レオンの独り言~本編第237話~

 「今帰ったぞ!」

 好き勝手に歩き回っている親父殿が、大声で執務室に入ってきた。

 こちらの都合などお構いなしだな!

 チラリと見遣れば、相変わらず、年を感じさせない頑健な姿をしている。

 私は執務の手を止めて、親父殿が勝手に腰を下ろした反対側のソファに座った。


「それで、何用です? 親父殿が執務室ここに来るのは珍しいですね?」

 チラリと嫌味のひとつも言ってやれば、親父殿は不敵な笑みを浮かべていた。

 その背後には、従者のカルロも控えている。

「おお! ハクと遊んでおったわ! あそこは楽しくて仕方がないぞ!」

 そう言って、親父殿はハク坊やの話を延々と始めた。

 また始まった!

 親父殿は我が妹アリスリアの子どもの中でも、末のハクが大のお気に入りだ。

 ハク坊やの話になると長くていけない。

 私はため息をつきながら、親父殿の話に付き合っていた。



 親父殿が大森林の奥地に入るようになった理由を知っている。

 それは母上が営む魔力過多症の研究所へ、希少な薬草を届けるためだ。

 幻の薬草を求めて、何年も前から危険な冒険に出かけては、母上を心配させていたが、去年その薬草を手に入れて戻ってきたのだ。

 その話を聞いたときは驚嘆したものだが、私はその薬草の出所に、すぐに思い至ったものだ。

 

 親父殿の大のお気に入り。

 アリスリアと同じ魔力過多症で苦しんだ、ハク坊や。

 一度だけ訪ねたときに見た、アリスリアによく似たあの小さな姿が思い出された。


 思えば、あの子が農業系のスキルを得たときから、変化が訪れたのだろう。

 ラドクリフ領もラグナード領も、親父殿も母上も……。


 足を痛めて歩行も困難だった母上が、普通に歩いてやってきたときは驚いたものだった。

 聞けば親父殿がラドクリフ領から希少な薬草と、不思議な水を持ち帰ったと話しておられた。

 その水を飲んだあとは足の痛みが引けて、普通に歩けるようになったと言うではないか。

 向こうには暁の賢者も逗留とうりゅうしていると聞くから、賢者の英知で作られたポーションの類だと思うが、その原料の薬草に、ハク坊やが絡んでいると見ているが……さて?


 そのハク坊やから贈られたという化粧品を使ってから、母上はずいぶんと明るい表情を浮かべるようになった。

「この化粧品を使うと、お肌だけでなく、心まで明るくなれる気がするわ!」

 確かに、母上は以前より若々しく見えるようになった。

 その化粧品には、いったい何が入っているだろうかと、思わなくもないが……。

 希少な薬草が手に入り、研究所の難病患者が快方に向かい始めたことも、良い方へ作用したのだろう。



 長い孫自慢話を適当に聞き流していたとき、親父殿がテーブルの上に小さな麻袋と冊子を置いた。

 どうやらここへ来た本題のようだ。

 私は居住まいを正して、親父殿に向き合った。

 親父殿は、獲物を狙う鋭い眼差しを私に向けていた。

「これはハクより預かってきた、植物の種だ。これをラグナード家の荘園で試験栽培して欲しい」

 ほう? 我が家の荘園で?

「中を改めても?」

 私が聞けば親父殿は無言でうなずいた。

 私は小さな袋の中を確認しテーブルに戻すと、横に置かれた冊子を手に取る。


 大人の丁寧な文字でしたためられた冊子は、どうやらこの種の栽培方法のようだった。

 ラドクリフ家の老執事が書いたものだろう。

 所々に挿絵も添えられている。

「さて? この植物にどんな意味がおありか?」

 その冊子をラグナード家の家令に手渡せば、彼も内容を確認していた。


 親父殿が低い声で言葉を発した。

「それは甜菜と言う植物の種だ。寒冷地で育つ赤い大カブのような姿をしておる。その実から甜菜糖と言う砂糖が作れるそうだ」


 その内容に私も家令も驚嘆した!

「砂糖ですか! そんなものが……」

 砂糖と言えば、南方からの輸入品に頼る高級品だ。

 私の驚くさまを見た親父殿は、ニヤリと不敵に笑って、マジックバッグの中から小さな壺を取り出した。

「それから採れる砂糖がこれだ。食してみよ」

 するとカルロがサッとスプーンに取り分け、私と家令に差し出した。

「お毒見が必要でしょうか?」

 無表情のカルロの眼光が光る。

 親父殿も有無を言わせぬ形相で睨みつけてくる。

 この主従は相変わらずだった。

 本当に嫌になる!


 私はスプーンを受け取って舌先に触れてみた。

 それは確かに、柔らかな甘みがした。

 家令も驚いた顔をしていた。


 これを北方の我が領で作れるだと?

 北のこの大地で?

 私は親父殿を真正面から見つめた。

「これを、なぜ我が領に? ラドクリフ領で独占すれば、巨万の富を得られるでしょうに?」

 私は素朴な疑問を親父殿にぶつけた。

 同時に親父殿は弾かれたように笑い出した!


「ハクは独占など考えてはおらん! むしろ北方の各地で生産し、砂糖の値段を下げ、だれでも買えるものにしたいと言っておったわ!」

 その言葉に私も家令もポカンとした。


 親父殿はひとしきり笑ってから、私たちに向き直った。


「まずはラグナードの荘園で試験栽培し、実際に甜菜糖を仕上げる! そして来年からラグナードとラドクリフで本格的な栽培を開始する! いずれは周辺の領地にも栽培を広げ、北方の一大産業にしてしまえ!」

 親父殿は剛毅に笑って見せた。

 衰えを知らないその気概に気圧され、私たちは唖然とするばかりだった。


 北の剛勇はいまだ健在である。

 

 親父殿はついでとばかりに、私に大量の魔石を押しつけていった!

 なんだ、この量は?

 どこでこんなに手に入れた??


 その親父殿は、用は済んだとばかりに、さっさと部屋を出ていった。

 その翌日に領内で大きな買い物を済ませると、とっととラドクリフ領に戻っていってしまった。

 

「こんなところにいてもつまらん! これから岩塩採掘に行かねばならんからな! わしは忙しいのだッ!!」

 そんな捨てセリフを残して。

 

 いや、ちょっと待て!

 親父殿はレイナード殿にとっては嫁の義父だ!

 そっちがあなたの生家ではないぞ?

 せめて直系のひ孫の頭をなでてから行けッ!!



 親父殿が嵐のように去ったあと、私は信用のおける庭師を呼んで、甜菜の栽培を命じた。

「これは我が領の命運を左右する、重大な任務だ。栽培に関わる人間を制限し、収穫まではこの植物の存在を秘匿してくれ」 

 辺境伯直々の命とあって、庭師は恭しくうなずいて、種の入った袋を掲げ持っていた。

 冊子を読み解いた老齢の庭師も、この植物の有用性に気づいたらしく、真剣な眼差しで頭を垂れていた。

「私の命に代えましても、秘密はお守りいたします」

 

 こうして、この春からラグナードでも甜菜の試験栽培が始まったのだった。

 


 *****

 ジジ様はレオン様に合う前におばあ様のところに寄って、数日一緒に過ごしています。

 レオン様は二の次三の次(笑)

 用件が終われば、とっととルーク村へ戻っていきますが、貯め込んだ魔石を売って得たお金でいろいろお買い物したようです。


 五章で結婚したオスカー様に子どもが生まれ、レオン様もようやくホッとしたところへ、ジジ様がお砂糖爆弾を持ち込みました。

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