ケビンの独り言~本編第251話~

 旦那様に許可をもらって、大森林に『リヴィの木』を探しに来ている。

 たった一枚の葉を頼りに、広大な森の中をさまようのは無謀だと思った。

 しかしそれを探し当てなければ、俺は生きる場所を失ってしまう!

 それくらい、村内が殺気立っていた。


 一緒に探しに出てくれたのは、ヒューゴの倅のキースだ。

 旦那様が「訓練がてら連れていってやれ」とおっしゃったのだ。

 キースのヤツもこの一年でずいぶんと成長したようだから、大森林の奥に入っても問題ないと判断されたのだろう。

 親父のヒューゴが指導したんでは、甘えが出るかもしれないからな!

 副従士長の俺が適任だ!

 

 ヒューゴのほかに、猟師のイルもついてきている。

 こいつが枝豆を盗んだ現行犯で、ほかのやつらの代表だ。

「ケビンよぉ、俺は強い魔物は無理だぞ! 野生動物専門なんだからな!」

 ひとりでボヤいている。

「しゃーねぇだろ! お前らが枝豆泥棒なんかしやがるから、こんなお山くんだりをする羽目になってるんだぞ!」

「おめーが余計なことを言ったのが悪いんじゃねぇか!」

 俺とイルが喧嘩をしているのを、キースは冷めた目で見ていた。

「おっさんたち、口げんかしている暇があるなら、探したほうがいいんじゃないですか~?」


「おっさん言うなッ!!」

 俺とイルがハモッた!

 キースの野郎め、敬語がなってねぇ!!


 それにしても失敗した。

 もっとリヴィの木の情報を、坊ちゃんから聞き出してくればよかった。

 お羊様が三角まなこで睨んでいたいから聞けなかったが、坊ちゃんならチョロかったはずだ。

 バートンさんの氷点下の視線に怯んじまったのが敗因だな……。



 俺たちは周囲を警戒しながら、鬱蒼とした森の中を進む。

「ああ、そういえば」

 キースがなんでもないように、小さくつぶやいた。

「俺も行くって聞いて、坊ちゃんが憐みの視線を向けながら言ってましたっけ」

「何! 坊ちゃんが何を言っていたんだ!!」

 俺がキースに肉薄すると、ヤツはヒョイと身をかわしながら言った。

「困ったら森の精霊に聞いてみてと、言ってましたよ」


 俺はキースの言葉に光明を見た!

「おお! その手があった!!」

 思わず叫ぶと、遠くで動く気配を感じた。

「叫ぶな! 魔物に気づかれる!!」

 イルが慌ててキースの背中に回り込んで、得意の弓をつがえる。


 俺が気配のするほうに振り返ると、深い森の中から巨大な魔熊が姿を現した!

「チッ! んだって、こんなところをうろついてやがる!」

「どうせならボアのほうがよかったですね。熊肉は硬くて好かない」

 キースが地面に手をついて、襲いかかってくる魔熊の足元の土を一気に陥没させた。


「おお! やるじゃねぇか!」

 咆哮を上げながら体勢を崩す魔熊に、三本の矢が突き刺さる!

 そのうちの一本が、見事に魔熊の左目を貫通するのと同時に肉薄し、重力魔法を載せた剣で一息に奴の首を跳ね落してやった!

 呆気なく首を飛ばされた魔熊は、絶叫しながら後ろにドゥッ!! と倒れた。

「いまさら魔熊にやられるかよッ!」

 俺は鼻息も荒く魔熊を蹴飛ばしてやった。


「こんなんでも貴重な素材です。粗末に扱うと旦那様に叱られますよ」

 キースが素早くマジックバッグに魔熊を収納して、土魔法で血を隠し、風魔法で匂いを散らす。

 その手際の良さにイルは感心していた。

「おお、さすがは従士長の倅だなぁ」

「ばあ様にしごかれましたんで」

「あぁ……」

 イルは同情の眼差しをキースに向けていた。


「あのばー様は人間じゃねぇからな!」

「ケビンさんがそう言っていたと、伝えておきます」

 キースは無表情で淡々と言った。

「やめてくれ! 俺が殺されちまうッ?!」

「骨は息子に拾ってもらってください。きっとおばさんは、その辺に捨てておけと言うと思いますよ」

 おまっ、人の家の事情をよく知ってやがるなッ?!

 イルが俺の肩をポンとたたいて首を振っていた。

 なんだってんだよ、オイッ!

