ソレイユの独り言 後編
道中はルーク村のアンジーさんという女性と、ラドクリフ家従士のヒューゴさんとケビンさんが護衛についてくださった。
ラドクリフ家の皆さんは、それぞれ個性的で、何よりも強かった!
てっきり、ラグナード経由で戻ると思っていたら、「森を突っ切って行きましょう!」とアンジーさんが言いだして、おふたりもあっさり同意された!
えぇ?!
「私は大森林の魔物と戦えるほどの、腕はありませんよ!」
心の底から叫んだ!
絶対に死ねる気がする?!
けれどアンジーさんはケロリと言った。
「平気よ。良き精霊が守ってくれているわ。ドワーフの直感を信じなさい。それに私はオーガより強いわ!」
わー。
私が感心して瞳を輝かせている横で、ヒューゴさんとケビンさんがコソコソと会話をしていた。
「……直感で片付くのか?」
「やべぇッスよ。精霊さんたちの存在を、野生の感で察知してやがるッ!」
周辺の影がザワザワしていたのは、別のお話。
アンジーさんに二言無し!
グーパンチで襲いかかる魔熊を、直線状の木々もろとも吹き飛ばした!
シュリーが恐怖でいなないているのに、ラドクリフ家の馬たちはケロッとして、シュリーを宥めてくれているんですけど?
なんなら中型ボアくらいなら、後ろ足で蹴飛ばしている!
「気にすんなよ、姫様。こいつら鍛え方が違うし、坊ちゃんにドーピングされてるからな!」
なぞの言葉をつぶやきながら、ケビンさんは大鹿の首をあっさり切り落としていた。
ヒューゴさんは巨大な魔牛を真っ二つにして、アンジーさんに文句を言われていた。
「ちょっと! お肉がもったいないじゃない! もっときれいに仕留めなさいよ!!」
「済みません」
ヒューゴさんはクマさんみたいな大きな体を小さくして、アンジーさんに頭を下げていた。
あれ?
ヒューゴさんって、従士長だと言っていなかったっけ?
最強はアンジーさんなの??
疑問に思っていると、ヒューゴさんが教えてくれた。
「強い女には逆らうな! これが死んだ親父の遺言です!!」
えぇ……?
そんな感じで森を突っ切って街道に出たのは、ラグナード領の西の街の前だった。
「情報収集をしたいので、今日はそこで一泊して、明日にはローテ領に入りましょう」
ヒューゴさんの提案で西の街に向かう。
街の防護壁が見えた所で、思い出したようにヒューゴさんが浄化石を取り出した。
「街に入る前にきれいにしておきましょう。この浄化石を使ってください」
手渡された浄化石に魔力を流すと、一瞬で洗い立てのようにスッキリした。
普通の浄化石ではこんな効果は得られない。
私が驚いていると、アンジーさんも感心したようにつぶやいた。
「すごい効果ね。これも要求しようかしら……」
「ああ? ルーク村に住んでるんだから、全戸に浄化石が支給されただろ? アンジーちゃんの家にも届いてるはずだぜ?」
ケビンさんが不思議そうに聞いていた。
「飲んだくれのアホ親父が臭いから持たせているのよ。でも、この効果なら没収案件ね」
「……ボルドのおやっさんが不憫に思えてきたぜ……」
ケビンさんが泣くマネをしていた。
私もアンジーさんのお父さんがちょっぴり可哀そうだと思ったけれど、臭いのは嫌よね。
なぜかヒューゴさんが浄化石を使って何度も重ね掛けをしていた。
西の街の防護壁門で厳しい検問がおこなわれていたけれど、ヒューゴさんがラドクリフ領の紋章を見せれば、あっさり通過することができた。
その日はお高めの宿で、アンジーさんと一緒にゆっくりさせてもらった。
ヒューゴさんとケビンさんは、情報収集に出かけていったみたい。
翌日は早朝に出発して、午後三時過ぎにはローテ領に入ることができた。
戻ってきた。
私にとっては懐かしい風景だけど、ほかの三人にはどう映っただろうか?
貧しくて寂れた灰色の風景が、少しだけみじめに感じられた。
オンボロ屋敷に到着すると、じいやが慌てて飛び出してきて、開口一番大声で叱られた。
あとから飛び出してきたお母様とばあやは、私の姿を見るなり大声で泣き出してしまった!
