大量だねぇ……」

 思わずため息が出てしまった。

 あの黒羊殿はこちらの都合などお構いなしだ。

 替わりにラドベリーを大量に送ってくるのだが、さすがに食べきれない量がすでにマジックバッグの中に眠っている。

 まぁ、精霊魔力石も定期的に届けてくれるので文句もいえないが……。

 あきらめて次の荷物を確認する。


 お次はハクからの荷物だね。

 こちらはバートンの丁寧な字で目録が記されていた。

 決まった数のポーションと各種薬草と、解毒ハーブポーションの大ビンと葛粉が三十日分。

 トッピング用のリンゴとジンジャーも木箱も入っていた。


 商業ギルドに卸す化粧品類と予備在庫分もあるね。

 この化粧品の売れ行きが好調過ぎて、頻繁に催促が来るのだ。

 たまに商業ギルドの長と会談すれば、決まって化粧品の数量を増やしてくれと、しつこく食い下がられて、断るのに難儀をしている。

 融資を受けている関係上、無視もできない。

 バートンはその辺を見越して、余分を送ってくるのだろうね。



 流行病の対策で、この冬はカミーユ村で過ごしているが、こう見えて案外忙しい。

 カミーユ村の村長や自警団長らと話し合う機会も多い。

 防護壁門に設置した浄化石のメンテナンスもある。

 ラビラビさんとアルシェリード様が余計な機能をつけたお陰で、手間が増えたともいうね。

 この浄化石を盗もうとした間抜けな盗賊の話は、村内で笑い話になっているようだ。

 あのときの盗賊どもは、ラグナードの最上級ダンジョン……は無理だったので、監獄に放り込んでもらった。

 

 ほかには、従士や自警団とともに大森林に入って、魔物の討伐をおこなうこともある。

 あとは書類仕事をしたり、剣や魔法の稽古をしたり、魔道具を作ったり。

 その合間に封印紙と結界陣を作るわけだ。

 

 ***


 例年であれば、真冬のカミーユ村は外からの人流が減るのだが、今年は長期逗留する旅人や労働者が多く残っている。

 大きな街では流行病が広がっていると噂が流れ、それを恐れた者たちが留まっているのだ。

 カミーユ村では春になれば領主館の建築が始まると聞いて、あえて残った者もいるらしい。

 街道工事で蓄えた金を、カミーユ村で落としてくれるならば文句はない。

 お陰で村内は冬だというのに活気にあふれているよ。


 そしてその最たる要因は、防護壁門の浄化石と、村で無料提供している葛湯にあるだろう。

 毎日わざわざ防護壁門にやってきて全身を浄化し、葛湯を一杯飲んでから家に帰る者がいると、門番たちが笑っていたくらいだ。

 葛湯を作る村の女性たちも大忙しで、最近は日当を支払うように村長に指示してある。

 もちろん給金はラドクリフ家から支払われている。


 今季のカミーユ村では、風邪を引く者がいないという。

 流行病を抑えることに、成功しているといってもよいのではないかと思う。

 まだまだ、油断はできないけれど……。


 一見商売あがったりに見える村の薬師たちは、現在薬の生産で大忙しだった。

 隣のコラール村や他領からも、商人が薬の買いつけに来るそうで、作れば作るほど売れると、うれしい悲鳴を上げていた。

 朝に売り出せば、昼前には完売してしまうので、商業ギルドでも困っているようだった。

 実際にそれが原因で、昨年の秋に貴族家のご令嬢に無理をさせることになってしまった。――――ご令嬢が突っ走ったなどと、口に出してはいけないよ。


 それを踏まえて、必ず最低限の在庫を保管するように、父上が指示を出していた。


 肝心の薬草は当家から、タダのような値段で定期的に卸している。

 その代わりに、値段を釣り上げることがないように、領主命令を出しているのだ。

「村人の命を守れ!」

 それが最優先だと、薬師たちもわかっている。


 まぁ、悪徳商会にはふっかけても構わない。

 そういった輩からは、どんどんふんだくれと言ってあるからね!