 


 そのあとは森の精霊を探しながら、あてもなく進んでいく。

 今日はもう無理かとあきらめかけたころ、開けた場所にキラピー族を発見した。

「おお! 天の助け!! お~い、キラピー族!!」

 俺が声をかけると、背後でキースがボソッとつぶやいた。

「その呼び方……」

「俺はそれ以外の呼び名を知らん!」

 俺が胸を張って言えば、イルも相槌を打った。

「俺もたまに森で会うが、見分けがつかねぇぞ?」

 みんな同じに見えるキラピー族。


 通りすがりのキラピー族は、午後の日差しを吸収しているようで、チラリとこっちを見ただけで、すぐに太陽に向き直っていた。

「無視されました」

 キースの的確なツッコミが入る。


「お~い、キラピーちゃん、キラピーさん、キラピー様~~ッ?!」

 シーン。

 まったく相手をしてもらえない……。

 けれどここでへこたれる俺ではない!


 俺は腰に括り付けたマジックバッグから魔除玉を取り出して、頭上に掲げ持った。

「お~い、ここに特別製の魔除玉があるんだが、いらんかね~」

 キラピー族の頭の葉っぱがザワザワと揺れた。

 おお、これはイケるか?

「坊ちゃんの汗と魔力がしみ込んだ、特別な魔除玉だぞ~! きっとうまいと思うぞ~~ッ!!」


 バシュッ!!


 一瞬のあとに、俺の手の中の魔除玉がなくなっていた!

 ハッとしてみれば、キラピー族は目にも止まらぬ早業で奪った魔除玉を、ポイッと口の中に放り込んでいた。

「マジかッ!」と、驚嘆する俺。

「マジですね」と、無表情に返すキース。

「すげー早業だな! 俺の目でも見えなかったぞ!」

 鷹の目スキル(中)持ちのイルは驚嘆していた。


 だが、この作戦はイケると、俺は確信した!

 俺はキラピー族に新しい魔除玉をチラつかせた。

「俺たちは坊ちゃんのお使いで、リヴィの木を探しに来たんだ! この葉っぱなんだが、どこに生えているか知らないか? 教えてくれたら俺が持ってる魔除玉を全部やるぞ!!」

「嘘でーす。自分の保身のために、リヴィの木を探していまーす」

 キースが横槍を入れているが、それはきれいさっぱり無視して、俺はキラピー族に交渉した。

 イルは後ろで成り行きを見守っていた。

 

 一方のキラピー族は、グーンと体を曲げて、考え込んでいる。

 またしてもシュバッとツタを伸ばして、リヴィの葉っぱを奪っていった。

 それをよく観察したあとで、また俺の手に戻してきたんだ!

 やるな!


 それからキラピー族はゆっくりと動き出した。

 木の腕でこっちに合図を寄こしている。

「ついてこいと言っているようですね」

「だな!」

 俺たちはキラピー族のあとに続いて、深い森の中を小一時間進んだ。


 途中で出会ったボアや魔牛は、キラピー族のしなる鞭のような枝で、滅多打ちにされたんだぞ!

 俺たちは拍手をしながら、その見事な戦いっぷりを見守っていた。

「俺も一回あれで助けてもらったことがあるんだぜ。本当に森の守り神だよな」

 イルがキラピー族の背中に向かって拝んでいた……。


 果たして、探し求めたリヴィの木は、少し開けた場所に立っていた。

 周りには魔除草が所々植えられている。

 まだまだ小さな木だが、ほかの木々とはどこか違う、神々しさを感じるぞ。


「坊ちゃんが言ってましたよ。森のあちこちに鳥や動物が種を運んで、これから増えていくと思うって。この木を未来の村のために大事に守っていくんだよ……と」

 キースの言葉に、イルが目を潤ませていた。

「ご領主様のお坊ちゃんは、村のことを考えてくれているんだなぁ……。俺は枝豆泥棒なんてつまんねぇ罪を犯しちまった。これからはもっと森の恵みに感謝して生きるぜ!」

 イルも案外チョロいな。


「坊ちゃんは黄緑の実がなって、赤くなった実が食えると言っていたんだ。その種を絞ると良質な油が採れるってな」

「だったらまだ先の話ですね。場所だけ記録して、ほかのリヴィの木も探したいところですが、そろそろ夜営場所を探したほうがいいですね」

「なんか俺、キースがいなきゃ遭難する気がしてきた」

 イルが失礼なことを真顔で言った。

 むむ!