「無事に帰って良かったわ! 心配していたのよ!」
「もう生きてはいないかと思いましたよ!!」
ばあやは何気にひどいことを言っていた。
とはいえ、無鉄砲をやらかした自覚はあるので、私も素直に謝った。
今はそれで許してもらって、まずはお客様を歓待しなくてはいけない。
「お母様! 北のラドクリフ領で、薬草とポーションをお譲りいただいてまいりました! ラドクリフ男爵が護衛までお付けくださったのです。まずは彼らを休ませて上げてください!」
私の言葉にハッとしたお母様とばあやは、一瞬で涙を引っ込めると、すぐにヒューゴさんたちに向き直っていた。
ヒューゴさんたちは「我々は使用人ですので、歓待は不要です」と固辞していたけれど、「生きて帰ってこれたのは彼らのお陰です!」と私は言い張って、客間を用意してもらった。
ヒューゴさんたちは恐縮していたけれど、アンジーさんがズンズンお部屋に入っていったので、最後は折れていた。
アンジーさんは料理場に突撃すると、さっそく葛湯を作ってくれた。
「これはラドクリフ領特産の、ハーブ解毒ポーションを使った葛湯よ。病人にはジンジャーと蜂蜜のほうがいいかしら? あなたたちも毒見ついでに飲んでおきなさい」
そう言って我が家の使用人に毒見させ、ついでに私たちにも強制的に飲ませた。
お母様も有無を言う暇もなく、飲まされていた。
飲み終わると体がすっきり軽くなり、元気が湧き上がってくるようだった。
全員が瞳を輝かせて笑顔になっていたわ!
あらためて、すごい効果だと感じた。
「まずはご当主にこれを飲ませてようすを見なさい。そのあとでヒールポーションを飲ませてみて。食事が食べられるようなら、ミルクを預かってきたから、これでミルク粥を作って食べさせなさい」
アンジーさんは料理場に、ミルクや野菜やお肉をどんどん出していく。
料理人は目を白黒させていたけれど、たくさんの食材を前に瞳を輝かせていた。
「病気を治すには、温かくおいしい食事を食べることよ! おいしいは正義なのよ!!」
アンジーさんは謎の熱弁を振るっていた。
その後私たちはお父様と弟に、葛湯を飲ませに向かった。
そのあいだに、ヒューゴさんとケビンさんは我が家の従士長と連れ立って、ローテ村に出かけ、炊き出しをおこなってくれていた。
我が家の従士長は、村の薬師に薬草を持ち込み、すぐにポーションや薬を作るように指示を出していた。
ヒューゴさんとケビンさんは、帰り道で狩ってきた魔物を解体し、ラドクリフ領産の野菜や穀物と一緒に、集まった村人全員に配布してくれていた。
日がとっぷり暮れたころに戻って来たので、家人総出でお礼を言って、それから遅い晩餐をいただいた。
翌日になると、アンジーさんが大鍋を持って村へ赴き、ハーブ解毒ポーション入りの葛湯を村人全員に振る舞ってくれた。
「家で寝ている病人の分もあるから、すぐにカップを持ってきなさい! あとはここに食材を出しておくから、平等に分配するのよ! ズルをしたらシバキ倒すからね!!」
村人はしっかり列に並んで、口々にお礼を言って家に戻っていったそうだ。
アンジーさんには逆らってはダメよ、絶対!!
私も村の家々を回って、ラドクリフ家で教わった手洗いうがいと、浄化魔法をこまめに使う対処法を指示して回った。
それが終わると、お預かりしていたマジックバッグをお返しするために、ばあやとふたりで中身を取り出していく。
薬草やポーションを取り出したら、残りはいただいた化粧品類だけだと思っていた。
けれど違った!
あの日ご用意いただいた、ボルドーのスクエアネックのドレスと夜着のほかに、鮮やかな青色のイブニングドレスと、春物の若草色の軽やかなドレスが入っていたの!
ドレスとお揃いの靴が三足も!
さらに深緑のかわいらしい女性用の外套まで!!
「まぁまぁまぁ!」
ばあやが慌ててお母様を呼びに行っているあいだにも、シンプルなアクセサリーや、王都の学園の教本が出てきて、私は呆然として、そして涙がこぼれてきた。
どれだけ望んでも、私には手に入らないと思っていたものばかりだったから。
戻ってきたお母様もばあやも、たくさんの品物の前で大泣きしている私を見て、いろいろと察してくれたみたい。
「心から感謝しましょうね」
お母様はそう言って、泣き止むまでずっと抱きしめていてくれた。
ばあやがマジックバックの中身を最後まで取り出してみれば、部屋中に品物があふれるほどになっていた。
なぜか一緒にお菓子類まで山ほど入っていた!