 ***


 そんな忙しい最中にも、当然暇な時間はある。

 個人の自由時間は大切だ。

 その日はのんびりと、魔道具を改造して過ごしていると、従士のテオが私を訪ねてきた。

 話を聞いてみれば、近々婚約するというではないか。

 カミーユ村の女性とお付き合いしている話は聞いていたが、そこまで縁談が進んでいたとは初耳だった。


「実は正式に結婚が決まりまして、ルーク村の両親も呼んで、顔合わせをすることになりました!」

 テオは照れたように頭をかきながらモジモジして言った。

 居合わせたライリーが気持ち悪そうに見ている。

 まぁ、私もちょっと引くくらいには、テオの顔が崩れているね……。


「お相手はカミーユ村の自警団長殿の息女だったかな?」

「そうです! 彼女は俺が従士であることも理解してくれています! 結婚後も変わらぬ忠誠をラドクリフ家に捧げる所存です!」

 テオがビシッと最敬礼しながら叫んだ。

「うん、今後もよろしくね」

 テオを疑う気は微塵もないよ。

 少なくとも、元従士長のロイが認めているならば、相手のお嬢さんに問題はないだろう。

 その辺は父上にも了承を取っていることだろうし……。



 たかが辺境の弱小男爵家とは言え、仕える従士には厳しい規律が存在する。

 有事の際は、何よりも主家の命が優先されるのだ。

 妻になる女性には、その覚悟が必要だ。

 耐える覚悟。

 語らぬ覚悟。

 帰らぬ覚悟。

 いざとなれば、己が命を絶つ覚悟。


 カミーユ村の自警団長には何度も会っているが、彼の息女ならばその覚悟が身についているだろう。


「それならば顔合わせの席に、ラドクリフ家からも祝いの品を贈ろう」

「ありがとうございます!」

 テオは満面の笑顔で謝辞を伝えた。



 さっそくルーク村に手紙を届けてもらおう。

 仮住まいにしている小さな屋敷内にいるミディちゃんを探す。

『カミーユ村にもミディ部隊がたくさんいますから、何かありましたらご用件をお伝えください。全員がマジカルポシェットを所持していますから、速達もすぐに届きますよ!』

 そうメエメエさんに言われている。


 窓の外をのぞけば、小さな庭に風の中級精霊が飛んでいたので声をかけた。

 その子に「手紙を届けて」とお願いすれば、コクコクとうなずいて、受け取った手紙をマジックポシェットにしまっていた。

 その仕草がかわいらしく、思わず口元がほころんでしまう。

「よろしくお願いするよ」

 頭をなでてやれば、ニッパーと輝く笑顔を振りまいていた。

 癒されるねぇ。

 


 それから一週間後に、ルーク村からロイとその妻ハンナが訪ねてきた。

「やぁ、久しぶりだね。カミーユ村へようこそ。馬車での移動は大変だっただろう?」

 前半はふたりに、後半は初老のハンナに向けたものだ。

 雪道の馬車移動を気遣えば、「大丈夫ですよ」と朗らかに笑っていた。


「お久しぶりでございます、リオル様。お元気そうで何よりですぞ!」

「ご無沙汰しております。お目にかかれて光栄でございます、リオル坊ちゃま」

 挨拶を終えると、ふたりに席を勧めた。


 息子の婚約とあって、ふたりは大層喜んでいた。

「旦那様から、カミーユ村の新屋敷ができたあかつきには、テオを従士長にとご指名いただきました。まことにありがたく存じます」

 ロイは厳めしい顔で、表情を取り繕いながらも、うれしそうにしていた。

 私も父上から連絡をもらっているので、静かにうなずいた。


「いずれは兄上がこちらで領を治めることになるだろう。そのときはテオとライリーに、兄上を支えていってもらいたいと考えている。これから変わっていくラドクリフ領を、みなで支えてくれ」

 私が笑顔で伝えると、ハンナは涙ぐんで頭を下げていた。

 理由を聞けば、「あのお小さかったリオル様がご立派になられて」、だそうだ。

 ロイがハンナを諫めていたが、私は笑ってそれを止めた。

 幼いころは、マーサがハクで手いっぱいのときに、ハンナには世話になることもあったからね。

 まぁ、レン兄上も私も、優秀で手のかからない子どもだったが。


 ハクとは違って。


「息子が手元を離れて寂しいとは思うが、これからもルーク村を守る手伝いをして欲しい」

「もったいないお言葉でございます」

 ロイは深く頭を垂れていた。


 ***


 テオの婚約者との顔合わせの席に、ルーク村の屋敷から祝いの料理とワインが届けられた。

 ラガービールの小樽を目にして、ロイが一番大喜びして、ハンナに叱られていたらしい。

 ハクに頼んでいた花束は、清楚な白とピンクのバラをメインにしたもので、相手の女性が感激していたそうだ。

 何はともあれ、喜んでもらえたようで安心したよ。



 ついでにと、私の執務室にもミディちゃんたちが花を活けていった。

 執務室に入ってきたライリーがその花を見て驚嘆していた。

「わぁ! なんですか、この毒々しい花は!」

「メエメエさんからの贈り物だね。『潤いがないだろうから、花を飾りなさい』と、メッセージが届いていたよ」

 私はため息を吐いて、その活けられた花を見た。

 毒々しい鬼百合・黒百合・グロリオーサなどが目に痛い。


「これはメエメエさんの嫌がらせかねぇ……」

「はぁ……、お羊様の怒りでも買ったんですか?」

 私はライリーを見た。

 真顔で見つめたら、ライリーが視線をそらしていた。

 少しだけ考えてみる。

「あれかもね。このあいだ封印紙の納品を少なくしたから、もっと寄越せと、催促が届いていたんだよ」


 私はメエメエさんからの手紙をヒラヒラと振って見せた。

 そのあとは適当に破いて暖炉に放った。

 メエメエさんの手紙はよく燃えて、跡形もなく消え失せたよ。

「良い紙は燃えるのも早いね、はっはっは」


 ライリーが顔を引きつらせていた。



 ***


「ああ! 今回は封印紙がこれだけ! 結界魔法陣も足りません! しかも追加の精霊魔力石を寄越せですって?!」

 メエメエさんがリオル兄の手紙にブチ切れていた。


 ラビラビさんが届いた封印紙と結界魔法陣を受け取って、ため息を吐いた。

「まぁ、今回はこれでいいですよ。あちらも忙しいでしょうし?」

 ラビラビさんが声をかけても聞こえないようだ。


 メエメエさんは目を三角にして、お怒りマックス状態だった。

「こうなったら、しばらくラドベリーはお預けデッス!!」


 そのようすを見ていた僕は思った。

 なんだけ?

 コブラ対マングースだっけ?

 リオル兄とメエメエさんもそんな感じなのかな?


「リオル様のほうが、いささか優位のようですね」

 バートンが小さく笑った。


 だね!

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