「ところでここはどの辺だ?」

 俺のつぶやきを拾ったキースとイルの、底冷えするくらい冷たい視線が突き刺さった。


 俺は約束どおり、キラピー族に坊ちゃんお手製の魔除玉を全部渡したぞ。

「リヴィの木を見つけたら教えてくれよ? ほかの仲間にも会ったら伝えておいてくれ!」

 キラピー族はもらった魔除玉をポシェットに詰めて、ゆっくりと立ち去っていった。


 そのあとは岩の洞を見つけて、結界石を配置して野営の準備をする。

 キースが手持ちの魔除玉を焚火の中に放り入れると、薄紫の煙がゆっくりと辺りに広がっていく。

「これはまた、きれいな煙だな……」

 イルが感動したようにつぶやいていた。

「ラドクリフ家から支給される結界石と魔除玉は特別です。この中で魔物に襲われたことは一度もありません」

 そう言って、キースが手早く夕食の準備を始めた。

 まぁ、夜営の夕食といっても、黒パンに干し肉とスープが関の山だ。


「坊ちゃんに簡単スープの素をもらってきたんです。あとで感想を聞かせてくれと言われました」

 そう言って、沸かしたお湯の中に四角い塊を入れると、すぐに解れて良い匂いをさせている。

「んん、野菜とキノコか? 香りがいいな?」

 イルも興味津々でのぞき込んでいた。

 キースがうなずいて、手持ちの干し肉を適当にカットして放り込んでいる。

 数分煮込んだものを、器によそって飲んでみれば、塩味のほかにピリッとした辛さを感じた。そのあとに豊なうまみが感じられた。

「なんだこれ! こんなの村では飲んだことがねぇぞッ!」

 イルが目をむいて驚嘆していた。

 俺とキースはイルの大袈裟な驚き方に笑ってしまった。

 すると奴は拗ねたように唇をとがらせて、俺たちを睨んでいる。

「なんだよ。お前らいつもこんなうまいものを食ってるのか? だったら俺も従士になりてぇや」

 イルの不貞腐れた態度に俺もキースも笑った。


「その代わり、身を呈してお守りしなきゃならないんだ。家族よりも大事なものがあるってことは、覚悟が必要なんだぞ」

「ああん? ご領主様のとこは全員お前らより強いじゃねぇか?」

 イルは不思議そうな顔をしていた。

 俺もキースも笑っただけで何も答えはしなかった。


 そのご領主様たちが、命に代えても守りたい存在がいるなんて、こいつらは知らなくていい。

 大切なものは、だれにも知られないように、隠しておくに限る。


 見習いのキースも、姿は見えなくても感じているはずだ。

 ラドクリフ家には、強大な力を持つ存在がウジャウジャいることを。

 それがだれのために存在するのかも、薄々わかってきているだろう。

 彼らのお眼鏡に適うには、もう少し時間がかかりそうだがな。



 翌朝、手早く朝食を済ませて、別ルートを探索しながらルーク村へ戻る。

 途中でリヴィの木を四本見つけることができた。

 今は場所を記録して帰路につく。

「それにしても、また絶妙な距離にあるもんだな」

「そうですね。ルーク村の住人でも、ここまで来れる者は少ないでしょう。冒険者でも簡単には辿りつけないし、多分見つけられない……」

「村の宝になる木だな……」

 俺とキースの会話に、イルもうなずいていた。


 夕暮れせまる森の中、見慣れた場所に辿り着けば、ホッとひと安心だな。

 なんとか日没までには帰れそうだと、俺たちは笑った。


 あれ? そういえば。

 旦那様にもうひとつことづかっていたことがあったような……?

 なんだっけか?

 俺は最後まで思い出すことができなかった。



 ***


 ある日メエメエさんは、キラピー族から魔除玉を催促されて首をひねった。

「んん? ハク様お手製の魔除玉ですか? 最近はお作りになっていないので、そんなに在庫はありませんよ?」

 仕方がないので、ユエちゃんが作った魔除玉を送ってみると、それでいいからもっと欲しいと、連絡が来るようになった。


 それをユエちゃんに伝えてみる。

「任せて! この森の安全を守るために、がんばって作るよ!」

 ユエちゃんは張り切っていた。

 ユエちゃんがコネコネ道一級を極めるのは、そう遠くない未来かもしれない。


「そういえば、あのポンコツ従士。ハク様が頼んだ、森の木の実の採取を忘れていますね……」

 メエメエさんの目が、細~くすがめられていた。


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