「お嬢様、お手紙が入っておりますよ」
ばあやが手渡してくれたのは、マーサさんからのお手紙だった。
「ラドクリフ家の侍女のマーサさんです。とても良くしていただきました」
私の言葉にお母様もうなずいて、お手紙を一緒に読む。
中には簡単な挨拶文と、品物をぜひ活用して欲しいと書かれていた。
それから肌と髪のお手入れを毎日するようにとも。
化粧品類だけでも、一年は持ちそうなくらい入っていたのだ。
ラドクリフ家で出会った、温かい人たちの顔が思い浮かんだ。
私は手紙を胸に抱いて、お母様に向き直った。
「無鉄砲なことをしたと思っています。どこに行ってもポーションを買えなくて、馬鹿なことをしたと後悔もしました。けれど諦めないでラドクリフ領まで行くことができたことで、私は大きな経験を得られたと思っています」
お母様が黙ってうなずきながら、私の言葉を聴いてくれた。
「これからは、心を入れ替えてちゃんとお勉強もマナーも習います。ラドクリフ男爵にみっともないカーテシーをお見せしたことが、恥ずかしくて心残りになりました。いただいたドレスに恥じないような、立派な淑女になりたいです! でもたまにはシュリーと遠出にいかせてくださいね?」
お母様も涙を浮かべて、「困った子ね! 厳しくするわよ!」と笑ってくださった。
そして一言。
「今回は私の不行き届きでもあります。お父様に一緒に叱られましょうね?」
んん?
すでにお母様の目は笑っていなかった。
うっかり、お父様のことを忘れていた――――ッ!!
そのあと回復されたお父様に、滅茶苦茶叱られたのは言うまでもない。
けれど無理をしたお陰で、お父様が元気になられたのも確かだ。
私は後悔はしない!
ヒューゴさんとケビンさんは、ご自分のマジックバッグの中からも、解体前の魔物や動物をどっさり村に置いていった。
「整理できていないので、要らないものを置いていきます。処分してください」
「そうそう、パンパンにしていると嫁に叱られるんで、置いていくッス」
なぜか穀物や野菜までどんどん出てくる!
「ああ、坊ちゃんの悪戯ですね! 果物まで押し込まれていましたよ!」
大袈裟に言って、リンゴをゴロゴロと出していた。
さすがにお坊ちゃまのせいにするのは無理があると思ったけれど、だれも何も言わずに、ありがたく頂戴することにした。
「お代は必ずお返しいたします。この度はお世話になりました!」
私は三人に頭を下げようとしたけれど、アンジーさんに制止された。
「平民の私たちに頭を下げてはダメよ。はい、これ。私のマジックバッグに勝手に入っていたから置いていくわね」
アンジーさんはそう言って、私に大きな麻袋を渡した。
「中身はあとで確認しなさい」
そう言って、ヒューゴさんケビンさんアンジーさんの三人は、笑顔で帰っていった。
いただいた麻袋の中には、小分けにされた穀物や野菜、薬草の種がたくさん入っていた。
麻袋なのに、マジックバッグの性能を備えているって、どういうこと?
「容量が十倍の、時間停止機能なしの麻袋ですね。こんなものもダンジョンで出るんでしょうか?」
じいやも我が家の従士たちも、不思議そうに首をかしげていた。
とりあえず、いつかラドクリフ家にお返しする日まで、活用させていただこうということになった。
種のほかにも、丁寧な文字で『野菜の育て方』と書かれた冊子が入っていた。
土作りの仕方から、作付け計画を立てて、毎年違う区画に野菜を栽培するように。
種をまく時期や、栽培管理についても、こと細かく書かれていた。
村の村長に読んでもらえば、「どれも初めてみる方法です」と、感心していた。
「この連作障害というのが、不作の原因なのかもしれませんね」
「これを参考に、来年の春には一からやり直してみます! わしらで必ず、村を豊かにしてみせますぞ!!」
村長さんは涙ながらにそう語っていた。
来年の春になったら、新規一転がんばろうと、村人たちが叫んだ。
みんなの瞳に希望が満ちあふれていた。
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