ソレイユの独り言 おまけ
お屋敷ではマーサとリリーが楽しそうにお話をしていた。
「やっぱり女の子がいるといいですよね」
リリーがケーキを食べながらつぶやけば、マーサも真剣な表情でうなずいた。
「ええ、そうね。奥様がお亡くなりになられてから、ドレスに触れる機会も少なくなりましたものねぇ。たまに奥様のドレスを陰干しするくらい……。メエメエさんが大急ぎでドレスをご用意くださって助かりましたよ」
マーサもお茶を飲みながらホッと息をついた。
「あのボルドーの生地は素晴らしかったですわ! ラグナード家でもあのような生地は見たことがありませんもの!!」
リリーが興奮したようすで瞳を輝かせた。
「まぁ、辺境伯夫人でも持っていないようなドレスなの? だったらお譲りして良かったのかしら?」
ちょっぴりマーサが眉を下げた。
「そうですわね……。ですがソレイユ様のご実家のご事情をお考えいたしますと、お屋敷内でおこなわれる行事でしか、お召しになる機会はないかもしれませんわ……」
リリーは少しだけ憐みを帯びた視線を、手元のケーキに落す。
最後に見せたカーテシーでは、下級貴族のお茶会への参加も難しいだろう。
かつて上位貴族のラグナード家に仕えていたリリーとマーサは、そのことに気づいて、悲しくなってしまった。
「良いお嬢様でしたのに」
「もったいないですわね」
「それにしても、いずれはレン様も奥方を迎えられます。カミーユ村にお屋敷を建てるとおっしゃっていましたから、いずれはリリーに向こうに行ってもらわないといけないわねぇ」
マーサがなんの気なしに言った言葉に、リリーが反応する。
「ええ! それは困ります! 温泉も、おいしいお料理も食べられなくなってしまいますもの!」
「でも、私にはハク坊ちゃまがおりますもの。奥様にもハク様をよろしくと頼まれました。少なくとも、ハク様がかわいいお嫁さんをお迎えになる日まで、……いいえ、かわいいお孫様をこの腕に抱くまでは、ここを離れるわけにはまいりませんよ!」
マーサも熱弁を振るって対抗した。
リリーは「ぐぬぬ」していた。
「こうなったら、ミケーレに侍女仕事ができるお嫁さんをもらうしかありませんね! ラグナード家の侍女仲間にそれとなく良い子がいないか聞いてみようかしら?」
「それはいいわね! お屋敷ができてレン様に代替わりされるまでに、私たちで立派な侍女に育て上げましょう!」
リリーとマーサはにっこりとほほ笑みあって、握手を交わしていた。
***
レンの仕事を手伝っていたミケーレが、大きなくしゃみをして、悪寒に震えていたらしい。
「風邪かい? 葛湯を飲んで休んだ方がいいぞ?」
レンがミケーレからちょっと距離を置いて言った。
「平気です。断固として流行病ではありません!」
ミケーレはムキになって答えていた。
***
執務室のレイナードとビクターは、仕事が一段落して休憩をしていた。
「勉強不足は否めないが、あのお嬢さんはレンにどうだろうか?」
レイナードが何気なくつぶやいた言葉を、ビクターは聞き逃さなかった。
「素直で健気なお嬢様でしたね。まさか大森林の街道を、ご令嬢が単騎で駆けてくるとは思いもしませんでしたが」
ビクターは苦笑しながら答える。
レイナードはそんなビクターの顔を見て、大きくうなずいていた。
「無謀で褒められたことではないが、根性と胆力がある。あの子ならここでもやって行けると思わないかい?」
ビクターも腕を組んで真剣に考え始めた。
「そうですね。家格も同じ男爵家ですし、ともにラグナード家の寄り子です。どちらも力の無い下級貴族家ですから、婚姻を結んでも周りからとやかく言われることもないでしょう……」
その言葉を受けて、レイナードも明るい表情で相槌を打った。
「まだ十六歳だから、一度どこかに行儀見習いに行ってもらう必要があるが、レンとの釣り合いも取れていいと思うんだ。お義父上様が戻られたら、一度相談してみるか……」
「そうですね。ラグナード家の意向を伺う必要はあります」
ビクターはいったん言葉を切って、そしてレイナードを見ておもしろそうに笑った。
「ジル様が戻られたらなんて、本来はあちらがご実家ですのに! 御大もすっかり我が家の一員になられましたね」
それにはレイナードも声を出して笑っていた。
「まったくだな! いつの間にか、ラドクリフ家にいるのが当たり前になってしまっているよ。良き方と深き縁を結んでくれたアリスリアとハクには、感謝しなければいけないね」
レイナードは穏やかに目を細めて、窓の外に広がる空を見つめていた。
***
「一晩で冊子を仕上げてくれてありがとうね、バートン」
僕が笑顔で告げれば、バートンはにっこりとほほ笑んだ。
「いいえ。お役に立てましたら光栄でございます」
そう言って、そっと僕の前にキャラメルラテのカップを差し出す。
おお!
かわいいウサギのラテアートが描かれているよ。
「バートンさんのイラストも秀逸でした!」
メエメエさんも絶賛していた。
メエメエさんに用意されたのは抹茶ラテで、羊のラテアートだった。
「共食いならぬ、共飲み?」
うっかりつぶやいてしまった僕に、もれなくメエメエさんのモフモフアタックが炸裂した。
「ソレイユ様にお預けしたマジックバッグの中に、ほかに何を入れたの?」
キャラメルラテを飲みながら、僕はメエメエさんとバートンに聞いてみた。
「王都学園の基礎教本が二冊ずつありましたので、旦那様のご指示で、重複した分をお入れいたしました。ソレイユ様にも弟君にも、お役に立つ品だと思います。マーサさんはお化粧品などをたくさん入れていらっしゃいました」
バートンはニコニコ笑って答えてくれた。
一方のメエメエさんはお口の周りにミルクをつけながら、こっちを見た。
黒いのに、お口の周りだけ白い輪っかがついていておかしい。
「私は何着かのドレスと靴と、紫水晶を使った安物のアクセサリーを入れておきました。あとはお菓子類も少々ですね」
「へぇ、女の人は甘いものに目がないものね」
「そうですよ。あんなシンプルなリンゴケーキで喜んでいるくらいですから、ローテ領ではご馳走になるでしょう」
そうだね。
僕らにしてあげられることはそのくらいだね。
あとは村人が力を合わせて、村を再建していってくれればいい。
休憩を終えた僕は、またポーション作りをがんばるだけだ。
春が来るまでに、流行病が収まってくれることを願いながら、コツコツと作業を続ける。
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